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解放軍の魔女(1/2)

「ナディアさん、僕と結婚してくれない?」

「……はい?」


 私は目を瞬かせた。


 け、けっこん……?


 ……聞き間違い、だよね?


 私は耳の後ろに手を当てながら「今、何て言ったの?」と目の前の少年――この国の第二王子に問いかけた。


「ナディアさん、僕と結婚してくれない?」


 第二王子は律儀にもう一度同じ台詞を繰り返した。


 彼のその言葉で、私は自分の耳がおかしくなったんじゃないと知る。呆けながら尋ねた。


「結婚って、どういうこと?」

「もちろん、君が僕の妻になるっていう意味だよ」


 第二王子は困惑したような目を向けてくる。


「君たちには、そういう風習はないの?」

「いや、あるけど……」


 私は動揺を隠せなかった。「どうしたの?」と第二王子は聞いてくる。


 いや、『どうしたの?』じゃないでしょ。


 この人、自分が頭のおかしい発言をしてるって気が付いてないの?


 だって、王子サマと私が結婚? ちょっと前に会ったばっかりなのに? 私は平民なのに?


 いや、それ以前に、私、この人に言ったはずだよね? 『君の首をもらう』って。自分を殺そうとしている相手に求婚するなんて、狂気としか思えない。


 ……うん、間違いない。この人、変になっちゃったんだ。きっと外したと思ってたさっきの私の攻撃が頭に当たったんだ。


 どうしよう。強力な魔法をぶつけて正気に戻した方がいいのかな? いや、今の私は魔法、使えないんだった。


 そんなことを考えながら、私は彼と出会うまでの日々を呆然と回想していた。



 ****



「皆! 作戦会議の時間だよ! 大広間に集まって!」


 その日の私は、ある屋敷の中庭を駆け回っていた。


 そこにいた何人かの男女が、私に視線を向ける。私は彼らを「早く!」と急かした。


「お兄ちゃんが待ってるんだよ! 早く早く!」

「おいおいナディア、勘弁してくれよ」


 近くの芝生に座っていた男性が肩を竦める。


「この間出撃したばっかりじゃねえか。作戦会議ってことは、もう次の戦場へ行かないといけねえんだろ?」


「そうだぞ。ちょっとは休ませてくれよ!」


「ダメ!」


 不満の声が次々挙がったけど、私は腰に手を当ててその訴えを一蹴した。


「悪い人たちは待ってくれないんだよ! お兄ちゃん、いつも言ってるでしょ? 『こうしている間にも、悪徳貴族たちが可愛そうな平民を搾取してる』って。お兄ちゃんの言うとおりだよ。つまり、大変な状況ってこと! だから……」


「あぁ、まったく、お前は本当に『お兄ちゃんが! お兄ちゃんが!』ばっかりだな」


 嫌味っぽく言いつつも皆は私の小言をこれ以上聞きたくなかったのか、重い腰を上げ始めた。


「まるで親の後にくっついて歩くカルガモのヒナみたいだな」


「はは、本当だ。ナディアは髪も目もカモの羽みたいな色だし、見た目もすげぇガキっぽ……」


 すさまじい音がして、軽口を叩いていた人は口を閉ざした。庭の片隅に置いてあった石像が粉々になっている。


「……ほら、早く作戦会議に行こう?」


 私はニッコリと尋ねる。皆はガクガクと震えながら「はいぃ!」と頷いた。


「お兄ちゃん! お待たせ!」


 皆を引き連れて大広間の扉を開いた私は、長机の上で地図を広げていたお兄ちゃんに開口一番に報告する。


「ご苦労様」


 地図から視線を外したお兄ちゃんが私にお礼を言った。でも、その顔はちょっと険しい。


「ナディア、窓から見てたぞ。味方に向けて魔法を放つな。お前は解放軍一の魔法の使い手だけど、その力を振るっていいのは貴族相手だけだ」


「でも、怪我した人はいなかったよ!」


 私はお兄ちゃんの隣の席に座りながら言い訳した。


「それに石像くらい良いでしょ。どうせあれも、平民の税金で作られたものなんだし。だってここは貴族の館なんだから」


「元は、だ」


 お兄ちゃんは片眉を上げる。そして集まった人たちに、「よし、作戦会議を始めるぞ」と言った。


 その一言で、談笑を始めていた皆がシンと静まり返る。


 室内にいるのは私たちよりも年上の人ばっかりだったけど、お兄ちゃんの言うことなら全員がちゃんと聞くんだ。そんな光景を目にする度、私はちょっと誇らしい気持ちになる。


「まず、この間の戦いでは皆本当によくやってくれた」


 椅子から立ち上がって、お兄ちゃんは部屋にいた一人一人を見つめる。


 その視線が、最後に私のところで止まった。


「特にナディアは大活躍だったな。敵に我先に切り込んでいって、ほとんど壊滅させてしまった。さすがはボクの妹だ」


「ありがと」


 私は笑顔で応えた。お兄ちゃんも微笑む。


 だけど、すぐに堅苦しい表情になった。


「だが、さすがのバカな貴族どもも先日の大敗で学んだだろう。そろそろ本格的にボクたちを何とかしないとマズイ、と」


「いよいよ王国の正規軍と衝突か……。これまでは貴族たちが雇った傭兵との戦闘ばっかりだったが……」


「か、勝てるかな、デゼル……?」


「勝てるかな、じゃない! 勝つんだ!」


 お兄ちゃんは机に拳を打ち付けた。


「忘れるな! この国がどんなことになってるのかを! 腐敗した王侯貴族が威張り散らし、平民がその割を食ってるんだ! だからボクたちは立ち上がった! この国を救うんだ! 貴族どもを潰すことによって! これは聖戦だ! 革命だ!」


 お兄ちゃんの言葉に、私は大きく頷いた。


 昔のこの国は、全ての人が平等に扱われる平和なところだったらしい。


 でも、いつからか貴族たちが横暴な振る舞いをするようになってしまった。税金を引き上げたり、気に入らない相手がいればすぐに殺してしまったり……。


 お兄ちゃんも言ったように、その被害を受けるのはいつも平民だ。丸一日働いたって、パン一切れ買うのがやっと。冬なのに薪を買うお金もなくて、凍え死ぬしかない。


 そんな状況、間違ってるでしょ? だからお兄ちゃんは『解放軍』を立ち上げた。貴族の支配から平民を解き放つための組織だ。それで、そのリーダーになったんだ。


「でもデゼル、王国軍には魔法の使い手がたくさんいるんだろ? 俺たちのほとんどは魔法が使えないんだぜ。……大丈夫か?」


「もちろんだ。こっちにはナディアがいるしな。それにボクも」


 お兄ちゃんに目配せされ、私は立ち上がってガッツポーズをしてみせた。


「任せて! 敵なんて、私が皆蹴散らしてあげる!」


 王侯貴族が自分たちの行いを正当化する理由が『魔法』だった。


 この国では、魔法は神様から与えられた祝福だって考えられている。つまり、魔法を使える人は神様に認められた人と同じだってことだ。


 でも、何故か魔法が顕現するのはほとんど王侯貴族だけって言っても過言じゃなかった。多分そのせいだろう。貴族が自分たちは神様に愛されてるんだから何をしても良いって思ってるのは。


 って言っても、たまにだけど平民でも魔法が使える人はいる。そういう人は貴族曰く、『自分たちから魔法を盗んだ悪人』らしい。


 私やお兄ちゃんも彼らにとっては悪党だ。特に解放軍一の魔法の使い手って皆が褒めてくれる私なんて、『魔女』って言われているらしい。何だか怖そうなあだ名だよね?

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元になった作品です。(ネタバレ注意)
神は青で平和を望む少女を祝う(短編版)
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