仮面の下に隠されていたもの(2/2)
「兄上がそう説明してるっていうだけで、詳しいことは僕も知らないからね。でも、確かに変な話かも……。兄上がリリーさんを見つけたのはチャニング家の領内の村なんだけど、そこって貴族が立ち寄るような場所じゃないし……」
「ちょっと待って」
私はユベロの話を遮った。突然息ができなくなってしまったみたいに、頭がクラクラする。
「チャニング家って……チャニング財務大臣のこと? それで、『平民とのいざこざ』っていうのは、チャニング領で起きた解放軍と大臣が雇った傭兵の小競り合い……?」
「うん、そうだよ」
頷きながら、ユベロはハッとしたように私の方を見た。
「もしかして、ナディアさんもその場にいたの?」
私は額に手を当てながら、小さく首を縦に振った。
「あそこで起きた戦い、本当に激しかった。解放軍は隊を二つに分けてたの。実際に敵を倒す人たちと、後方支援の部隊に。でも、傭兵団は私たちの背後にこっそり回っていた。それで、後方支援の部隊はひどい被害を受けた……」
私は当時を思い出しながら唇を震わせた。
「その中に私のお姉ちゃんもいたの。イスメラルダお姉ちゃん……。私と血は繋がってないんだけど、とっても良い人だった。両親を亡くした私とお兄ちゃんに、『わたしのこと、お姉ちゃんだと思ってね』って言ってくれて……」
私は胸元を押さえた。
「お姉ちゃんは魔法も使えないし、戦う力もなかったけど、私やお兄ちゃんを心配して解放軍に参加してくれてたんだ。でも、その戦いで死んじゃった。少なくとも私たちはそう思ってた」
あれは激しい戦闘だったから、身元が分からないくらい損壊していた遺体もたくさんあって、お姉ちゃんの死体もきっとそのうちの一つなんだろうって思ってた。
「でも……お姉ちゃん、本当は……」
瞳から涙が溢れてくる。私は葉っぱの隙間から『リリー』を見つめた。
どうしてすぐに気が付かなかったんだろう。あの真っ黒な髪も優しい声も、全部お姉ちゃんのものだっていうことに。
間違いない。あの人は『白百合姫のリリー』なんかじゃない。イスメラルダお姉ちゃんだ。私の大切な家族の一人だ。
そう思ったらじっとしていられなくなって、私は茂みから飛び出そうとした。でも、それをユベロに止められる。
「離して!」
私は声を抑えつつも全力で抵抗した。
「私はお姉ちゃんに会わないといけないのっ! ずっと死んだって思ってた! なのに、なのに……!」
「気持ちは分かるけど落ち着いて」
興奮状態の私をユベロは必死でなだめすかす。
「今は兄上も一緒だ。君が飛び出していったって、リリーさんに話しかける前に兄上に邪魔されちゃうよ」
「リリーなんて呼ばないで! あの人はイスメラルダお姉ちゃんだよ!」
私は首を振って抗議したけど、ユベロの意見ももっともかもしれないと思い、辛うじてその場に踏みとどまる。
でも、諦めきれなくてこっそりとお姉ちゃんの様子を観察し続けた。お姉ちゃんは相変わらずルシウス王子と和やかに談笑している。
だけど、私は眉をひそめずにはいられない。
「ああ……どうしよう。お姉ちゃんがルシウス王子のお世話係なんて! 絶対に影でひどい目に遭わされてるよ!」
「兄上はそんなことしないと思うけど……」
「そんなわけないじゃん! 男は狼だってお兄ちゃんが言ってたよ! お姉ちゃん、すごい美人なんだもん! きっとルシウス王子から無茶苦茶な命令とかされてるはずだよ! たとえば、『さあ、リリー。私を縛り上げて「この汚らわしい豚め!」と罵りながらむち打つんだ!』とか……」
「……兄上がむち打ちされる側なんだね」
ユベロは神妙な顔で腕組みした。
「じゃあ、ちょっとだけあの人に会う時間、作ってみようか?」
ユベロが王宮の時計塔を見つめる。
「僕たちの父上が病気で伏せってるって、君は知ってる? 僕と兄上は、毎日正午前にお見舞いに行くんだ。リリーさん……じゃなくてイスメラルダさんだっけ? とにかくその間は兄上があの人の傍から離れる。その隙に会いに行けばいいんだよ、兄上の離宮に」
思ってもみなかったことを言われ、私は目を丸くした。
「協力してくれるの……?」
「するよ。だって君は僕のお客さんなんだから」
私と敵対したくないって言ったユベロの言葉を思い出す。
……なんだろう。またドキドキしてきた。私、やっぱり色々おかしいかも。
「……時間になったら教えて」
この変な気分を振り払いたくて、今は別のことだけ考えようと私は必死になった。
私の大切なイスメラルダお姉ちゃんを絶対に取り戻す。そのためなら、どんなことでもしてみせよう。