解放軍の魔女(2/2)
「……で、デゼル。王国軍はいつ動く?」
私の言葉で勇気が出たのか、皆の顔色が少しだけよくなった。飛んで来た質問に、お兄ちゃんは「今スパイを放って調べさせている」と答える。
「だけど、確実なことが一つ。次の戦いでは、必ず第一王子と第二王子のどちらか……もしくは両方が出てくるだろう」
その言葉を聞いて、皆がざわついた。「あの第一王子が?」と私も目を丸くする。
「お兄ちゃん、いつも言ってるよね。王侯貴族は悪だけど、その中でも飛び切り悪い奴がいる。それが第一王子だ、って」
「ああ」
お兄ちゃんは重々しく頷いた。
「あれは最悪だ。まず見た目が悪い。化け物みたいな顔立ちだそうだ。きっとその醜い心の内が反映されたんだろう。奴の口癖を知ってるか? 『平民は獣』だ」
「ひどい! 獣は貴族の方だよ! だって、すごく乱暴なんだもん!」
まったくだ、とお兄ちゃんは言った。
「あんなのが王になってみろ。この国は終わりだ。今の国王は病気でいつ死ぬかも分からないような状態なんだから余計に悪い」
「ところで、第二王子はどんな人なの?」
解放軍で皆がいつも悪く言うのは第一王子の方ばかりだから、弟がどういう人物なのかピンと来なくて質問する。お兄ちゃんは「ええと……」と首を傾げた。
「噂だと、兄とはケンカばっかりしてるとか。きっと仲の悪い兄弟なんじゃ……」
「デゼル! 大変だ!」
いきなり大広間の扉が開いた。そこにいたのは、解放軍のメンバーの男性だ。七、八歳くらいの男の子を小脇に抱えている。
「こいつ、地下倉庫に隠れてたんだよ! 多分この家の元住人だ!」
「ふーん……?」
床に降ろされた子どもは目に涙を溜めながら体を震わせていた。お兄ちゃんはその子に歩み寄ってしゃがみ込み、視線を合わせる。私も席を立って、お兄ちゃんの隣に移動した。
「お前、随分と良いものを身につけてるな。ボクたちからむしり取った金で作った服を着る気分はどうだ?」
お兄ちゃんは少年の服の袖口を摘まもうとした。途端に彼は腕を引っ込めて、まっ青になりながらもお兄ちゃんを睨みつける。
「お、お父様とお母様を返せ!」
少年は大声を出した。
「お前たちは悪い奴だ! いきなりうちに乗り込んできてお父様やお母様を殺したんだ! この人殺し! 返せ、返せ、返せっ!」
少年は泣き喚く。お兄ちゃんはそれを白けた顔で見ていた。
私たち解放軍は移動を繰り返しながら貴族たちの館を襲って、そこで得た富を平民たちに分け与えていた。本部として使っているこの館に来たのも、今から十日くらい前の話だ。
きっとそのときの襲撃で少年は両親を亡くしたんだろう。彼自身も逃げ遅れて、仕方なく地下倉庫で身を潜めていたに違いない。
「返せ、か」
お兄ちゃんが呟く。どこまでも冷めた声だった。
「それならボクの父さんと母さんも返せ。二人とも貴族に殺されたんだ。それからのボクは妹と一緒に泥水を啜りながら貧民街で暮らしていた。親切な人に拾われるまでは、な。ところがお前は、食料もたっぷりあって雨風もしのげる地下倉庫に隠れていた。……貴族っていうのは、どこまでも癇にさわる存在だな?」
お兄ちゃんが立ち上がって私に指示した。
「殺せ、ナディア。貴族は生かしておけない」
私はお兄ちゃんの命令を実行に移そうとした。けれど、深刻な声で「待って!」と制止される。隅の席に座っていた女性だ。
「まだ子どもじゃない。かわいそうだわ」
「ダメだ。貴族に子どもも大人も関係ない」
お兄ちゃんは彼女の隣に立って、眉をひそめた。
「奴の言い分を聞いただろ? 被害者面して、『お父様とお母様を返せ!』なんて言ってきたんだぞ。そんなことを……」
「うわああっ!」
不意に少年が動いた。机の上に乗っていたペーパーナイフを握りしめ、手近にいた私に突き刺そうとする。
「ナディア!」
お兄ちゃんの鋭い声が飛んだ。同時に少年の体は宙を舞い、壁に勢いよくぶつかって動かなくなる。
「ナディア、怪我は!? 大丈夫か!?」
お兄ちゃんがオロオロしながら私の手を握る。私は「平気だよ」と笑った。
「お兄ちゃん、心配しすぎだよ。私があれくらいでやられちゃうわけないじゃん」
「分かってるけど……」
お兄ちゃんは自分を落ち着かせるように深く息を吸った。少年をここに連れてきた男性が、その小さな体を担ぎ上げて退場していく。
「ボクはもうこれ以上、家族を失いたくないから……。父さんと母さん、その次は姉さん。それで最後はお前、なんてことになったら……」
「イスメラルダお姉ちゃん……」
私も暗い顔になった。
イスメラルダお姉ちゃんは、貧民街で死にかけていた私とお兄ちゃんを拾ってくれた豪商の娘だった。血は繋がってないけどとても優しくしてくれて、私はそんなお姉ちゃんが大好きだったんだ。
でも半年前、私たちはお姉ちゃんを失ってしまった。貴族が雇った傭兵との小競り合いの最中のことだった。そのショックから、私もお兄ちゃんもまだ完全には立ち直れていない。
「いいか、皆。貴族を潰すまで、ボクたちが立ち止まることは許されていないんだ!」
憎悪で目をギラギラとさせながら、お兄ちゃんが宣言する。皆も力強く頷いた。さっきの女の人は目を伏せている。
「頑張ろうね、お兄ちゃん!」
私はお兄ちゃんに笑いかけた。
お兄ちゃんはいつだって正しかったんだ。ずっと私を守ってくれてたし、傍にいてくれた。お兄ちゃんがいなかったらきっと、私はもうとっくに死んでいただろう。私が今ここにいられるのは、間違いなくお兄ちゃんのお陰だ。
だから私は何があってもお兄ちゃんを信じようって、そう決めていたんだ。




