ピエロ
ピエロに会えるからとサーカスに誘われた。
ピエロってなに?
見たらわかるさ。
‥非日常的空間で全てが珍しい。プロが織りなす世界。
次から次へと飽きる暇などない。
そこにピエロが現れた。空中ブランコが終わり次の演目の間繋ぎに。ひとりぼっちでおどおどと。よろよろしながら転びそうで転ばない。あ!転んだ。客席から笑い声。
ピエロとは道化師いう意味だ。笑っていい存在なのだ。
滑稽な動きは本当に運動能力が低ければ出来ない。
ほんの少しの間わたしたちを愉しませると彼か彼女は消えた。厚塗りの化粧、パジャマのようなダボダボの服。
この人は主役では無い。名脇役とで言おうか。
やはり父に似ている。わざと人を笑わせる。そして笑われてもいた。愛すべきキャラクター。気取った人ならこの役は引き受けない。自分自身に愛される価値を付加させる時、ありのままでは受け入れてもらえかった傷を隠す。自分でない自分を演じる必要が出てくる。なぜならありのままでしつこく闘っても本来の価値を見ようとしない人間からしたら、それだけでうざいから。ありのままであることに防御がいる。自分というのは脆いのだ。
ピエロの瞳の奥を覗いたことがあるだろうか。私は父という人が辛い。薄い水色の印象。ピエロの服を脱がない限り単純で雑な家族たちは父を笑い続けた。何も何も考えていない。笑われ役に徹した彼を指を指して蔑んだ。家族という一体感が無かった家庭で何かを一致させたのは、あの人ほんとバカだよね、と合わせることぐらいだ。人はみんなありのままでいい。もちろん私も。じゃああの環境で学んだことを持って私はありのままでいられるか?無理であろう。
自分であることがいちばん嫌われる。
ここはサーカスではない。毎日繰り返される営みの筈の家庭だった。誰かは1人で綱を渡っている。ずっとずっと1人で。家庭の中で生贄が必要とされる。歪んだ秩序が平和で健康であると錯覚する為に。
セリフも役柄も何もかもうちには無かった。みんな棒人間の様に突っ立っている。無理やりなのだ。自分の人生に価値がある。ひとりひとりが必要とされている、家族に。
こうやって苦労を味わって生きるのがいっぱしの人間の当たり前の姿なのだ、と親だけは気取る。その時子供は全て排除される。あんたたちは贅沢でしょ、私達の親は食うものも食わずに子供を育てたの。その親の背中を思えば今の私らなんて苦労のうちに入らない。あんたらも親になったらわかる。親っていうのは子供のために必死で働くもんなの。‥こんなに時間と物を与えられてなぜあんたたちは何にもしないでぐうたらしてるんだろう。私だったら信じられない。私が私に育てられていたら、あなたの立場だったらやりたいことなんでもする。なのになんでこの子らはこうも無気力なんだか。
もったいなくない訳?
お前たちは恵まれている。と、私はひどい呪いをかけられて育った。恵まれてるとレッテルを貼られて心は空虚で親に不満など言えなくて、そしてそれぞれてんでんに友達の家を泊まり歩き、彼氏を作ってそこに住み着き、家出をして精神を壊して実家へ都落ち、みんなやっと生きている。
私の生家はサーカスです。父はピエロ。母は猛獣。道具も役も貰わず放置子としてサーカスから逃げ出した兄弟と私はどこかから売られてきた子供なんだろうか?
いつしか飼われた状況は終わる。サーカスという綱渡りの現実も少しずつ姿を変える。嫌われ者の主軸である父はもう死んだ。だれがだれを飼ったのか。私を私たらしめた人は誰なのか。全員抜け殻。誰も本気で人と関われない。
サーカスは終わりを迎えテントが畳まれて、行き交う人々が言う。あれ、もう終わっちゃったんだ、え?なにが?なんだっけ
ここに何か建っていたよね。壊してしまうと思い出せないもんだね、ほんとうに、私も全く思い出せないの。ここを何度も通って過ぎたはずなのに。