第一王子と第二王子(1/1)
「兄上、お待ちください!」
僕は王宮の長い廊下を歩く青年の背中に声をかけた。
「どうした、ユベロ」
波打つ長い金髪を揺らしながら、兄上が振り向いた。傷だらけの顔の中心で輝く青い目が細められ、「そんなに慌てると転ぶぞ」と注意される。
「次回は兄上が出撃なさると伺いました。それは本当ですか?」
「本当だ」
兄上は僕の質問に頷く。
「先ほど衛兵が王宮内をうろついていた不審者を捕らえた。敵の斥候だろうが、これからわざと逃がす予定だ。偽の情報を持って帰ってもらうためにな。この罠に嵌まれば反逆者どもは痛手を被るだろう。加えて私も出陣するんだ。そして、奴らの思い上がりを正してやる」
「解放軍の思い上がり、ですか……」
「ユベロ、奴らを解放軍などと呼ぶな。あれは賊の集まりだ」
兄上が少し険しい顔になった。「賊?」と僕が聞き返すと、「ああ、そうだ」と兄上が言う。
「奴らは貴族の館を次々と襲撃し、住人を虐殺して金品を強奪しているんだぞ。賊と何も変わらないだろう。いや、賊の方がまだ上品だ。奴らは獣だ」
「兄上、そんな言い方は止めてください」
僕は傷跡が目立つ兄上の顔を見て目を伏せた。
「平民だって人間です。獣なんて……」
「いいや。奴らは獣だ」
兄上はきっぱりと言い切った。僕は心の中でため息を吐く。こんなやり取りをするのは、もう何度目だろう。数えるのも嫌になってきた。
「兄上、次回の戦いでは僕も出撃させてください」
これ以上水掛け論を続ける気にはなれなくて、本題に移ることにした。途端に、兄上が目を見開く。
「何を言ってるんだ! ダメに決まってるだろう! そんな危ない!」
兄上は僕の肩をがっしりと掴んだ。ちょっとたじろいでしまうような力の強さだ。
「賊どもの中には『魔女』がいるんだぞ!? なんでも指導者の妹で、まだ幼い少女だそうだが、彼女のせいで我々は何度も苦汁をなめる羽目になったんだ! そんな人物がいるところへユベロを連れて行くなんて……!」
「兄上がダメだと言っても、僕は勝手に行きますよ」
僕は兄上の青い目をじっと見つめた。
「命令違反の罰を与えたいのなら、どうぞお好きに。大臣たちにもそう言っておいてください。でも、僕は見てみたいんです。解放軍がどんなものなのかを……」
「ユベロ……私があなたを罰せるわけないだろう。大事な弟なんだから……」
兄上は苦り切った顔になり、「もちろん、他の者にも手出しはさせない」と付け足す。
「分かった。従軍を許可しよう。大臣たちには私が上手く言っておく。ただし、魔女が討たれて安全を確保できるまでは後方待機だ。いいな?」
「……努力してみます」
僕の返事に兄上は不満そうな顔になったけど、一応は納得したのか「よろしい」と頷いた。
「いいか、ユベロ。平民は獣だ」
兄上が念押しするように言った。
「奴らが今まで何をしてきたのか忘れたのか? 私は決して忘れない。忘れられるわけがない……」
「……」
兄上の怒りや悲しみが伝わってきて、僕は何も言えなくなってしまう。彼がどこかへ行ってしまった後も、しばらくそこから動けなかった。