お兄ちゃんが必ず助けてやるからな(1/1)
「デゼル、落ち着け!」
解放軍が本部として使っている館の大広間に怒声が轟く。羽交い締めにされたボクは、「落ち着けだって!?」と叫んで全力で暴れた。
「これが冷静でいられるか! 王族から使いが来たんだぞ!?」
つい先ほどのことだった。第二王子からの使者を名乗る男がこの館にやって来たのは。それを知ったとき、ボクは憤慨した。
先日の戦いで大敗したせいで、解放軍の士気はひどく落ちている。逃亡する者も出る始末だ。
ボクは解放軍のリーダーとして、そんな皆を何とか奮い立たせて次の戦いに備えないといけなかった。
でも、ボクだって大切な家族を――妹のナディアを捕虜に取られてしまったんだ。今頃どんな扱いをされているのかと気がかりで、とてもじゃないけど皆を励ますどころじゃなかった。
きっと第二王子はそんな状況を見越して、降伏するように持ちかけてきたんだろう。こっちの足下を見るようなその態度に、ボクは憤りを感じていた。
でも、使者が持ってきた第二王子からの書状を読んで驚いた。だってそこには、『解放軍と和解したい』って書いてあったんだから。
それだけじゃない。平民と貴族は手を取り合うべきとか、争いの連鎖はもう止めにするべきとか……。そんな耳触りのよい言葉がこれでもかと並べられていた。
そして、手紙の最後にはこんな文言も添えられていた。
『お兄ちゃん、私もこの考えには賛成だよ。だから私を信じて話し合いに応じて。私も聖都へ行くから』
それはナディアからの言葉だった。妹の筆跡をボクが見間違うはずがない。
だからこそボクは確信した。これは罠だ、と。
「あいつらは甘い言葉でこっちを誘い出して、解放軍を全滅させる気なんだ! そのためにナディアを脅してあんな言葉を書かせたんだ!」
じゃなかったら、ボクと同じで貴族を憎んでいるナディアが『話し合いに応じて』なんて訴えてくるはずがない。貴族と平民が和解できるなんて言い出すわけがないに決まってる。
あの一文を書かされるまでにどんなひどい拷問を受けたんだろうと考えると、胸が張り裂けそうだった。
たった一人残されたボクの家族を恐ろしい目に遭わせた第二王子。絶対に許してやるもんか。ナディアが受けたのと同じ苦しみを味わわせてから地獄へ落としてやるとボクは決心した。
「あの使者の首をはねて第二王子へ送り返せ! その手には乗らないと言ってやるんだ!」
「だから落ち着けって、デゼル!」
ボクを必死で説得している解放軍の幹部の男性が、弱り切ったように大声を上げる。
「俺たちが使者を殺したら、あいつらは捕虜にしている解放軍のメンバーにも同じことをするに決まってる。これ以上仲間を失っても良いのか?」
「王族に捕まってる時点で、死んだも同然だろ!」
そう言いつつも、ボクはうなだれた。
ナディア、ボクの大事な妹。どうしてあの橋での戦いのとき、助けてやれなかったんだろう。
父さんと母さんが死んだとき、ボクは誓ったはずなのに。ナディアの傍にいてやれるのは、もうボクしかいない。だから、ボクが絶対にナディアを守ってみせよう、って。
それなのにボクはその誓いを果たせなかったんだ。
王族はもちろん憎いけれど、ボクが一番恨んでいるのは自分自身だった。妹を守れなかった自分が何よりも恨めしい。
「なあ、デゼル……ここは奴らの話に乗ったフリをするっていうのはどうだ?」
自己嫌悪を感じて黙り込んでしまったボクを見て、幹部の男性はようやく拘束を解いてくれた。
「それで、ノコノコと交渉の場へやって来た向こうを奇襲するんだ」
「……無理だよ。そんな兵力はもう解放軍には残っていない」
今の解放軍は、何もしなければ自然に解散してしまいそうな雰囲気さえも漂っていた。皆が口にするのは絶望の言葉ばかり。こんなことじゃ、勝てる戦いにも負けてしまう。
「せめてナディアがいてくれたらな……」
皆の士気喪失の原因は、戦いに負けたことだけじゃない。ナディアがいなくなってしまったこともかなり大きなショックだったみたいだ。
ナディアは解放軍一の魔法の使い手だ。今までの戦場では敵なしだった。そんな彼女に膝を突かせた相手に勝てるわけないと思ってしまうのは、不思議なことじゃない。
「じゃあ、デゼル、こういうのはどうだ?」
男性は腕組みしながら別の提案をする。
「奴らの誘いに乗ったように見せかけて油断させて……こっそりとナディアを救出するんだ」
「ナディアを?」
考えたこともなかったアイデアに、ボクは目を丸くした。
「何を言ってるんだ。ナディアは王城にいるんだぞ? そんなところへ忍び込むなんて、いくらなんでも無理だ。大体ボクたち、王宮の中がどうなっているのかも知らないのに……」
「いや、デゼル、厳しいけど無理じゃない」
男性は強い口調で言った。
「この間、補給のために立ち寄った村があっただろう? そこで俺は、かつて王宮の厨房で見習い料理人をしてたって奴と会ったんだよ。そいつなら王宮の中のことも俺たちよりは詳しいはずだし、こっそりと城へ入り込む方法も知ってるかもしれないぜ」
端から不可能だと決めつけていたせいで、今までまともに考えたこともなかった『妹の救出』という夢のような案。
それが現実になるかもしれないと分かり、ボクは生唾を飲み込んだ。
ナディアはきっと今頃、薄暗い地下牢でボクの助けを待っているに違いない。
だったら、兄として放っておくことなんてできなかった。救い出す方法があると分かったらなおさらだ。
「すぐにその見習い料理人へ連絡を」
ボクは額を押さえながら呟く。
「それから第二王子の使者にはこう言ってやれ。『交渉に応じましょう』とな」
「分かった」
男性は大きく頷いて出ていく。
ボクは深く息を吸い込んで吐き出した。
解放軍の起死回生の策は決まった。
まずはナディアを助ける。そして彼女と一緒に、和平交渉の会場にやって来た敵を襲うんだ。聖都での争いは禁じられているから、戦いを挑むのなら目的地へ向かう道中が最適だろう。
新たな決意を胸に、ボクは窓の外に目をやった。そして、王城がある方角をじっと見つめる。
「ナディア、待ってろよ。お兄ちゃんが必ず助けてやるからな」
届かないと知りながらも、ボクはそう囁かずにはいられなかった。




