捕虜生活の始まり(1/1)
目が覚めた私が真っ先に感じたのは、全身の痛みだった。
体のあちこちがズキズキする。私は唸りながら「お兄ちゃん、私、何か変」と呟いた。
ぼんやりする頭で辺りを見回す。どこだろう、ここ。薄いオレンジ色の壁紙が綺麗な広いお部屋だ。
私は天蓋の付いたベッドに寝かされているらしい。その傍の椅子に誰かが腰掛けていた。きっとお兄ちゃんだ。
「気が付いた?」
でも、私の予想は外れた。そこにいたのは、知らない人だったんだ。波打つ金髪と青い目の男の子。品のよさそうな顔立ちだ。
……あれ? 本当に知らない人かな? どこかで会ったこと、なかったっけ……?
「……第二王子!」
彼の正体を思い出した私は、ベッドから跳ね起きた。途端に体のあちこちが軋むように痛んで、思わずうずくまる。
「起きちゃダメだよ。兄上とやり合って五体満足でいられたっていうだけでも奇跡なのに……」
第二王子は私の体に毛布をかけてくれる。敵に介抱されるなんて情けなさ過ぎる状況だけど、これ以上体を動かすとまた痛みが広がりそうだから、されるがままになっているしかない。
「どこ、ここ」
私は恨みのこもった目で第二王子を見つめながら尋ねる。王子は「王宮の庭にある僕専用の離宮だよ」と答えた。
「離宮……?」
私は首を傾げた。
だって私、確かこの人の捕虜になっちゃったはずだ。王侯貴族の捕虜なんて、地下牢とかで豚みたいな暮らしをさせられるに決まってると思ってた。
なのに離宮? しかも、よく見たら私、手当てされてない? 包帯も巻かれてるし、服だって新しいものを着せられていた。
予想外の丁重な扱いに、困惑せずにはいられない。
「何で私をこんなところに連れてきたの?」
「だって、かわいそうだったから……」
私の質問に、第二王子は同情を込めた返事をする。
「君みたいな子どものお世話を他人に丸投げなんてできないよ。解放軍ではちゃんとしたご飯は食べさせてもらえてた? お父さんやお母さんは君がしていることを知ってるの?」
「……?」
いかにも小さな少女相手って感じの話しかけ方に、私は呆けた。そして、まさかと思って尋ねる。
「私、いくつに見える?」
「十一歳とか十二歳くらいでしょ?」
「し、失礼な! 私、先月成人したんだよ! もう十六歳だから!」
「えっ、僕と同い年だったの!?」
二人の間に気まずい沈黙が流れた。
そういうことか、と私は理解する。
第二王子が危険を承知で私と兄王子の戦いに飛び込んできたのは、きっと小さい子どもが戦っているのを見ていられなくなったからだ。それで、同じ理由で私を捕虜にした。自分が保護するために。
つまり、この状況は全部勘違いから始まったってことだ。
……それにしても『十一歳とか十二歳くらい』って。解放軍の人たちからもよくからかわれてたけど、私ってそんなに子どもっぽい外見なのかな?
「私がそんなに小さくないって分かったからには、処刑するつもりでしょ」
何だかすごくバカにされた気がして、私は痛みも忘れてベッドの上に立ち上がった。
「お兄ちゃんはいつも言ってた! 貴族も王族も野蛮なんだって! 捕虜にした人は、ひどい目に遭わせてから殺すんだって! だけど、そうはさせないよ!」
私は第二王子に向けて魔法を放とうとした。
でも、その目論見は成功しなかった。何故か攻撃が不発に終わってしまったんだ。
「あ、あれ……?」
今まで魔法の発動に失敗したことなんか一度もなかったから、私は焦った。こんな失態、戦場で見せたら命取りになりかねない。私は慌てて第二王子から距離を取ろうとしたけど、体が上手く動かなくてベッドから転がり落ちてしまう。
「暴れちゃダメだよ」
第二王子が私を助け起こすために腕を伸ばしてきた。私はその手を振り払って、彼にもう一度魔法攻撃を浴びせようとする。
でも、今回も同じだった。どんなに頑張っても、魔法は発動してくれない。
「ナディアさん、無駄だよ」
まさかの事態に私が動揺していると、第二王子が小さくかぶりを振った。
「今の君じゃ、僕に魔法は放てない。……ほら、見て」
第二王子は部屋の壁にかかっていた姿見を指差した。私はそこに視線を移し、愕然となる。
私の首にチョーカーのようなものが巻かれていた。ちょうど喉元の辺りには、バラのマークが描かれている。
「こ、これ、まさか聖別された……?」
このアクセサリーの正体が分かった私は、血の気が引いた。
多分、これは聖別された品なんだろう。つまり、神様の加護を受けた特別な物品ってことだ。描かれているバラのマークがその証拠だった。
聖別された品には特殊な力がある。それを身につけているときは、魔法が使えなくなるんだ。
「ぐ、ぐぐぐ……!」
こんなものをつけていたら、第二王子を倒せない! 私はすぐにチョーカーを取ろうとした。
けれどどんなに引っ張っても私の首が絞まるだけで、アクセサリーが外れる気配はない。
「それ、これがないと取れないよ」
第二王子が懐から小さなカギを出す。私はそれを奪おうとしたけど、彼は素早く身を翻してこっちの手が届かないところまで逃げてしまった。
「卑怯者!」
激しい動きをしたせいで、体の痛みが悪化してきた。私は床にへたり込みながら第二王子を罵る。
「こんなのズルじゃない! 今すぐ外してよ!」
「それは無理だよ。だって言うとおりにしたら、君は僕のこと殺そうとするでしょう?」
「当たり前じゃん!」
声を出す度に体が悲鳴を上げる。頭もグラグラしてきて、私はその場に倒れ込んだ。
「無茶するから……」
第二王子は仕方なさそうに言って、苦労しながら私をベッドの上に乗せた。
「今の君は全身傷だらけなんだから……。下手なことをすると、治りが遅くなるよ? ちゃんと寝てないと」
そんなふうに諭されたところで、大人しく言うことを聞く気になんか当然ならない。私はなおも反抗しようとした。
「もう、本当に……」
すると、第二王子は見かねたように私を魔法の縄でグルグル巻きにしてしまう。自由を奪われた私は、顔を引きつらせながら「何するの!」と叫んだ。
「あのね、僕も兄上ほどじゃないけど、結構強いからね。殺すなら傷が塞がってからにしようね」
第二王子は困り切った顔になって部屋から出て行った。こっちをバカにしているとしか思えないその発言に、私は苛立たずにはいられない。
けれど魔法も使えない状態で拘束されてしまった私は後を追うこともできず、力なくベッドの上で飛び跳ねているしかなかったんだ。