地下牢にて(3/3)
それから数秒と経たず、ルシウス王子率いる一行が私の牢の前に姿を現わした。
「殿下、囚人は無事なようです」
衛兵らしき人が、私を見ながらほっとしたように報告する。ルシウス王子は「そうだな」と言いながらも不可解そうな顔だ。
「リリーの声が聞こえたような気がしたんだが……」
そう呟いたルシウス王子は足元に視線を落とした。そして固まってしまう。私もそこにあったものに気が付いて息を呑んだ。
「このユリは……リリーの……」
ルシウス王子が床からつまみ上げたのは、さっきお姉ちゃんの髪から落ちた白い花だったんだ。王子は衛兵たちに「下がれ」と命じた。
「何故これがここにある?」
衛兵たちがその場を離れた後、ルシウス王子は鉄格子越しに私に花を見せた。
「リリーがここにいたのか?」
「それは……」
私は必死で頭を回転させた。
多分ルシウス王子は、王宮に解放軍のメンバーが忍び込んだことに気が付いていない。侵入者はお姉ちゃん一人だけだと思い込んでいる。
だったら、彼には思い違いをしたままでいてもらった方が良いかもしれない。だってルシウス王子は解放軍のメンバーが辺りをうろついてるなんて知ったら、絶対に見逃してくれるような人じゃないから。
「そうだよ。お姉ちゃんは私を逃がそうとしたの」
私は他にも人がいたことは黙っておいて、真実の一部だけを話した。
「私のこと、放っておけなかったんだって」
「ああ、まったくリリーは……」
そう言いつつも、王子の声からは攻撃的な調子が薄まってきている。
「それで? リリーはどこへ行ったんだ?」
「知らない。王子が来たら逃げちゃったから」
私はそっぽを向いた。
二人は無事に離宮を出られたかな? お姉ちゃんは連れて行って欲しくなかったけど……。あの様子じゃ男性は考えを変える気はなさそうだったし、今さらどうこう言っても手遅れだ。
それよりも、今どうにかしないといけない問題は別にある。解放軍が和平交渉へ行くユベロを急襲しようとしているってことだ。
その作戦は私がいないと決行できないって幹部の男性は言っていたけど、デゼルお兄ちゃんはたまに無茶なこともやってしまうんだ。
だから私の協力が得られなくたって、お兄ちゃんは全滅覚悟でユベロと戦おうとするかもしれない。
私が傍にいたのなら絶対に止めるけど、解放軍の誰かがもう一度この離宮へ忍び込んで私を救出し、お兄ちゃんの元へ連れて行ってくれるなんてできるのかな?
「で、殿下! 大変です!」
私がそんなことを考えていると、衛兵が肩で息をしながら地下牢へやって来た。
「離宮に不審な男が! 恐らく、逆賊どもの一員だと思われます!」
「何だと!?」
ルシウス王子の顔色が変わった。私も血の気が引くのを感じる。
「賊は衛兵を何名か切りつけて馬を奪い逃亡。それから……」
兵は言いにくそうに付け足した。
「恐らく、リリー様もご一緒かと……」
「リリーが……?」
ルシウス王子の声が裏返った。
「賊が『イスメラルダは解放軍の一員だ! お前たちには渡さない!』と言うのを兵たちが聞いています。そして……リリー様はまったく抵抗する様子もなく、嬉しそうに賊に抱きついた状態で彼と行動を共にしていたとか……。我々も攻撃がリリー様に当たるといけないので、無理に止めることもできず……」
「そんな……嘘だろう、リリー。私を捨てるのか……」
ルシウス王子は弱々しい声で呟いて、壁に額を押し当てた。兵は気まずそうな顔で「失礼いたします」と言って去っていく。
ルシウス王子は絶望を味わっているみたいだったけど、それは私も同じだ。
解放軍が王宮に忍び込んでいたことがバレてしまった。多分、これからは警備もずっと厳しくなるだろう。つまり、私が解放軍の人の助けでここから脱獄できる可能性が低くなってしまったってことだ。
このままじゃ、戦いをやめてってお兄ちゃんを説得しに行けない。だったら、別の手を考えないといけなかった。
「お願い、ルシウス王子、私をここから出して」
もうユベロに事情を話して和平交渉を中止してもらうしかない。このまま放っておけば、ユベロが解放軍に殺されてしまうもしれないんだから。
一度開くって言った和平交渉をやめにしてしまえば信用が落ちちゃうだろうけど、背に腹は代えられなかった。
「ユベロの命が危ないの。ルシウス王子はユベロのこと、大好きでしょう? だったら協力して!」
「ユベロの命が?」
私の言葉に、ルシウス王子が顔を上げた。
「どういうことだ。何があった」
「あのね、聖都でユベロは解放軍と和平交渉をする気なの」
本当は隠しておくべきなんだろうけど、もしかしたらルシウス王子の協力が得られるかもしれないと感じて、思い切って本当のことを話してみる。
「ユベロはもう戦いは嫌だって思ってるんだよ。だから皆に内緒で解放軍と仲直りする気なの。でも、解放軍はそれを信じていない。罠だって思い込んでるんだよ。だから交渉に行くユベロを不意打ちしようとしてるの!」
「何てことを……」
ルシウス王子はまっ青になっていた。
「ユベロ……最近彼の離宮が何だか騒がしいと思っていたら、そんなことを考えていたのか。何故お兄様に何も言ってくれなかったんだ……」
「だって言ったら反対するでしょ?」
「当たり前だ」
ルシウス王子は眉をつり上げた。
「私が止めたって、ユベロは行くと言って聞かないだろうな。行き先は聖都か。……仕方ない。ユベロ一行の後ろから私が兵を率いてこっそりと護衛をするしかない。獣どもめ、弟にはかすり傷一つつけさせんぞ……」
恨みがましく呟いて、ルシウス王子は立ち去ろうとした。私は愕然となる。
「待って、ルシウス王子! 私をここから出してよ! 解放軍と戦うなんてダメ! 私が聖都に行かないでってユベロを説得するから……」
「兄の私にできないことを貴様ができるというのか? 思い上がるなよ、魔女め。何様のつもりだ。ただの捕虜が調子に乗るな」
ルシウス王子は金の髪をなびかせながら去っていった。私は呆然と立ち竦む。
「ど、どうしよう……」
大変なことになってしまった。
私がルシウス王子に何もかも話してしまったせいで、さらに事態がこじれてしまったんだ。
このままじゃ、解放軍がユベロ一行を奇襲しなかったとしても、和平交渉の場にルシウス王子も居合わせてしまうことになる。平民を獣扱いするルシウス王子が同席している話し合いが無事に終わるわけがない。
つまり、この和平交渉は絶対に失敗してしまうってことだ。
それが分かっていながらも、私は何もできないでこの冷たい地下牢に一人きりでいるしかないんだ。
私は最悪な状況をもっと悪化させてしまった。自分が犯したとんでもない過ちに、ただ怯えているしかなかった。




