地下牢にて(1/3)
「うっ……」
視界が暗転してからどれくらい経っただろう。私が目を開くと、薄暗い石の壁が見えた。
痛む頭を押さえながら、私は壁と同じ石でできた床からのっそりとした動作で身を起こす。
「何なの……ここ?」
「私の離宮の地下にある牢屋だ」
後ろからの声にハッとなる。鉄格子の向こうに背の高い男性が立っていた。
「ル、ルシウス王子……」
王子は傷だらけの顔に冷たい表情を浮かべながら、牢の中にいる私を見ていた。その眼差しの冷酷さに、私は鳥肌を立てる。
「な、何で……?」
「『何で』? それは私の台詞だ」
ルシウス王子は顔を歪めた。
「何故貴様がリリーの部屋の近くをうろついていた? 彼女と会っていたのか?」
「それは……」
どう答えるのが正解だろうと思って、私はすぐに回答するのを躊躇った。
でも、私の中に生まれたわずかな動揺を見逃してくれるルシウス王子じゃない。彼はますます険しい表情になる。
「またリリーに戯言を吹き込みに来たのか」
「それは違……」
「黙れ」
ルシウス王子は低い声で私の反論を即座に退けた。
「もう良い。貴様は後で秘密裏に処刑してやる。生かしておいても何の益もない……。貴様は弟やリリーをたぶらかした重罪人だ。死が訪れるまでの短い時間、今までの自分の行いをよく反省するんだな」
それだけ言うと、ルシウス王子は去っていった。私は「待って!」と必死で呼びかける。
けれど返事は返って来ない。ルシウス王子はそのまま地下牢の向こう側に姿を消してしまった。
「どうしよう……」
そんなふうに呟いてはみたけれど、今やるべきことは一つしかなかった。私は鉄格子に向かって手のひらを当てる。魔法を使って脱獄しようと思ったんだ。
「……あれ?」
でも、しばらくしておかしなことに気が付いた。魔法が発動しない……?
何気なく手元を見た私はあっと声を上げる。手首に何か巻かれていた。
「これ……聖別された鎖……?」
鈍く銀色に光るその鎖には、神様の奇跡の象徴であるバラのマークが彫られていた。聖別された品である証だ。
そして、これを身につけている間は魔法が使えない。私はまっ青になった。
「このっ……!」
私は鎖を無理やり引き剥がそうとした。でも、壁に打ち付けても引っ掻いてみてもびくともしない。
前に身につけたことがある聖別されたチョーカーと同じだった。多分、この鎖もカギか何かがないと外れないんだろう。そう悟った私は床にへたり込んだ。
「ああ……」
私は絶望の声を上げた。ルシウス王子の離宮へ来ていることはユベロには言っていない。それに今彼は聖都への出発の準備で忙しくしてる真っ最中だし、私がいなくなったことに気が付いてさえいないかもしれなかった。
つまり、助けが来る可能性はかなり低いってことだ。このままだと私は、ルシウス王子に処刑されるのを待つことしかできなくなってしまう。
そんなの絶対に嫌だ! なんて震え上がってしまうけれど、だったらどうすれば良いのかなんて私には分からなかった。
それでも諦めきれなくて、まだ打つ手はないかじっと考え込む。
外から足音が聞こえてきたのは、そんなときのことだった。
鉄格子の向こうの通路を誰かが歩いてくる。ルシウス王子? いや、違う。これは……。
「お姉ちゃん!?」
松明の明かりに照らし出された黒髪の女性を見て、私は瞠目した。頭につけたユリの花を揺らしながら、イスメラルダお姉ちゃんはカギ穴の傍にそっとかがみ込む。
「何でここに!?」
「あなたを助けに来たのよ」
お姉ちゃんは懐からカギ束を出すと、そのうちの一つを穴にはめ込んだ。
「さっき偶然聞いてしまったの。地下牢の囚人がどうのこうのって、離宮の衛兵とルシウス様が話しているのを。ルシウス様がそんなところに人を閉じ込めておくなんて何だかとても異常なことに思えたから、嫌な予感がして来てみたのよ。このカギ束は……管理人からこっそり借りたの。……ああ、これじゃなかったわね」
お姉ちゃんははめていたカギを穴から抜いて、別のカギを差し込んだ。私はその一連の流れを固唾を呑んで見守る。
「……大丈夫なの? こんなことして、ルシウス王子に怒られたりしない?」
「するかもね」
お姉ちゃんは肩を竦めた。
「でも、わたしがルシウス様の気に食わないことをするのはこれが初めてじゃないわ。だから平気。……これもハズレね」
お姉ちゃんはまたしても別のカギを取り出す。
「わたしね、あなたのことを放っておけなかったのよ。……あなた、わたしの妹なんでしょう? わたしは全ての記憶を取り戻したわけじゃないわ。でも分かるの。昔のわたしなら絶対にこうするだろうって。何があってもあなたを助けるだろうって……」
「お姉ちゃん……」
昔と変わらない優しさを見せるお姉ちゃんに、私は胸が熱くなる。
通路の壁に大きな人影が映ったのは、その直後だった。
人影は瞬く間にお姉ちゃんの背後を取った。牢屋を開けるのに夢中だったお姉ちゃんは異変に気が付いていない。その人影から漏れ出している殺気に、私の全身の毛が逆立った。
「お姉ちゃん! 避けて!」
私の大声に反応したお姉ちゃんが横に飛び退くのと、人影がナイフを振り上げるのが同時だった。間一髪、お姉ちゃんは人影からの攻撃をかわす。
「な、何!?」
人影の正体は、フードを目深に被った男の人みたいだった。顔は見えないけれど、こっちに敵意がある人物と見て間違いなさそうだ。




