何でこんなに丁重に扱ってくれるの?(1/2)
「早く捕虜にされた皆を助けに行かないと……!」
私は部屋から飛び出そうとした。
でも、驚いたような顔をするユベロに首根っこを引っ張られて止められる。
「離して!」
私は暴れた。
「私は皆を助けるの! 王族の捕虜なんて……! きっと今頃、拷問とかされてるに決まってるもん! この外道!」
「してないよ、そんなこと……うっ」
私の拳がお腹に当たったユベロが苦しそうに呻いた。
「嘘!」
私は眉をつり上げた。一緒に戦ってきた仲間が磔にされているところを想像してしまって、冷や汗が止まらない。
「本当にしてないっていうのなら、こんなふうに止めたりするわけないじゃん! 皆に会わせて!」
「それはできないよ。今日はちょっとマズイんだ。君に勝手に出歩かれると、何かと不都合があるっていうか……。だから面会は後日ってことにして、今日は大人しく部屋で……」
「私が君の言うことを素直に聞くと思うの!? ダメって言われたって、勝手に行くからね!」
ユベロは困り顔だったけど、私も譲らなかった。そのお陰か最終的には彼も折れて、「分かったよ……」と渋々こっちの要求を呑むことにしたようだ。
ついてきて、と促されるままに、私はユベロの後ろを歩く。
ああ、どこへ連れて行かれるんだろう。地下牢? 処刑部屋? それとも、人体実験が行われているラボ?
考えれば考えるほど嫌な妄想が広がってしまい、私は首を振る。どこまでも暗くなっていく気分を紛らわそうと、辺りの光景に目をやった。……そう言えば私、部屋の外に出るのはこれが初めてだったっけ。
長い廊下は窓が大きくて、そこから差し込む日の光が寄せ木細工の床を輝かせていた。壁も落ち着いた色合いで、所々に小さな絵画が飾ってある。それがシンプルな空間にちょっとした華やぎを与えていた。
第二王子専用の離宮っていうからには、きっとゴテゴテしく飾り立てられているのかなって思ってたけど、意外と悪くない趣味だ。解放軍が今まで占拠してきた貴族の館はもっと派手な感じの内装だったから、何だか拍子抜けしてしまった。
だけど、私は慌てて気を引き締める。相手は王族。つまり、悪徳貴族の親玉だ。そんな人の根城にいるんだから、どんなときも油断しちゃいけない。
しかも、ユベロは私をいやらしい目で見た挙げ句、『結婚しよう』とか言い出す失礼な変態野郎なんだから。
ユベロはある一室の前で足を止めた。大きめのホールだ。……あれ? 拷問部屋じゃないの?
中にはベッドがずらっと並べられていて、その間を白衣を着たお医者さんみたいな人が何人か行き来していた。
寝かされているのは、解放軍のメンバーなんだろう。私は思わずホールの中へと転がり込む。
「皆、無事!?」
私は叫ぶ。
解放軍の人たちは、ほとんどが力なくぐったりとした様子だった。それでも起き上がって食事をしている者もいて、そんな人たちの間から「ナディアだ……」という呟きが聞こえてくる。
それが救いを求める声に聞こえてしまった私は、居ても立ってもいられなくなった。
「今助けてあげるからね!」
私は傍のベッドに近づいた。その途端に、お医者さんに「動かさないで!」と注意される。
「重傷を負っている人もいるんですよ。下手なことをすれば、取り返しがつかない事態になってしまいます」
「で、でも、放っておくなんてできないもん! ……皆もこれ以上ひどい目に遭うの、嫌でしょ!?」
私は大声を出したけど、解放軍のメンバーたちはシンとなってしまった。それに、困惑の目を向けられているような気がする。
何でそんな反応をされるのか分からなくて戸惑っていると、腕に包帯を巻いた男性が声を上げた。
「ナディア、俺たちは別に、ひどい目になんか遭ってないぞ」
「……え?」
意外な言葉に私はたじろぐ。
「何もされてないの?」
「ああ、ちゃんと怪我の治療もされたし、食事ももらえた」
「ナディア、これ、美味いよ! 何だか体の奥から元気が湧き出てくる気がするんだ!」
「これで酒でもありゃあ、最高なんだけどな!」
「おいおい、病人が何言ってるんだよ」
「それもそうだった」
ハハハ、と笑い声が飛ぶ。私は固まったまま動けない。
脅されて嘘を言ってるって雰囲気じゃない。それに、冷静になって皆の様子を見たら、ちゃんと薬や食べ物を与えられてるって私にも分かった。
脳を揺さぶられるような感覚を味わいながら、私はユベロを見つめた。
「何を企んでるの?」
「企んでなんかないよ」
私の言葉にユベロは驚いたようだった。
「だって怪我人は手当てするなんて、普通のことでしょう?」
ひどく澄んだその青い目に、私は釘付けになった。
なんて綺麗な色なんだろう。まるで、彼の心の内を写したような色合いだ。
不意に、私の頭の奥底にしまわれていた懐かしい記憶が蘇ってきた。こんなふうに澄み渡った色、私、前にどこかで見たことがある。