仮面の下に隠されていたもの(1/2)
私とユベロはしばらく見つめ合った。どちらからともなく口を開きかける。
そのときだ。庭の向こうから声がしたのは。
「リリー、こっちだ。今日はペガサスが来ていると庭師が教えてくれた」
これって……ルシウス第一王子の声!?
私もユベロも険しい表情になる。そして、ほとんど同時に近くの植え込みの影に隠れた。
私は今仮面で顔を隠している。でも、ルシウス王子は私の処刑を考えているような人なんだ。
そんな人の前に堂々と出ていく勇気があるかって言われれば、首を横に振らざるを得ない。
「お待ちください、ルシウス様」
ルシウス王子は誰かと一緒みたいだった。声からして女の人かな? 私は葉っぱの隙間からこっそりと様子をうかがう。
「リリーはそんなに早くは走れません。もう少しゆっくり……」
私の推測通り女性だ。白いドレスを着て、黒い髪にユリの花を飾っている。その目元は仮面で覆われていた。……もしかして、この人がユベロの言っていた『先例』ってやつ?
でも、そんなことより私は奇妙な感覚を味わっていた。
だってこの女の人、初めて見た気がしないから。それに、声だってどこかで聞いたことがあるような……。気のせいかな?
「何を言ってるんだ。ペガサスは待ってくれな……」
池まで来たルシウス王子は残念そうな声を上げた。
「リリー……遅かったようだな。もう飛んでいってしまった後みたいだ」
ルシウス王子は黄金の髪を揺らしながら気の毒そうに辺りを見回した。女の人は「もう」と不満げな声を出す。
「ルシウス様がわたしの手を引いて駆けてくださればよかったのです。そうすれば間に合ったかもしれないのに……」
私は腰に手を当てる女の人を見ながら、「誰?」とユベロに小さな声で尋ねた。
「リリーさん。兄上の侍女だよ」
「じじょ?」
「えっと……お世話係かな」
お世話係……ねえ。私は二人のやり取りに耳を澄ます。
「大体ルシウス様は歩くのも走るのも速すぎます。そんな速度でわたしが移動できるわけないでしょう」
「これでも鍛えてるからな。こんなときのために」
「こんなときって……ペガサスの元にいち早く駆けつけるためですか?」
「惜しいな。あなたとペガサスを見るためだ」
「あら、嬉しい」
そう言って二人は笑い合っている。私は小首を傾げた。
「お世話係ってあんな感じなの? 何か、友だちみたいだよ」
「うーん……そうだね」
ユベロも難しい顔だ。
「本当は兄上の恋人だって言う人もいるよ。彼女、ミステリアスだし色んな噂があるんだ。頭にいつもユリの花を飾ってるから『白百合姫』って呼ぶ人もいるね」
「へえ、白百合姫……」
そんな高貴そうなあだ名がついてるってことは、きっと彼女は身分が高い人なんだろう。私は貴族とかに知り合いはいないし、あの人を見たことがあるって思ったのは勘違いだったのかもしれない。
それでもまだ頭の片隅にモヤモヤが残ってる気がしていた私は、池の側でルシウス王子と談笑する白百合姫をじっと観察する。
「あの人、何で仮面なんかつけてるの?」
「さあ……?」
ユベロは肩を竦めた。
「兄上の趣味じゃないの? さすがに二人だけのときは外してるんだろうけど、それ以外はどこへ行くにもあんな感じだよ。僕も素顔は見たことがないんだ」
変だよね、とユベロは続ける。
「顔を出した方が彼女を知ってる人も見つけやすくなるはずなのに、兄上は何を考えてるんだろう?」
「えっ、どういうこと?」
ユベロの言葉の意味がいまいち分からなくて、私は目を瞬かせる。ユベロは「ああ、そうか……」と頭を掻いた。
「王宮じゃ知らない人はいない話だから、説明するのすっかり忘れてたよ。リリーさんってね、昔の記憶がないんだって」
「記憶が……?」
思ってもみなかった発言に、私はまたしても葉っぱの隙間から謎の白百合姫の姿を盗み見る。今、彼女は池に指を浸しているところだった。
「何でも平民とのいざこざに巻き込まれた貴族の令嬢で、そのときのショックで記憶喪失になったんだとか。そのせいで、行く当てもなくて困ってたみたいだよ。そんな彼女に同情した兄上がリリーって名前をつけて、自分の侍女にしたんだ」
「……それ、おかしくない?」
私は眉根を寄せた。
「あの人は何にも覚えてないはずなのに、どうして貴族の令嬢だって分かるの?」
「うーん……何でだろうね?」
ユベロも不可解そうな顔をしている。