結婚? 冗談でしょう!?(1/2)
「ナディアさん、起きてる?」
ドアにノックの音がして、私は素早く立ち上がった。
そして、朝食のトレーからくすねておいたフォークを片手に、ドアの横の壁に張り付く。
「入るよ?」
扉が開いた。私は第二王子の死角から飛び出し、持っていたフォークを彼に突き刺そうとする。
でも、私の攻撃はあっさりとかわされてしまった。手からフォークが滑り落ち、廊下の隅に転がっていく。
「大分元気になったみたいだね」
第二王子は朗らかに言った。私は地団駄を踏む。
「避けないでよ!」
「だって何もしなかったら死んじゃうし……」
第二王子は部屋に置いてあった椅子に座った。
「もう傷は痛まない?」
「まあね」
私は第二王子を睨みつける。
「優秀なお医者さんを連れてきてくれてありがとうございます、王子サマ」
嫌味っぽく言ってやった。でも、第二王子はすまし顔だ。
「素直に診察されてくれてよかったよ。てっきり『敵の情けはいらない!』とか言い出すんじゃないかなって心配してたから……」
「私も初めはそう思ったよ。……でも、気が変わったんだ」
私は窓の外をチラリと見た。
この離宮に来てから、もう何日経ったかな? 最初、私は元気になったら真っ先にここから脱出してやろうって考えていた。それで、早くお兄ちゃんのところへ帰ろうって。
でも、もっと良いことを思い付いてしまって、私はその考えを改めたんだ。
「私、この数日間じっくりと考えて決めたの。お兄ちゃんのところへ帰るときは、お土産を持って行こうって」
「お土産?」
「もちろん君の首のことだよ! お兄ちゃん、きっと喜ぶもん!」
「ああ、確かに」
第二王子は納得したみたいな表情になったけど、すぐに「だけど、それはちょっとあげられないかな」と言った。
相変わらずののんびりした態度に、私は首元のチョーカーを触りながら少しイライラしてしまう。私の魔法を封じたからって安心してるのかな?
でも、そんなのは間違いだ。だって、暗殺の方法は魔法による攻撃以外にもあるから。首を絞めるとか、高いところから突き落とすとか。
療養中、私は魔法を使わないでどうやって第二王子を殺そうかということばかり考えていた。
すっかり体の調子が戻ったからには、そのイメージトレーニングの成果を発揮しないといけない。私は第二王子に飛びかかるべく、彼の隙をじっとうかがっていた。
だけどその集中を乱すようなことを言われてしまい、私の作戦は失敗してしまう。
「そういえばナディアさん、僕もこの数日間でじっくりと考えたことがあるんだけど、聞いてくれる?」
「何? 私の処刑方法とか?」
ギロチン、火刑、毒殺……色々な可能性を思い浮かべてしまって、私は鳥肌を立てた。でも、そんな妄想を第二王子は首を振って否定する。
「違うよ。そんな不穏なことじゃなくて……」
第二王子はゆっくりと椅子から立ち上がって、こっちとの距離を詰めてくる。そして、真っ直ぐに私を見つめた。
何だかとっても真剣な顔をしていて、私は思わず肩をこわばらせる。けれど、放たれた言葉の意外さに、その力は一瞬で抜けてしまった。
「ナディアさん、僕と結婚してくれない?」
「……はい?」
私は目を瞬かせた。
け、けっこん……?
……聞き間違い、だよね?
私は耳の後ろに手を当てながら「今、何て言ったの?」と第二王子に問いかけた。
「ナディアさん、僕と結婚してくれない?」
第二王子は律儀にもう一度同じ台詞を繰り返した。
彼のその言葉で、私は自分の耳がおかしくなったんじゃないと知る。呆けながら尋ねた。
「結婚って、どういうこと?」
「もちろん、君が僕の妻になるっていう意味だよ」
第二王子は困惑したような目を向けてくる。
「君たちには、そういう風習はないの?」
「いや、あるけど……」
私は動揺を隠せなかった。「どうしたの?」と第二王子は聞いてくる。
いや、『どうしたの?』じゃないでしょ。
この人、自分が頭のおかしい発言をしてるって気が付いてないの?
だって、王子サマと私が結婚? ちょっと前に会ったばっかりなのに? 私は平民なのに?
いや、それ以前に、私、この人に言ったはずだよね? 『君の首をもらう』って。自分を殺そうとしている相手に求婚するなんて、狂気としか思えない。
……うん、間違いない。この人、変になっちゃったんだ。きっと外したと思ったさっきの私の攻撃が頭に当たったんだ。
どうしよう。強力な魔法をぶつけて正気に戻した方がいいのかな? いや、今の私は魔法、使えないんだった。
そんなことを考えながら、私は呆然と第二王子の顔を見ていた。
「ナディアさん、僕の顔に何かついてる?」
一方の第二王子は、自分が変なことを言っているとはまるで思っていないような表情だ。私はこめかみを押さえながら、どう話を切り出そうか必死で考えた。
「だって、私が王子サマの妻って……おかしいじゃん」
やっとのことでそれだけ口にする。でも、第二王子は「そうかな?」と首を傾げた。自分が変なことを言ってるなんて全然思っていないような顔だった。