平和を望む者たちに、神の青い祝福を(1/1)
それからの私たちは聖都での宣言を実行に移すため、各地を奔走した。
貴族への偏見が強く残っている平民たちを粘り強く説き伏せたり、王宮から大臣たちやその追随者を追放したりと、平民と貴族、両方に働きかけたんだ。
私やユベロのそんな奮闘を支えてくれたのは、元解放軍のメンバーやルシウス王子……じゃなくてルシウスお義兄ちゃんだった。
初めは新しい国の在り方に戸惑う声も上がっていたけれど、私たちが身分の垣根を越えて協力し合っている姿を見ているうちに、皆の考えも段々と変わっていったみたいだ。
徐々に賛同者が増えていって、今ではもう誰も『平民と王侯貴族は和解するべき』って考えをバカにする人はいなくなった。
大きな転機を迎えたのは、あの和平交渉から数年が経ったある日のことだった。
「新国王陛下、万歳!」
「お妃様、万歳!」
王宮のある一室にいた私は、外から聞こえてくる歓声に耳を傾けていた。
バルコニーへと出るガラス戸はカーテンがかかっていて屋外の様子はよく見えなかったけれど、皆の嬉しそうな顔が目に浮かぶようだ。
平和を愛する全ての国民が、この日を待ち望んでいたんだということがよく分かる。そして、それは私も同じだった。自然と心が弾み、表情が緩む。
「ナディアさん、準備できた?」
ノックの音と共に、室内に一人の青年が入ってきた。私は座っていた椅子から立ち上がる。
「ユベロ……素敵だよ」
ユベロは純白の礼服に身を包んでいた。今日の彼は朝からずっとこの格好だったけど、何度見ても感動を覚えてしまって、私は思わず目を細める。ユベロが「ありがとう」と言ってはにかんだ。
「君も似合ってるよ。なんて言うか……『花嫁』って感じで」
「それはそうでしょ」
私は自分の白いドレスを見ながら、クスクスと笑った。
「私、ユベロの奥さんなんだから。お忘れですか、陛下?」
「まさか。忘れないよ、これからもずっと」
冗談めかして言って、ユベロが微笑んだ。
病を患っていた先王――ユベロのお父さんが崩御したのが一ヶ月前のこと。その喪が明けて、この国に新しい王様が誕生したのはつい数時間前のことだった。
「民衆は熱狂しているな。ユベロの戴冠式での興奮がまだ冷めていないらしい。ゴタゴタが起きなければ良いんだが……」
「本当ですね。今日はおめでたいことが二つもあった日なんだから、最後まで良い時間を過ごしたいものです」
心配そうな顔をしながら入室してきたのはルシウスお義兄ちゃんとリリーお姉ちゃんだった。二人とも式典用の服装をしている。
「兄上にリリーさん……遅かったですね」
ユベロが壁にかかっていた時計に目をやった。ルシウスお義兄ちゃんが「仕方ないだろう」と肩を竦める。
「この結婚に猛反対して暴れ回っている者がいたんだ。対処に少し時間がかかってしまった」
「そ、そうなの?」
ルシウスお義兄ちゃんの困り顔に、私は口元に手を当てる。
「やっぱりまだいるよね、そういう人……。神様が認めた王様のお妃様が平民だなんて認めないって考える人が……」
ルシウスお義兄ちゃんは王位の継承権を弟に譲り渡していたし、何よりユベロは神様のお墨付きをもらった人だから、彼が王様になることに異を唱える人はほとんどいなかった。
でも、一介の平民の私が王族と結婚することには反対する意見もあったんだ。私たちはそんな人たちを何とか説き伏せたと思っていたんだけど、ひょっとしたらその説得は完全じゃなかったのかな?
なんて考えていた私だったけど、事実は少し違ったみたいだ。
「ナ、ナディア! やっぱりボクは反対だ! お前が結婚なんて! あ、あんなにちっちゃかったお前が、お前がぁ……!」
大音量で喚きながらやって来たのは、デゼルお兄ちゃんだった。ルシウスお義兄ちゃんとリリーお姉ちゃんが頭を抱える。
「ナディア、考え直せ! 今から皆に、『この結婚はなかったことにします!』って言うんだ!」
泣きはらして顔をグチャグチャにしながら、お兄ちゃんが私の肩を揺さぶる。見かねたルシウスお義兄ちゃんが、デゼルお兄ちゃんを無理やり私から引き剥がした。
「往生際が悪いぞ、駄々っ子め」
ルシウスお義兄ちゃんはデゼルお兄ちゃんを羽交い締めにしながらため息を吐いた。
「私だって渋々弟の結婚を認めたんだ。そっちも諦めろ、お義兄様。それに式はもう済んだんだ。後残っているのは、国民への顔見せだけだ」
「う、うわあああぁっ!」
お兄ちゃんが絶叫した。私は苦笑して「手を離してあげて」と言った。
ここ数日、お兄ちゃんはずっと情緒不安定だった。急に泣き出したり落ち込んだり……。ルシウスお義兄ちゃんやお姉ちゃんはそれを辛抱強く慰めていたけど、当日になってもこんな感じってことは、あんまり効果はなかったみたいだ。
「け、結婚……ナディアが……。妹が幸せならそれで良い……。いや、やっぱり良くない……」
デゼルお兄ちゃんは死にそうな顔でブツブツ呟いている。お姉ちゃんがその背中をさすっていた。
「両陛下、お時間です」
近くにいた従者が控えめに声をかけてくる。私とユベロは、並んでガラス戸の前に立った。
カーテンがゆっくりと上がり、開かれた扉から私たちは外に出る。
それを出迎えてくれたのは、割れんばかりの拍手と歓声だ。
「新国王陛下、万歳!」
「お妃様、万歳!」
こだまする祝福の音は、どこまでも響く。まるであのときの――聖都での和平が成立した瞬間を思わせるような光景だった。
皆の心が一つになっているという高揚感に包まれながら、私とユベロは手を握り合った。
そのときだ。晴れた空から、神様からの贈り物が届いたのは。
「これって……青いバラ!?」
「神様だ! 神様が祝ってくださっているんだ!」
突然の出来事に、王城前広場に集まっていた民衆は歓喜していた。私は懐かしい気持ちで空を見上げる。
後で聞いた話だと、バラが降ってきたのはこの広場だけじゃなかったらしい。国中で同じことが起きていたんだ。
どこもかしこも青色で飾られるその光景を見た者たちは皆、もたらされた奇跡に感嘆したのだという。
「神様……ありがとう」
私は小さな声で呟き、隣に立つユベロに笑いかけた。
「幸せになろうね」
「もちろんだよ」
神様の奇跡が起きる日に誓われたこの約束は、生涯破られることはないだろう。
そんな確かな予感を覚えながら、私は神様の祝福が作り出したこの美しい光景を大切な人の隣でいつまでも眺めていた。




