やっぱりお姉ちゃんは頼りになる(1/1)
「あら、あなた……」
前みたいに窓から侵入してきた私を見て、お姉ちゃんはびっくりしたような声を出した。それでも中に入れてくれて私はほっとする。だって、入室を拒否されるのも覚悟していたから。
「あの……あのね、お姉ちゃん」
私は早速話を切り出そうとした。でも、いざとなると上手く言葉が出て来なくて、自分の考えていることをどう表現したら良いのか分からなくなってしまう。
「ル、ルシウス王子とは上手くいってる?」
お姉ちゃんがこっちの様子を不審そうに観察しているのに気が付いて、私はとりあえず当たり障りのない世間話でその場をしのぐことにした。
でも、お姉ちゃんはその質問に意外な答えを返す。
「あんまり」
「あ、あんまり……!?」
私はショックを受けずにはいられなかった。
やっぱり平民と王族のカップルなんて、いつかは破局する運命にあるの!?
私がユベロに恋しても無駄だし、ユベロに私を好きになってもらうのも無理だし、私たちが結婚しても絶対に上手くいかないってこと!?
「あなたが現われたお陰でね」
私がまっ青になっていると、お姉ちゃんは予想外の台詞を口にした。私のせい……?
「あなた、言ったでしょう。わたしの本当の名前は『イスメラルダ』で、実は平民だったって。わたし、それをルシウス様に言ったのよ。……それからかしら。ルシウス様が前みたいにわたしと会ってくださらなくなったのは」
「お姉ちゃん……嫌われちゃったの?」
「それは違うわね」
お姉ちゃんは静かに首を振った。
「ルシウス様は認めたくないのよ。わたしの正体について。一緒にいてわたしが平民だって確信するような出来事が起こったら、何もかも取り返しがつかないことになってしまう。そう考えているから、わたしの傍から離れていったの」
お姉ちゃんはため息を吐いた。
「少し寂しいけれど仕方ないわ。ルシウス様には真実を受け入れるための時間と心の準備が必要なんだもの」
「真実を受け入れる……」
お姉ちゃんの言葉に、私はふと気になることを覚えた。
「お姉ちゃんはもう認めたの? 自分が平民だって……」
まさかと思って、私は目を輝かせる。
「お姉ちゃん、もしかして記憶が……」
「戻ってないわ」
はしゃぎかける私とは対照的に、お姉ちゃんは落ち着いた態度だった。
「でも……頭の中に色々な光景が浮かんでくることがあるの。多分、昔のわたしが体験したことだと思うわ。だったら、もう自分が何者かなんて大体想像がついちゃうでしょう?」
そう言いながら、お姉ちゃんは頭を押さえた。
「でも、まだ何もかも思い出したわけじゃない。記憶の断片をつなぎ合わせても、どうしても埋まらないところもある。そう認識する度に思うのよ。わたし、きっと早く全部を思い出すべきなんだって。ルシウス様にとっては、わたしの記憶がないままの方が好都合なんだろうけど、長い目で見たらやっぱりそれってよくないことだと思うし……」
「お姉ちゃん……」
お姉ちゃんは自分のためじゃなくて、ルシウス王子のために記憶を取り戻したいんだ。私は何だか複雑な気持ちになってしまう。
「お姉ちゃんは……好きなんだね。ルシウス王子のこと」
私は仮面をつけたお姉ちゃんの顔をじっと見つめた。
「お姉ちゃん、そのことで悩んだりしなかったの? だって相手は王族だよ? お姉ちゃんは解放軍の一員だった。つまり、敵を好きになっちゃったってことだよ?」
「そんなことどうでも良いわ」
私の質問にお姉ちゃんはあっさりと首を振った。
「敵か味方かなんて関係ない。自分の心に嘘は吐けないもの。……ルシウス様だってきっとそうだったのよ。だから、記憶を失って右も左も分からなかったわたしを拾ってくださったんだわ。どうしても……傍に置いておきたかったから」
私の心がどんどん揺らいでいく。敵も味方も関係ない? 自分の気持ちに嘘は吐けないから?
それってつまり……私がユベロを好きになっちゃうのも、おかしくないってこと?
「でも……そういう恋って、上手くいくのかな?」
私はスカートの裾を指先でいじりながら尋ねた。
「だって……こっちは相手のことがすごく好きでも、向こうはそうでもないかもしれないし……」
「……ままならないこともあるわよ。それは仕方ないわ」
お姉ちゃんはどうしようもなさそうに言ったけど、ちょっとだけ笑っていた。
「でも、想い続けていればいつか願いが叶うかもしれないでしょう? そういう奇跡ってあっても良いとわたしは思うけど」
奇跡……奇跡か。
確かにそうかもしれない。
そもそも『両思い』って状態が奇跡的なことなんだから。だって、自分が相手を好きなのと同じくらい、向こうもこっちを好いてくれてるってことだもん。『奇跡』なんだから、滅多に起こらないのは当然だ。
だったら、両思いじゃない! って嘆くよりも、そんな『奇跡』を起こせるように努力する方が良いのかもしれない。私がユベロを好きなのと同じくらい、ユベロにも私を好きになってもらうんだ。
難しくても、頑張ってみる価値はあるはずだ。
「……ありがとう、お姉ちゃん」
私は心の奥にあったモヤモヤが晴れていくのを感じながら、お姉ちゃんに礼を言った。
「早く……前みたいに、ルシウス王子と仲良しに戻れると良いね」
私の言葉にお姉ちゃんは驚いたみたいだ。でも、すぐに笑って「ありがとう」と返す。
私はお姉ちゃんの部屋を後にした。来たときとは打って変わってスッキリとした気分になっている。
元々敵だったとか、相手が私を好いてくれてないとかくだらないことで悩むのはもうやめようと思っていた。
その代わり、私たちの未来をよりよいものにするために奮闘するんだ。
私がそんな明るい決意をした瞬間のことだった。背後に人の気配を感じたのは。
「魔女め……」
恨みのこもった低い声が聞こえてくる。振り返ろうとしたけど頭部に強い衝撃を感じて、私はそのまま意識を失ってしまった。




