退屈なお茶会と恋の自覚(2/2)
「あら、今気が付いたのですけれど……」
ある令嬢が周りを見渡す。
「ルシウス様、本日はリリーさんをお側に置いていないのですね」
「まあ、本当だわ」
「あらあら、言われてみれば……」
辺りの若い娘たちが一斉に周囲に目を配る。
でも、皆台詞に反して『実はずっと前から気付いていたわ』って顔に書いてあったけどね。
「ああ、そのとおりだ。今日は連れてきていない」
兄上は一瞬頬を引きつらせかけたけど、すぐに何でもなさそうにそう言った。
途端に、令嬢たちの目が輝く。
「大変ですわ、それは!」
「もしかして彼女、何か不手際でもなさったの?」
「新しい侍女が必要かもしれませんわね」
令嬢たちは若干声のトーンを高くしながら、兄上との距離を詰め始める。僕にはその心の声が聞こえてくるような気がした。
『いい気味だわ! あんなどこの馬の骨とも分からない小娘がルシウス王子にまとわりついていたせいで、今まで彼とお近づきになれなかったんだもの!』
『これは第一殿下に取り入るチャンスよ!』
『次にルシウス様に寵愛されるのはこの私。それで、素敵な贈り物に囲まれて暮らすの!』
多分、皆そんなことを考えているんだろう。でも、彼女たちは本心を決して口にしない。分かりやすいものの言い方を好まない辺り、やっぱり貴族令嬢だ。
――嫌だよ、結婚なんて!
それだけに、ナディアさんの態度は僕にはとても新鮮に見えた。
彼女は何でもはっきり言うし、僕に阿ろうとなんて一度もしなかった。それがなんとも言えず面白くて、『殺してやる』とか『首をもらう』とか言われているのに、恐怖よりも好奇心が勝ってしまって、彼女を傍に置いておきたくなったんだ。
ナディアさんと過ごすうちに、彼女についても色々と分かってきた。豪胆な人ではあるんだろうけど、繊細な面も持ち合わせているらしい。他人の痛みや悲しみにきちんと共感できる性格をしているんだ。
それに、皆が鼻で笑う僕の『平民と王侯貴族は仲直りするべき』っていう考えにも賛同してくれた。それで、その理想を現実のものにするために協力までしてくれることになったんだ。
ナディアさんが僕の提案を受け入れてくれたこと、本当に本当に嬉しかった。だって、初めての経験だったから。
正直に言って、皆にバカにされ続けてきたせいで、僕も心のどこかでは『平民と和解するなんて無理なんじゃないか?』って思っている節があった。でも、ナディアさんのおかげで自信が持てるようになった。和平は絶対にできるって確信したんだ。
ナディアさんが僕の考えを受け入れてくれたあの瞬間に、彼女は僕の中でかけがえのない人になった。『傍に置いてみたい』から、『傍にいて欲しい』へ変化したって言ってもいいかもしれない。
ナディアさんへのプロポーズは政治的意図を持ったものだったけど、それ以外の意味がそこに付与されつつある。ナディアさんとなら今後も一緒に過ごしていきたいってそう思い始めていた。
「兄上、恋ってどんな感情ですか?」
僕は浮かれた気分で兄上に尋ねた。令嬢たちの熱い視線を適当にかわしていた兄上は、目を見開いて焼き菓子をつまんでいた指をナプキンで拭く。
「何故私に聞くんだ」
「詳しいかと思ったので」
僕の単刀直入な言い方に、兄上は困惑を隠せないでいる。でも、しばらくして「たとえば一目惚れなら……」と前置きして話を始めた。
「最初にその人を見たときから、何かが違うと感じるんだ。相手から目が離せない。美醜や立場、二人の間に横たわるもの……。そういう細かな話は抜きにして、その相手を気にせずにはいられない」
ふーん……。そういうものなんだ?
でもそれって一目惚れの話だよね? 聞いておいてなんだけど、だったら僕にはあんまり関係のないことかもしれない。
だって僕、ナディアさんに一目惚れしたわけじゃないし。僕は最初、彼女のことを小さい子どもだって勘違いしてたからね。
一方、兄上の話を聞いた令嬢たちは騒ぐのをやめてひっそりと唇を噛んでいる。だって、兄上が誰のことを話しているのか分かっているから。そして、今も兄上の心がその人のものだって理解してしまったから。
「ユベロ、好きな人でもできたのか?」
話し終えた兄上は、僕に疑わしそうな目を向けてくる。
「一体どこの誰だ? よっぽどの相手でなければ私が許さないぞ。今度お兄様に会わせなさい。あなたにふさわしい人かどうか確かめてやる」
「そんなことしなくて良いですよ」
面接官みたいな顔になっている兄上の傍から僕は素早く離れた。だって、絶対に『合格!』なんて言わないだろうから。
兄上は僕を大切に思ってくれている。僕が平民に同情する姿勢を見せても袋叩きにされないのは、僕が王子だからじゃない。兄上に……次代の国王に僕が溺愛されているからだ。
こんな愛してくれる兄上を裏切るなんて心苦しいと思わずにはいられなかったけど、正しいことをするにはそれしかないんだ。
だって、もう僕は決めてしまったんだから。ナディアさんと一緒に平和を掴んでみせるって。
それがきっとよりよい未来のためなんだろうと僕は信じているんだから。




