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何でこんなに丁重に扱ってくれるの?(2/2)

 そのとき、どこからともなく大きな鐘の音が聞こえてきて、私は現実に引き戻された。ユベロが「マズイ!」と青くなる。


「ナディアさん、ここに隠れて! 早く!」


 そう言って、ユベロは近くにあった患者たちの替えの服がかけられている衣裳棚の中に私を押し込んだ。


 不覚にもユベロへの敵愾心てきがいしんが薄まってしまっていた私は、訳を聞く暇もなく、うっかりと彼に従ってしまう。


 直後、廊下から足音がした。


 吊されている服の隙間から私は外の様子を伺う。お医者さんたちがお辞儀をしているのが見えた。


「捕らえた獣はこれで全てか?」


 軽蔑しているとしか思えない言葉選びに、私は緊張感と嫌悪感を覚える。やって来たのは、ユベロの兄のルシウス王子だったんだ。


 紫のマントの上に波打つ黄金の髪をなびかせながら、ルシウス王子は室内の様子を睥睨へいげいしていた。傲慢な奴、と私は彼の傷だらけの横顔にこっそりとあっかんべえをしてやる。


「怪我人はこちらへ収容しています。軽傷の者や無傷の者は別室に」


 どうやらルシウス王子は捕虜の様子を見に来たらしい。淡々と説明する弟の言葉を表情の読めない顔で聞いている。


 突然の第一王子の登場に、解放軍のメンバーは怯えていた。当然だ。ルシウス王子が悪い人だっていうことは、皆が知っていたから。何をされるんだろうって怖くなってしまっても仕方がなかった。


 ルシウス王子はそんなことに気が付いていないのか、一番近いベッドに歩み寄る。


 そこにいたのは食事中の男性だったんだけど、彼はルシウス王子がやって来るなり震えだし、手から皿を滑らせてしまった。


 床に落ちた皿から中身がこぼれる。それがルシウス王子の白いブーツを汚した。


 声を出しそうになった私は急いで両手で口を覆う。室内の空気が一気に張り詰めるのを肌で感じた気がした。


「……ほう? 畜生ごときに随分と高価な食べ物を与えているんだな」


 ルシウス王子の声は静かだった。それがかえって恐怖を煽る。皿を落とした男性は、この世の終わりのような顔になっていた。


 けれどそのピリピリした緊迫感は、ある澄み切った声色でなぎ払われる。


「兄上、彼らを獣扱いするのはやめてください」


 ユベロだった。そのきっぱりとした口調に、私は瞠目せずにはいられない。


「彼らは僕の捕虜です。僕の意思でここに置いているんです。そんな人たちを侮辱するのは僕を侮辱すること。そうではありませんか?」


 ユベロの態度は毅然としていた。たとえ実の兄であっても譲る気のない強い想いがそこから垣間見えて、私はその凜々しい姿を眩しく思わずにはいられない。


「ユベロ……私はそんなつもりで言ったわけでは……」


 弟の頑なな様子に、さしものルシウス王子も困ってしまったようだ。話題を変えるように「魔女はどこだ?」と尋ねる。


 自分のことに話が及んで、私はドキリとした。


「彼女は特にひどい怪我を負ってしまったので、別室で寝かせてあります」


 ユベロは平気な顔で兄に嘘を吐いた。


「まだ意識も戻りませんし、会っても無駄ですよ。ねえ、先生?」


 ユベロは私を診察したお医者さんたちに話しかける。先生はかしこまったような口調で、「そうだったかもしれませんね」と、ルシウス王子の顔色をうかがいながら曖昧な返事をした。


「ユベロ……あなたはあの娘まで治療したのか」


 ルシウス王子は弟を非難するような口調になっていた。どうやら彼は、ユベロの嘘を信じたらしい。


「あれは処刑するべきだ。反逆者どもの勢いを削ぐために。弱っているのならちょうど良いだろうに……」


「僕はそんなことをするつもりはありません」


 断固とした声でユベロは反発した。ルシウス王子は頬を歪める。


「ユベロ、あまりお兄様を困らせないでくれ。橋での戦いをあなただって見ていただろう。あそこまで私を追い込んだような少女だ。もう一度暴れられたら、今度はどうなることやら……。私が彼女に討たれてしまってもいいのか?」


「……」


「え……、い、いいのか?」


「いえ、よくはないですけど……」


 ユベロは慌てて首を横に振った。弟の沈黙にショックを受けていたらしいルシウス王子は、「そうだよな」とほっとしたような表情になる。


「いいか、ユベロ。魔女に危害を加えられそうになったら真っ先に私に言うんだぞ。大臣たちに掛け合って、王城前広場に断頭台を用意させるからな」


 弟の身を案じる言葉を残して、ルシウス王子は去っていった。その足音が聞こえなくなってから、私は衣裳棚の外に出る。


「……何で嘘吐いたの?」


 私は困惑していた。


「私、もう怪我なんか治ってるのに……どうしてルシウス王子に会わせなかったの?」


「……さっきの話、聞いてたでしょう? 兄上は君を処刑しようとしてるんだよ。兄上は良識のある人だから他人の捕虜を勝手に殺したりはしないだろうけど、それでも万が一ってこともあるし……」


 私、もしかしてユベロに守られたの?


 そうと気が付いて複雑な気分になった。多分、ちょっと前なら敵に助けられるなんて余計なお世話って思ったかもしれない。でも、今はそんな嫌悪はあんまり感じなかった。


 きっと、ユベロが平民を見下すルシウス王子に真っ向から反発しているところを見たからだろう。てっきり、彼も兄王子と同意見だと思ってたのに……。

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元になった作品です。(ネタバレ注意)
神は青で平和を望む少女を祝う(短編版)
― 新着の感想 ―
[一言] 「(前略)私が彼女に討たれてしまってもいいのか?」 「……」 「え……、い、いいのか?」 即座に否定してもらえなかった兄王子カワイソス(古い) ……もしや弟よ、まさかアリだなとか思ってない…
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