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お手をどうぞ、お嬢様(1/3)

「もう行こう?」


 ユベロが促してくる。私は彼の後に続いてホールを出た。


「……君、いつもあんな感じなの?」


 私はざわざわする胸の内を持て余しながら尋ねた。


「いつもルシウス王子の言うことに逆らってるの?」

「いつもっていうわけじゃないけど……」


 ユベロは困ったような声を出している。


「でも、間違ったことは間違ってるって言わないと。少なくとも、僕は兄上のやり方が全部正しいとは思ってないから……」


「……そう」


 じゃあ、彼にとっての正しいことって何なんだろう。私は自分でも気が付かないうちに、ユベロに興味を引かれていた。


 そして、ユベロとルシウス王子のやり取りを思い出してみる。


「……解放軍では、君たち兄弟は仲が悪いって言われてたよ。でも、そんなこともないんだね。何て言うか、君のお兄ちゃんって過保護な感じだし」


「うん、確かに……。仲が悪いなんて言ったら、兄上、泣いちゃうかもね」


「私のお兄ちゃんも、ちょっと心配性なんだ。もう少し色々と任せてくれてもいいのにね」


「お互い苦労するね」


 私たちは顔を見合わせて笑い声を漏らした。


 何だか変な気持ちだ。


 さっきまで私にとってユベロは憎い敵でしかなかった。それなのに今は解放軍のメンバーと話しているときみたいな気安い雰囲気になっている。


 こんなのっておかしいかな?


 でも、この変化を心地よく感じてしまっている自分が確かにいた。


 ああ、困っちゃうな。


 これじゃあこの人の首、取るのが難しくなってしまうかもしれない。


 不意に湧き出てきたそんな不思議な感情は、ある出来事によってますます強まっていくことになった。


「ねえ、ナディアさん。君のこと、これからは捕虜じゃなくて客人としてもてなしてもいい?」


 捕虜たちとの面会から数日後、部屋を訪ねてきたユベロの言葉に私は呆けてしまった。


「お客さん? どうして?」


 私は窓の外の景色から目を外し、ユベロを見つめた。ユベロは「だって『捕虜』だなんて、いかにも敵同士って感じでしょう?」と返す。


「ここ最近の君は大人しくしてるからさ。だから……扱い方も変えた方がいいかな、って」


 確かに彼の言うとおり、あの面会以来、私はユベロを執拗に攻撃しなくなっていた。なんて言うか……そういうこと、しちゃいけないんじゃないかなって思い始めていたから。


 そのせいかもしれないけど、私たちの間に流れる空気が微妙に変わった気がする。もしかして、ユベロもそのことに気が付いたのかな? だからこんなことを言い出した?


「はい、これ」


 ユベロがそう言って渡してきたのは、小さなカギだった。


「それでチョーカーを外せるよ。お客さんがそんなものをつけてるのは変だからね」


 意外な言葉に口を開けてしまう。ユベロは私を危険人物と見なしていた。だから聖別されたチョーカーを使うことで、私の魔法を封じていたんだ。


 それなのにこんなにあっさりとチョーカーを外すカギをくれるなんて……。どうやら彼はかなり本気で私を『お客さん』にしたいみたいだった。


「本当にいいの?」


 ユベロの迷いのない行動とは裏腹に、私はカギを片手に固まってしまう。


「このチョーカーを外しちゃったら私……」

「……信用してるよ」


 ユベロは私に皆まで言わせなかった。何だか自分自身に言い聞かせているみたいにも聞こえる声だ。


「さあ、外して」


 ユベロに促され、しばらく迷った末、私は彼の言うとおりにした。


 首の後ろでカチリと音がする。意識が戻った初日にあんなに必死に取ろうとしても取れなかったチョーカーは、あっさりと私の首元から離れていった。


 私はチョーカーとカギをユベロに返す。そうしてみたところで別に殺害衝動が湧いてくるわけでもなかったので、何故だかほっとしてしまった。


 それはユベロも同じだったらしく、表情が緩む。


「これで立派なお客さんだね」

「お客さん……ね。それって、そんなにこだわらないといけないところなの?」


 私の素朴な疑問に、ユベロは「もちろんだよ」と答えた。


「僕は……もう平民と争いたくないからね。確かに今は平民と王侯貴族は反目し合っているけど、その争いについて、僕は平和的解決を図りたいって考えてるんだ。そのためにも、ナディアさんには捕虜以外の肩書きを与えるのが重要かな、って」


「捕虜じゃない肩書き? それが『お客さん』ってこと? ……ところで、『平和的解決』って何?」


「和平ってことかな」


 ユベロが少しだけ重々しく口にした言葉に、私は息が止まりそうになるくらい驚いた。


 和平って……戦うのをやめて仲良くしようってことだよね?


 そんな可能性を私は今まで考えてみたこともなかった。


 だって、私の中では貴族は潰すものだったから。私の選択肢は二つだけ。貴族を滅ぼして自分が生き残るか、私が貴族に滅ぼされるか。


 きっと、解放軍の人たちも皆そう思ってた。それ以外の未来について考えていた人なんて、誰もいなかったと思う。


 ……何でだろう?


「和平ってできるの?」


 しばらく頭を悩ませた私はポツリと呟く。


「解放軍の人たちは貴族が大嫌いだよ。仲良くなんてなれないんじゃないかな? それに貴族だって、別に平民のことが好きじゃないでしょ?」


「それはお互いがお互いをよく知らないからだよ」


 ユベロは真剣な目で言った。たった今思い付いたことを口にしたようには見えない顔だ。もしかしてこの人、普段からこんなことを考えてるのかな?


 不意に私は気が付いた。ユベロが私にチョーカーを外す許可を与えたのは、このためだったのかもしれない。彼は私の本質を見極めようとしたんだ。和平について話しても大丈夫な相手なのか、って。


 それだけじゃなくて、自分の考えが正しいのか試す目的もあったんだろう。もしチョーカーを外した私がユベロを攻撃したら、彼は『平民との和解なんてやっぱり無理だ』と思っていたに違いない。


「ナディアさん、平民にとって貴族は未知の相手だよね? でも、それって逆も同じなんだよ。王侯貴族は平民のことを完璧に理解しているわけじゃないんだ。それが悪い方向に作用している。つまり、未知の相手だから勝手な想像をした挙げ句、相手を嫌な奴だと思い込んでるってことだよ。だけどお互いをもっとよく知ることができたら、自分たちは分かり合える存在だって気が付けるんじゃないかな?」


「相手をよく知る……」


「うん。……ちょっと待ってて」


 ユベロはそう言って、部屋の隅に控えていた使用人に何やら耳打ちした。


「どうしたの?」


 部屋から出て行く使用人を見ながら尋ねたけど、ユベロは「すぐ分かるから」としか言ってくれなかった。


 本当に何なんだろう?


 でもその疑問は、彼の言ったとおり『すぐ』解消されることになった。

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元になった作品です。(ネタバレ注意)
神は青で平和を望む少女を祝う(短編版)
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