その瞬間は、青で飾られた(1/2)
「ナディア! 無事だったのか!」
ペガサスから降りた私に真っ先に声をかけてきたのはお兄ちゃんだった。
「よく戻ったな! さあ、ナディア、こっちに……」
お兄ちゃんが私の方へ向けて手を伸ばしてくる。でも、私はそれを取らず、ユベロに歩み寄った。
「ナ、ナディア?」
お兄ちゃんが動揺したような声を出す。
「どうしてそっちへ行くんだ? そいつは敵だぞ?」
「違うよ」
私は辺りを見回した。
解放軍とユベロ一行が聖都の外で戦闘をしたような形跡はなかった。多分お兄ちゃんは私を奪還できなかったことで、ユベロたちと戦うのは諦めたんだろう。
でも、王族なんかとまともな話し合いができるって思っていないことは明らかだった。だって上空から見ていても、広場に不穏な空気が立ちこめているのが分かったから。
お兄ちゃんが聖都に来たのは、王族がどんなことを言い出すのか一応は聞いてやろうっていうちょっとした興味からだったに違いない。
ルシウス王子だけじゃなくて大臣たちまでここにいるのは予想外だったけど、それが良い方向に作用したとは到底思えない。きっと余計交渉がしにくいような状態になっていたんじゃないかな?
だからこそ、私はお兄ちゃんにはっきりと言っておく必要があった。
「お兄ちゃん、ユベロは敵じゃないよ」
私はユベロを見つめた。彼が微笑んでくれるのを見て、私も笑い返す。そのやり取りを見ていたお兄ちゃんは、目を丸くした。
「どうしてだ、ナディア……」
お兄ちゃんは、自分の目の前で何が起こっているのか理解できていないような顔だった。
「だって、ナディアは言っていただろう。王族や貴族は悪い奴だ、って。だから許せない、って」
「それは……私じゃなくて、お兄ちゃんの意見だよね?」
私は大きく息を吸い込んだ。
「確かに前の私はそう考えていたかもしれない。でも、今は違うの。私……もう戦いたくないんだよ」
「何を言ってるんだ、ナディア! そいつにたぶらかされたのか!」
お兄ちゃんがユベロを怖い顔で睨みつけた。
「なんてことをしてくれたんだ! よりによってボクの妹の口から、王族との和平を望むような言葉を吐かせるなんてっ……!」
お兄ちゃんがユベロに突進しようとした。でも、その行く手をルシウス王子が遮る。
「また地面に口付けたいのか? 引っ込んでいろ、賊どもめ」
「な、何だと……!?」
ルシウス王子とお兄ちゃんの間に一触即発の雰囲気が漂い、大臣たちが外野からヤジを飛ばしている。解放軍側にいたイスメラルダお姉ちゃんが、その様子を心配そうに見ていた。
こんな状況じゃ、話し合いなんかできないはずだ。こうなったら、強硬手段を採るしかない。私はユベロに目配せした。
「ユベロ、やっちゃおう?」
私の言葉に、ユベロから笑いが漏れた。そして彼は口を開く。
「この王国の第二王子の名において誓う。平民と王侯貴族間の血で血を洗う争いは、今後一切禁止とすることを」
その言葉に、周囲のざわめきが止まった。皆の視線がユベロに吸われていく。ユベロは広場に集まった人たちの顔を一人一人じっくりと見ていった。
「僕はこう思ってるんだよ。兄上も、大臣たちも、彼らに賛同する貴族も……皆間違ったことをしている、って。もちろん平民が全面的に正しいとは思わない。でも、真っ先に正すべきは、王侯貴族の歪みだ。僕は戦う。この国をよりよいものにするために」
それは宣戦布告に他ならなかった。集まった者たちは皆、ぎょっとした顔になる。
「正気か……?」
お兄ちゃんが声を震わせながら言った。
「お前、自分が何を言っているのか分かってるのか? ここでは嘘は吐けないんだぞ? 聖都での誓いは絶対なのに……」
「重要なことを指摘してくれてありがとう、リーダーさん」
ユベロはお兄ちゃんに向けて微笑みかけた。
「そのとおり。ここでの誓いは破れない。これは僕の心からの望みだよ。僕はこの国の間違いを全部取り除きたい。それで、平和をもたらしたいんだ」
ユベロの言葉に皆が騒がしくなる。お兄ちゃんは呆然としながら「嘘だろう……」と呟いていた。
「だから嘘じゃないってば」
私はお兄ちゃんを苦笑しながら見つめた。ユベロがお兄ちゃんに歩み寄って、手を伸ばす。
「これからは平民と貴族、手を取り合っていこう」
お兄ちゃんは、これまで積もり積もってきた憎しみと、今目の前で起きたことへの期待がない交ぜになった表情をしていた。
その反応を見た私は、何故だか安心してしまう。
お兄ちゃんの心の中には、まだ王侯貴族への憎しみ以外の感情もちゃんと残っているんだ。貴族と平民が争うのが嫌で、「仲良くできないの?」って言っていたお兄ちゃん。そんな昔の無垢な心が、まだきちんと生きていたんだ。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
私はお兄ちゃんの迷いを断ち切るべく、優しく声をかけた。
「平民と貴族、きっと仲良くできるよ。私ができたんだもん。お兄ちゃんだって無理じゃないはずだよ」
私の言葉に、お兄ちゃんが目を見開いた。その手が、足が、唇が震えていく。彼の葛藤は最高潮に達しているようだった。
「ボクは……お前を信じるんじゃないぞ」
その戸惑いが引いていった後で、お兄ちゃんはやっと負けを認めたような小さな声を出した。
「ボクは神様を信じるんだ。だから……」
お兄ちゃんがユベロを睨みつけた。何だか追い詰められた小さな犬が精一杯虚勢を張っているような顔だ。
「もし裏切ったら神様が罰を下すよりも先に、ボクがお前を殺す」
お兄ちゃんはユベロの手を取った。解放軍も王国側もしんと静まり返る。皆この状況に、どんな反応を見せれば良いのか分からなかったらしい。
「和平、成立だね!」
そんな空気をぶち破るように、私は大声を出した。
途端に皆の表情が輝いた。小さな拍手がどこからともなく聞こえてきて、やがてそれは大きな歓声に変わる。
広場中がこの記念すべき瞬間に沸いていた。それに同調できなかったのは大臣たちだ。彼らがまっ青な顔で辺りの様子をうかがいながらコソコソと立ち去っていくのを私は確かに見た。
でも私は追いかけない。だってあの人たちにはもう逃げ場はないから。ユベロはあの人たちと戦うと神様に誓ったんだ。もちろん私だってそれに協力するつもりだ。ユベロと一緒に平和な未来を作っていくために。




