その瞬間は、青と白で飾られた(2/2)
ルシウス王子はその場から立ち去る。
「ユベロ……」
私は隣に立っていたユベロの顔を覗き込んだ。多分、ルシウス王子はもう私たちの前に現われることは二度とない。そんな気がしたからだ。
「……仕方ないよ。それが兄上の選択なんだから」
ユベロも私と同じことを考えていたに違いない。それでも兄を止めずに、ただその背中をじっと見つめている。
けれどたった一人だけ、彼に近づいていく人がいた。
「ルシウス様っ!」
解放軍の中から飛び出してきたのはイスメラルダお姉ちゃんだった。振り向いたルシウス王子は、お姉ちゃんの姿を見て微かに苦笑する。
「どうした。私をあざ笑いに来たのか」
ルシウス王子は虚しそうな表情になっていた。
「今までの私の考えも行動も何もかも誤りだった。神は私を選ばなかった。その結果、私は何もかもなくしたんだ。これ以上追い打ちはかけないで欲しいんだが、リリー。……いや、もう『リリー』じゃないのか。確か……『イスメラルダ』が正解だったな」
「いいえ、わたしはずっと『リリー』ですよ」
お姉ちゃんははっきりとそう言い切って、ルシウス王子に触れようとした。でも、王子の方がショックを受けたような顔でそれを拒絶する。
「何をしているんだ! そんなことをしたら、あなたまで神の怒りを……」
「神の怒り? わたしがそんなものを怖がるとでも?」
お姉ちゃんは挑戦的に笑って、ルシウス王子の腕を取る。周囲にいた人たちが息を呑み、ルシウス王子が体を固くしたのが私にも分かった。
「リリー、やめなさい」
ルシウス王子は自分に触れてくるお姉ちゃんをどう扱って良いのか分からないらしい。無理に引き剥がすこともできずに、ただ狼狽えながら哀願している。
「お願いだからやめてくれ。わ、私は……」
「いいえ、やめません」
お姉ちゃんの口調は頑なだった。
「愛する方に触れるのは罪なのですか? わたしはいけないことをしている、と?」
「リ、リリー……」
ルシウス王子は震えていた。こんなに弱り切っているルシウス王子は見たことがない。それでもお姉ちゃんは慰めようともせずに、断固とした態度を崩さなかった。
「わたしはこの程度のことでルシウス様を見捨てたりしません。あなたと一緒にいたいんです」
「そ、そうだ……」
お姉ちゃんのきっぱりとした態度に押されるように、さっきは怯えていた兵士たちがどよめき出した。
「殿下は橋での解放軍との戦いのとき、体を張って我々を救ってくださった……」
「殿下は素晴らしい方だ。たとえ神の怒りに触れたって、それは代わりはしない」
「お、俺はもう神罰なんて怖くないぞ!」
「これからも配下として仕えさせてください!」
散り散りになっていた兵士たちが、ルシウス王子の方へと戻ってきた。王子はその様子をポカンとしながら見つめている。
「ねえ、ユベロ……」
私はユベロを上目遣いで見た。
「私、これからはルシウス王子とも仲良くしたいよ。だってあの人、ユベロの兄弟でしょ? だったら私にとっても、お義兄ちゃんってことになるじゃん」
「ナディアさん……」
ユベロは困り顔になっていたけど、すぐに笑顔になった。
「そうだね。今まで仲良くできなかった人とも手を取り合う。和平ってそういうことだもんね」
ユベロの表情が和らいだ。デゼルお兄ちゃんも仕方なさそうな顔をしている。
周囲からルシウス王子を認める声が上がる中、お姉ちゃんが空に向かって叫んだ。
「神様、あなたがルシウス様を許さなくとも、わたしたちは彼を受け入れます! もしその決断がお気に召さないのなら……罰は最初に彼の手を取ったわたしにお与えください!」
お姉ちゃんの清らかな声が天に昇っていく。それに呼応するように、青いバラに混じって何かが降ってきた。
ルシウス王子の足元に落ちたそれは、一輪の白いユリだった。ルシウス王子が花を手に取る。信じられなさそうな顔だ。
「神様はルシウス王子を許してくれるみたいだよ」
花を見つめながら固まっているルシウス王子に私は笑いかける。お姉ちゃんが「ルシウス様」と促した。
ルシウス王子はどうするべきなのか少し考え込んでいたみたいだ。しばらくして、その結論が出たらしい。唇を固く引き結びながら白いユリの花をお姉ちゃんの黒髪に飾った。
それと同時に、彼は力が入らなくなったように地面に座り込んだ。
「本当は……分かっていたんだ……」
ルシウス王子が今にも消え入りそうな声で呟いた。
「初めから……多分リリーは貴族ではないと察していた。それどころか、きっと解放軍の一員に違いないということさえも……。あなたが保護されていたのは貴族が立ち寄るような場所ではなかったし、解放軍が傭兵団と戦闘していたところの近くだったんだから……」
ルシウス王子は顔を上げて力なくお姉ちゃんを見つめた。
「それなのに、どうしてもあなたを傍に置いておきたくなってしまった。だからあなたの記憶がないのを良いことに、私は適当な理屈を並べて自分を納得させ、王宮へ連れてきてしまったんだ。そして、万が一正体を知っている者が現われても誤魔化せるように仮面まで与えて……。……愚かだろう?」
「……たとえそうだとしても、わたしはルシウス様といられて嬉しかったですよ」
お姉ちゃんが優しく微笑む。その笑顔を見たルシウス王子も、微かに笑った。
「本当の意味での和平、成立したね」
私はユベロにこそっと話しかける。ユベロは「そうだね」と言いながら空を見上げた。
「今日は奇跡が起きる日なんだね、きっと」
天から無限に降り注いでくる青いバラ。私たちの目の前に広がっているのは、そんなあり得ない光景だった。
やっぱり神様は至上の存在だ。こんなにも美しい光景、人間には絶対に生み出せないんだから。ユベロの言うとおり、そういうのを『奇跡』と呼ぶんだろう。
けれど奇跡は起こせなくたって、私たちにもできることはあるはずだ。
「これからもよろしくね」
私は聖都に集まった人たちに声をかけた。
神様の元で誓った末永く幸せな平和な未来を、皆で協力してつかみ取ってみせる。
そんな決意がこもった言葉は、盛大な拍手で迎え入れられることになった。
今この瞬間は、平民も貴族も王族も関係なく、全員の心が一つになっている。
それはまるで、この国の将来の姿を暗示しているみたいだった。




