地下牢にて(2/3)
「この……! このっ!」
早くこの男の人をどうにかしないと、お姉ちゃんがやられちゃう! 焦った私は無駄なことだと忘れて鎖を外そうと必死になった。
「お前……イスメラルダか!?」
けれど、男の人が口にした意外な言葉に私は目を見開いた。そして、彼がフードを外した瞬間に「嘘でしょ!?」と思わず叫んでしまう。
その人は解放軍の幹部の男性だったんだ。私は鉄格子を強く握りしめる。
「な、何でここにいるの……!?」
「それはこっちの台詞だよ!」
男性は仮面をつけたお姉ちゃんをポカンとしながら見ていた。
「イスメラルダ……死んだはずじゃ……?」
そう言いつつも、男性の顔には段々と歓喜が広がっていく。そして、その喜びが最高潮に達したときに、彼はお姉ちゃんに抱きついた。まだ状況がよく呑み込めていないらしいお姉ちゃんは、されるがままになっている。
「ああ、懐かしいな! 皆きっと喜ぶぞ! もしかしてお前も捕まってたのか!? それならもう心配いらないぞ! 俺が助けてやるからな! もちろんナディアもだ!」
「……ちょっと待って」
目を白黒させながら、お姉ちゃんは男性を引き剥がした。
「誰、あなた。わたしを知ってるの……?」
「えっ……イスメラルダ、一体何を……」
「あのね、お姉ちゃんは記憶がないの」
ショックを受けた顔になる男性に、私は急いで事情を説明した。彼は納得の表情を浮かべながら、今度は気の毒そうに「なるほど……」と頷く。
「で、俺のことも忘れちまったってわけか。……なあ、イスメラルダ。俺たち仲がよかったんだぜ? 解放軍の戦勝記念にお前にキスしようとして平手打ちにされたり、連続十回もデートの誘いを断られたり……。で、解放軍の皆は俺たちの今後で賭けを楽しんでたんだ。お前はいつ俺になびくのかって。……イスメラルダは俺を好きにはならないって考える奴ばっかりだったから、その勝負が成立したことは一度もなかったけどな」
「そう……」
懐かしい思い出の数々を聞いたお姉ちゃんは頭を押さえる。私はまだお姉ちゃんに話しかけようとする男性を制止させた。
「ねえ、何でここにいるの?」
私はさっき聞いても答えてくれなかった質問をもう一度繰り返した。
「私を助けに……って言ってたけど、どうしてそんなことを? ユベロから……第二王子からの手紙、読んだでしょう? 私も聖都で行われる和平交渉へ行くんだから、わざわざ王宮に忍び込んで助ける必要なんか……」
「ナディア、大丈夫だ。それは罠だってことくらい、俺たちにはちゃんと分かってる」
男性は訳知り顔で牢屋の中にいる私をじっと見つめた。
「現にお前はこうして捕まってるだろう。思ったより元気そうで安心したよ。これなら外に出たらすぐに戦えるな」
「えっ、戦うって……」
「もちろん、和平交渉にやって来た王国軍を奇襲するんだよ」
男性は当然のように言う。
「あいつら、和平交渉なんて言って俺たちを誘い出して全滅させる気なんだろう? でも、その手には乗らない。騙されたフリをして、逆に奴らを倒してやるんだ。だが、そのためにはナディアの力がいる。お前が解放軍の先頭に立って王国軍を……」
「あなた、さっきから何を言ってるの?」
お姉ちゃんが男性の話を遮った。途中からポカンとしながら聞いていた私は我に返る。
「和平交渉がどうとか、聖都がどうとか……。わたし、そんな話は知らないわ。ルシウス様はそんなこと仰っていなかった。一体何が……」
通路の向こうから足音がして、お姉ちゃんは黙り込む。同時に、何人かが話す声も聞こえてきた。
「カギ束がなくなっていたというのは本当か?」
「ああ、間違いない」
「侵入者だ! きっと誰かが地下牢に入り込んだんだ!」
私たちは顔を見合わせた。幹部の男性はどこかに身を隠すところはないかと辺りを見渡す。だけど別の声が聞こえてきたことによって、さらに状況は悪化した。
「リリーが部屋にいない。誰か彼女がどこへ行ったか知らないか?」
ルシウス王子だった。お姉ちゃんは口元を手で覆う。足音と声が段々こっちへと近づいてきた。
「まずいぞ……」
男性は焦ったような仕草でフードを被り直す。
「仕方ない。出直すか。……イスメラルダ、行こう。ナディアはまた後で助ければ……」
「行こうってどこへ?」
そんなことを言われると思っていなかったのか、お姉ちゃんは困惑していた。けれど、男性の方も驚いたみたいだった。
「どこって……解放軍だよ! 他に行くところなんかないだろう? さあ!」
男性はお姉ちゃんの手を引いて駆け出そうとした。でも、お姉ちゃんは「離して!」と身もだえする。私も「やめてあげて」と彼を止めようとした。
前の私なら、お姉ちゃんを無理にでも連れて行ってもらおうとしただろう。でも今は違う。お姉ちゃんがルシウス王子の傍にいたいって言うのなら、その意思を尊重してあげるのが大切だって思えるようになったんだ。
「おい、何言ってるんだよ」
でも、そんな事情なんか知らない男性は目を剥いた。
「こんなところにいても、良いことなんか一つもないだろ? 王宮には平民をゴミくずみたいに扱う奴らがウヨウヨしてるんだぜ? 特に王族なんかといたら、ろくなことにならねえよ! ほら、行くぞ!」
「嫌よ! わたしは行かないわ!」
お姉ちゃんは激しく抵抗した。その拍子に、ユリの花が髪から落ちる。
「逃げるのなら、あなた一人で行って! ルシウス様、リリーはここです!」
お姉ちゃんは通路の向こうへと大声を出した。男性は「おい!」と信じられなさそうな顔になる。
「何やってるんだよ、イスメラルダ!」
「わたしがルシウス様の気を引くわ。だからその隙にあなたは逃げて! それからわたしは、イスメラルダじゃなくてリリーよ。……ルシウス様、ルシウス様!」
「ああ、くそっ!」
今にも駆け出してしまいそうになるお姉ちゃんを見て、男性は髪を掻きむしった。
でも、彼が躊躇ったのはわずかな時間だけだった。男性はすぐに意を決したような顔になると、「ごめんな」と小さく謝って、お姉ちゃんの頭に一撃を食らわせる。
「お姉ちゃんっ!」
昏倒してしまったお姉ちゃんを見て、私は悲鳴を上げた。男性は「大丈夫だ」と言いながらお姉ちゃんを肩に担ぐ。
「すぐに意識を取り戻すさ。ナディア、待ってろよ。必ず助けに戻るからな」
そう言うと、男性はお姉ちゃんを連れてルシウス王子たちの足音が迫ってくる方向とは逆側に逃げ出した。




