僕……嫌われちゃったのかな?(1/1)
「殿下、そろそろ出発なさいませんと」
配下の兵が、遠慮がちに進言してくる。僕は「うん」と小さな声で頷きつつも、辺りを見回した。
離宮の裏庭に整列した数十人の兵と馬車に乗せられた捕虜たち。王宮に詰める者たちの目を掻い潜ってどうにか進めてきた和平交渉の準備も何とか終わり、とうとう聖都へ出発する日がやって来た。
ここまでは何もかも順調だった。今朝、予想外の出来事が発生するまでは。
「ナディアさん、本当にどこにもいなかったんだよね?」
「はい。屋根裏から地下室、使用人の部屋まで探しましたが、お嬢様はいらっしゃいませんでした」
配下の言葉に、僕は落胆せずにはいられない。
彼女は一体どこに行ってしまったんだろう。しかも出発の当日に。
僕の離宮以外でナディアさんが行きそうな場所なんて、リリーさんのところくらいしか思い当たらなかった。でも、使用人に様子を見てきてもらっても、そこにもナディアさんはいなかったらしい。それどころか部屋の主も留守みたいだ。
ナディアさんを探すのに思った以上に時間を取られたせいで、本来の出発の時間はとっくに過ぎていた。一行の顔には、困惑の色が浮かんでいる。
『きっとあの娘は、今になって和平を結ぶ気が失せてしまったに違いない』
『ユベロ王子は彼女に裏切られたんだ』
皆口には出さないけど、そう考えているらしかった。僕はため息を落とす。
裏切られたなんて思いたくない。でも、そうじゃなかったらナディアさんは一体どこにいるっていうんだろう? 誰かに捕まってるとか? それか、怪我をして動けないでいる?
もしそうなら早く助けないといけなかった。
「殿下、出発の合図を」
配下が促してくる。僕は固く目を瞑った。
ナディアさんを探すためにこれ以上時間を割くのは許されなかった。
もし何とかナディアさんを見つけられたとしても、そのせいで会場に着くのが遅れてしまったら相手はどう思うだろう? 僕たちへの印象は最悪になってしまうに違いない。
解放軍が和平交渉に応じてくれたなんて、奇跡みたいな話だった。千載一遇のチャンスだ。これを逃したら、もう彼らと和解する機会は二度とやって来ないかもしれない。
「……行こう、皆」
僕は断腸の思いで決断した。それでも配下の一人に命じて、ナディアさんの捜索を依頼しておくことは忘れない。
だけど、その結果を聞くのが何だか怖いような気がした。だってもし『見つかりませんでした』って言われたら、ナディアさんが僕の元から去っていったって認めないといけないから。
――話し合いが上手くいけば、戦いも終わるんだね。
ナディアさんはそう言ってくれた。あのときの僕は、ナディアさんが自分の意見に賛成してくれて、すっかり舞い上がっていた。そしてその興奮は、それからもずっと続いていた。
そのせいで、僕は大事なことを見落としていたのかもしれない。
思い返してみれば、最近のナディアさんは何だか様子がおかしかった気がする。もしかしたら彼女の心の中に、ためらいが生まれていたのかもしれない。『やっぱり平民と王侯貴族が仲良くするなんて無理!』って。
そんなふうに考えてしまうと、いかにもそれが正しいように感じられてしまって、僕は暗い気持ちになる。
彼女の本音にも気が付かないで、僕は味方が増えたなんて思い込んで喜んでいたんだ。それって、すごくバカみたいだ。
「僕……嫌われちゃったのかな?」
配下の一人にこっそりと尋ねてみる。彼は「そうですなあ……」と難しい顔になった。
「やはり彼女と殿下では、住む世界が違ったのでしょう。一緒にはいられないのです」
――嫌だよ、結婚なんて!
ナディアさんが僕のプロポーズを断ったときの言葉を思い出す。つまり、それが答えってことなんだろうか。あのときから、彼女の気持ちは全然変わっていなかった……。
「仲良くなれたと思ってたんだけどな……」
ひどく体が重く感じられる。どうやら僕は自分で思っていたよりも、ナディアさんを信頼していたし、彼女のことが好きだったらしい。
けれど、この恋は悲しい結末を迎えることになりそうだと予感してしまって、僕は強い喪失感に打ちのめされていた。
それでも一行は進んでいく。僕の恋は悲劇に終わっても、せめてこの交渉だけは上手くいきますようにと願うしかなかった。




