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彼の言葉なら、聞く価値はある(1/1)

 私がユベロの離宮に戻ったときには、彼もすでに帰ってきていた。


 廊下で私とすれ違ったユベロは、「おかえり」と微笑む。


「どうだった? 何か話せ……」


 私は仮面を剥ぎ取ってユベロに投げつけた。ユベロはそれを避け、目を丸くする。


「……ナディアさん? どうしたの? そんなに怖い顔して……」

「私に話しかけないで!」


 私は怒鳴ってそっぽを向いた。


「貴族も王族も大嫌い! お姉ちゃんはおかしくなっちゃった! ルシウス王子にたぶらかされたんだよ!」


 『イスメラルダなんて知らない』って言われたとき、それまでお姉ちゃんと過ごしてきた時間が全部崩れ去っていくような感覚がした。


 私は王族に過去の思い出まで殺されてしまったんだ。そう思うと、憎くて憎くてしょうがなかった。


「王侯貴族なんていなくなっちゃえばいいんだ! こんな、こんな……!」


 私は自分が着ているミニドレスの裾を破った。これも王族が用意したものだと思うと、平然と身につけているなんてとても無理だったからだ。ユベロの前じゃなかったら、すぐに裸になっていたに違いない。


「ナディアさん……」


 ユベロは困り顔でこっちに手を伸ばしてきた。私は「触らないで!」と後ずさりする。


「私は君の首を取るんだ! もう容赦なんか……」

「ユベロ、伏せていろ!」


 怒声が辺りの空気をつんざいた。廊下の奥から火球が飛んでくる。私とユベロはすぐさま壁際に身を寄せた。


 床に着弾した火球は火柱となって燃え上がる。ユベロがそれを水の魔法でなぎ払った。あたりに立ちこめる水蒸気の向こうから、背の高い影がこっちへ近づいてくるのが見える。


「あ、兄上……」


 それはユベロの兄のルシウス王子だった。鋭い目つきで私を睨んでいる。


「魔女め……。よくも私のリリーにくだらないことを信じ込ませようとしたな」

「『私の』リリー!? 何言ってんの!」


 ルシウス王子の言い方にカチンときた私は、ユベロを押しのけて彼と向き合った。


「お姉ちゃんは王族のものになんかならない! 何が『くだらないことを信じ込ませようとした』ですって!? そっちこそお姉ちゃんの記憶がないのを良いことに手込めにしたんでしょ!」


「私がそんなケダモノみたいなマネをするわけないだろう。獣と一緒にするな」


「同じだよ! お姉ちゃんを洗脳して首輪つけて飼ってるなんて、どっちが獣なのか分かんないじゃん!」


「何だと……!? この私を畜生呼ばわりするのか? ……もう一度言ってみろ。そんな口、二度と叩けないようにしてやる」


 私とルシウス王子は互いに罵り合い、今にも激戦の火蓋が切って落とされそうな気配が辺りに漂い始めた。


 そんな一触即発の空気の中に、ユベロが割り込んでくる。


「二人とも、落ち着いてください!」


 ユベロは私を庇うように兄を真っ直ぐに見据えた。


「兄上、お願いです。帰ってください」

「ユベロ……?」


 弟の懇願に、ルシウス王子の青い目が揺れた。


「何故そんな娘の肩を持つんだ。相手は魔女なんだぞ」

「……兄上、彼女は僕の客人です。だから傷つけないでください」


 静かだけどはっきりとした口調に、ルシウス王子の傷だらけの顔に動揺の色が浮かぶ。それでも彼は引くそぶりを見せなかった。


 そうと気が付いたユベロは、兄との距離をもう一歩詰める。


「どうしても彼女に手出しをするというのなら、まず僕から殺してください」


 まさかの台詞に、私もルシウス王子も言葉を失った。


 特にルシウス王子はひどく狼狽したようで、自分の腕を強く掴んで体を震わせている。


「……ユベロ、平民なんかのために命を懸けるな」


 ルシウス王子は怒りや悲しみの混じった複雑な表情をしていた。驚いたことにそこに恐怖も含まれている気がして、私はまじまじと彼を見つめてしまう。


「何のために私がこんな醜い顔をさらして生きていると思うんだ。私はもう家族を失いたくないのに……。……ユベロ、お兄様との約束だ。無茶なことはしないでくれ」


 ルシウス王子は帰っていく。その姿は敗走した兵士のようだった。


「はあ、よかった……」


 ルシウス王子の靴音が離宮から消え去ると、ユベロは肩の力を抜いた。


「どうなることかと思ったよ。無事でよかった、ナディアさん」


 穏やかに笑いかけてくるユベロから、私は思わず目をそらす。


――どうしても彼女に手出しをするというのなら、まず僕から殺してください。


 ユベロがあそこまで言うとは思わなかった。そこまでして私を守ろうとするなんて……。


 さっきまで王族は許せないって思ってたのに、その気持ちが氷が溶けるみたいに消え去っていく。私はそんな自分に戸惑い、唇を噛んだ。


「ナディアさん、服を着替えようか」


 ユベロが優しい声で言って、私の肩に手を置いた。彼の視線は、裾がボロボロになった私のミニドレスに注がれている。


「今度は水色じゃなくて、グリーンのドレスにしようよ。きっとそれも似合うよ」


 肩に置かれた手が振り払えない。かけられた言葉を拒絶できない。


 おかしくなっているのは私も同じだ。お姉ちゃんと同じで、王族に振り回されている。


 そう気が付いた瞬間に途方もない自己嫌悪を感じて、つい憎まれ口を叩いてしまった。


「着飾った格好なんて嫌い。王族や貴族って本当に嫌な人たちだね。平民の税金でおしゃれして……」


「別に好きでこういう服を着てるわけじゃないよ」


 ユベロは私の手を引いて歩き出した。ユベロの言葉の意味を図りかねた私はその手を引き剥がすのをためらい、そのまま彼についていく。


「地位ある人には、それにふさわしい姿が求められるからね。人から信頼してもらうためにも、きちんとした格好をしていることは大事でしょう? たとえば……掃除が行き届いた綺麗なお店とホコリまみれの汚いお店なら、どっちで買い物をしたい?」


 そんなこと、考えたこともなかったせいで返す言葉が見つからなかった。


 私はボロをまとった王族を想像して、難しい顔になる。


 確かにユベロの言うとおりかもしれない。威厳っていうのかな? ボロボロの服じゃ、そういうのが全然感じられないもん。


 お兄ちゃんがいつも言ってた。リーダーはナメられちゃいけないんだって。


 お兄ちゃんはまだ若いから、解放軍のトップにふさわしくないって言う人もたまにいるんだ。そういう人は放っておいたら、段々こっちの言うことを聞かなくなる。


 それじゃあ軍の規律が乱れちゃうから、お兄ちゃんはそんな人たちにはなるべく隙を見せないように苦労してた。


 王侯貴族もそれと同じってことなの……かな?


「それにね、ナディアさん。税金だって、全部貴族の楽しみのために使ってるわけじゃないんだよ」


 ユベロがさらに続けた。


「お金がないと国を守れないからね。壊れた道を直したりとか、王立の病院を建てたりとか……。そういうふうにも使ってるんだよ」


「ふーん……」


 今までお兄ちゃんは『貴族は平民から搾取して私服を肥やしている!』って言ってた。でも、それってもしかして、全部本当のことってわけじゃない……?


 何だか頭の奥がジンジンしてくる。チカチカと眩しい……新しい世界に足を踏み入れてしまったみたいな感覚だ。

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元になった作品です。(ネタバレ注意)
神は青で平和を望む少女を祝う(短編版)
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