VS第一王子!(1/1)
作戦会議からしばらく経ち、お兄ちゃんが王宮に放ったスパイが帰ってきた。
一時期は捕まって絶体絶命だったらしいんだけど、どうにか脱出できたんだって。お兄ちゃんはその無事を喜びつつも、スパイが持ってきた情報を元に私たちが動く日を決めた。
そして当日。
私たちは予定通りに進軍を開始した。それは、途中までは順調な道のりだった。
異変が起きたのは、先頭が巨大な橋にさしかかった頃のことだ。
ゴゴゴ……
突然地鳴りのような音が聞こえてきて、前を歩くお兄ちゃんは足を止める。私は「どうしたの?」と尋ねた。
「……来るぞ」
お兄ちゃんがそう呟いた瞬間、橋の下を流れていた川の水かさが増し、高い壁のように私たちに向かって迫ってきた。
「ナディア!」
私はお兄ちゃんの前に躍り出る。そして、私たちを呑み込もうとしていた水に向かって手のひらを向けた。
すると、水はたちまちのうちに氷に変わってその動きを止める。皆が歓声を上げた。
「お兄ちゃん、これって……」
私は肩の力を抜こうとした。それと同時に氷が割れる。お兄ちゃんが「警戒しろ!」と怒声を飛ばしながら、バラバラになった氷塊の先を睨みつけた。
「さすがは魔女と呼ばれるだけあるな。想定していたよりも簡単に私の魔法を防ぐとは」
そこには武装した兵を引き連れた男の人が立っていた。お兄ちゃんが「待ち伏せか……」と舌打ちする。
「……誰?」
私は男の人とお兄ちゃんを交互に見比べながら尋ねた。
その人は背が高くて、腰の辺りまで伸びた癖のある金色の髪をしていた。余裕のありそうな佇まいがいかにも貴族って感じだ。
でも、そんな優雅な特徴を隠してしまうくらい、その顔には無数の傷跡がついていた。それが元は整っていたかもしれない彼の顔立ちを台無しにしている。
きっとひどい戦場にいたんだろう。もしかして、王国軍の将か何かなのかな?
そんなふうに予想を立ててみたけど、その人は私が思ってもみなかったようなことを言い出した。
「はじめまして、反逆者たち。私はこの国の第一王子ルシウス。暴走した獣の調教係だ」
「だ、第一王子!?」
宿敵の出現に皆がざわめく。私もポカンとしてしまった。確かに第一王子と戦うことになるだろうって聞いてはいたけど、こんなに早く出会うなんて……。
「よく聞け、反逆者よ。大人しく投降するなら命まで取る気はない。武器を捨てて降伏しろ。悪いようにはしない」
ルシウス王子は淡々とこっちに話しかけてくる。お兄ちゃんがそれを「黙れ!」と言って遮った。
「獲物がそっちから出てきてくれるなんて好都合だ! ナディア、行け! 奴の首を取ってこい!」
「分かった!」
命令されるまでもなく、私はもう動き出していた。ルシウス王子に向かって突進していく。
「ふん。言葉も通じないのか。やはり獣だな」
手を出すなと部下たちに命じて、ルシウス王子が腕を一振りする。彼の足元に転がっていた氷が一カ所に集まり、巨人のような氷像に姿を変えた。
「グアアァ!」
巨人はこちらへ向けて拳を振り下ろしてくる。私はそれを避けて火球を魔法で出現させ、巨人にぶつけた。
けれど火力が足りなかったようで、少し表面が溶けた以外はダメージを与えられなかった。それなら、と私は天に向かって手を伸ばす。
「おお……!」
両軍から感嘆の声が漏れた。私の作った荷馬車くらいはありそうな火球を見て驚いたんだろう。
「はあっ!」
私はその火の塊をさらに倍くらいの大きさにしてから巨人にぶつけてやった。
「アアア……!」
炎に包まれた巨人はもだえ、あっという間にその体がドロドロになっていく。そして、最後には水蒸気と水になって消え去った。
私はニヤリと笑って、今度こそルシウス王子を討ち取ろうとした。
「甘いな」
でも、間近で声がして私は息を呑む。いつの間にかルシウス王子に懐に潜り込まれていた。
彼が手にした小刀で喉元を裂かれる寸前、私は氷の障壁を急ごしらえで作成する。何とかその場をしのぎ、素早く後退した。
だけど、ルシウス王子の攻撃の手は止まなかった。天から雷が落ち、地面が割れ、暴風が吹きさらす。私はそれを防ぐので精一杯だ。
……強い。
ルシウス王子は私がこれまで戦ったどんな人よりも強かった。魔法の使い方が上手いっていうだけじゃなくて、隙がない。一手ごとに相手を確実に追い込んでいくような戦い方をする。
一撃必殺タイプの私にはちょっと厄介な敵だ。だって、その『必殺の魔法』を放つ瞬間が中々訪れないんだから。
「ナディア! しっかりしろ!」
「そうだ! 負けるな!」
けれど、弱気になっている暇はなかった。仲間たちからの声援に私は気合いを入れ直す。そして、地面から出現した草の蔓にわざと捕まってやった。
「くっ……」
蔓に生えていたトゲが私の体に食い込み、血が流れる。でも、そのお陰でルシウス王子を油断させることができた。私を捕まえたことで安心したのか、彼の攻撃が止んだんだ。
「これでどう!?」
私はそのチャンスを見逃さない。歯を食いしばって痛みに耐えながら、空から炎をまとった無数の矢を降らせた。
「……っ!」
蔓が緩み、拘束が解かれる。バランスを崩してうっかり地面に激突してしまった私はヨタヨタと体勢を立て直し、傷口を押さえながら立ち上がった。
自分が放った魔法の効果を確認しようとして、王子の方に視線をやった私は唇を噛む。
だって、まだ彼は生きていたから。
「痛いじゃないか、魔女め……」
ルシウス王子が恨みがましそうに言った。余裕のありそうな発言に反して、どう見たって満身創痍だ。腕や足からは炎が上がり、体のあちこちには矢によって傷つけられた跡が見える。
王子は燃え移った炎を魔法で吹き飛ばしながら、肩で息をしていた。
その背後には矢が突き刺さった巨大な氷のドームが見える。下にいるのはルシウス王子の部下たちだ。
どうも王子は自分の身を守るよりも、他の人たちを救う方を優先させたらしい。
「殿下! お下がりください! それ以上は死んでしまいます!」
「後は我々にお任せを! 魔女は弱っているのですから!」
「ナディア、敵が重傷を負っているぞ!」
「今だ! やってしまえ!」
外野がヤジを飛ばしてくる中、私とルシウス王子は睨み合った。お互いボロボロの体にむち打って、どちらからともなく相手に突撃していく。
痛みに耐える私が考えていたのは、この決闘の行く末は相討ちになるだろうってことだった。
でも……。
「もうやめてください!」
悲壮な声と一緒に、誰かが私とルシウス王子の間に割り込んできた。王子は慌てて魔法を放とうとしていた手を止めたけど、私はそのまま進む。
けれど攻撃が届く前に、私はその乱入者が魔法で作り出した縄でグルグル巻きにされてしまった。
「ユベロ! 後方で待機していろと言っただろう!」
縄を解こうともがく私の耳に、ルシウス王子のショックを受けたような声が聞こえてくる。
「早く戻れ! この娘は危険だ!」
「いいえ、兄上。僕は引きません!」
ルシウス王子に反発する乱入者の言葉に、私はハッとなって動きを止めた。
改めて、その相手を見つめる。
ルシウス王子よりも年下に見える少年だ。それに王子のことを『兄上』って呼んでいた。まさかこの人……。
「君、第二王子!?」
相手の正体が分かり、私はますます激しく暴れた。
「だったらちょうど良いじゃん! 君のことも私が……」
私のまとう殺気にルシウス王子は顔をこわばらせ、弟を後ろ手に庇ってこっちへ魔法を放とうとした。
でも、弟王子がそれを止める。
「兄上、彼女を捕まえたのは僕です。だから彼女は僕の捕虜です。手を出さないでください」
「捕虜!?」
私とルシウス王子の声が重なった。
「何を考えているんだ、ユベロ! 捨て猫を拾うのと魔女を捕虜にするのでは訳が違うんだぞ! この娘はここで始末しておくべきだ!」
「私、捕虜になんかなりたくない! 死ぬよりひどい目に遭わせる気でしょ!? 助けて、お兄ちゃん!」
私の叫びに、こっちのやり取りをポカンとしながら見ていたお兄ちゃんが我に返ったような顔になる。
「あいつらにナディアを渡すな! 全軍突撃!」
「殿下をお守りしろ! 続け!」
突っ込んで来た解放軍を見て、ルシウス王子の部下たちも動き出す。私も加勢しようと縄の下で身もだえした。
「まったく、面倒なことに……。帰ったらお説教だぞ、ユベロ」
でも、私が縄を解く前にルシウス王子の魔法が飛んで来た。ふっと目の前が暗くなる。
私はそのまま意識を失ってしまった。