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Pアド シリーズ

7月32日――終わらない冒険の始まり

つい先日、通勤中に見かけた部活帰りの中学生を見て、「あ、今夏休みか!」と思った途端に降ってきたネタです。






「よぉし、これからてめぇらに、終わらない夏休みをくれてやる」


そう宣言したのは、育休中の担任代理である、不良教師だった。



地元の夏休みは、都会に比べて短い。

開始は最終週の半ばころ。終わりはお盆。

両親が幼い頃には【農家では収穫の手伝いが必要なため】の秋休みがあったためらしいけど、今はそんな休みもないのに、とにかく短い。

両親が幼い頃の最高気温は、今の時代では【ギリ、クーラーなくても過ごせる】という気温だったらしい。

都会からは【避暑地扱い】されていながら、来たら来たで【クソ暑い】と批判される。

各地の最高気温なんて、今の情報社会、TVのニュースでもスマホで瞬時に調べられるだろうに。


地元の夏休みはとにかく短い。

それなのに、県外の従妹弟達より宿題が多い。ナンテコッタ。


だからこそ、その不良教師の言葉に惹かれた面々も多いだろう。


「読書感想文なんて、適当に今まで読んだことのある本の感想書いとけばいいんだよ。昔っから時代劇でもドラマでもマンガでも、大抵は小説が原作が多い。好きな番組(モン)で書いとけばいい。

それでも無理なら、てめぇの好きなマンガやタレントでもサブカルチャー題材にして、好きに物語でも書いとけばいい」


作文の宿題がそれなら、他の宿題に関してもいい加減な点が多かった。

反発する級友も多かったが、ある一定数には慕われていた。



そして、一学期終業式のHRの時間。

担任は切り出した。


「月末31日、希望者限定の特別旅行に連れて行ってやる。楽しい楽しい7月32日(・・・・・)をプレゼントしてやるぜ!」


行先はまだ秘密。

動きやすく汚れてもいい恰好。

持ち物は非常食及び飲料、サバイバルできそうな道具。

クラス外の同行者一名までなら可。


「宿題はある程度終わらせておけよ」


それが条件だった。

喜び半面、わずか数日で宿題を終わらせてこいという暴言に、クラス中が騒然とする。


幼馴染みも同様に賑わしく浮かれている。

こうなると自分は行きたくなくても、道連れにされるのが目に見えている。


観念して、翌日から三人で手分けして宿題を片付けていく。

奴は双子の兄を連れて行くらしい。どちらもワンパク小僧なので世話が焼けて仕方ない。

奴の両親は、宿題に取り掛かる珍しい光景が見れたと、学校の方向に向かって拝んでいたのが可笑しかった。


ウチの両親は、双子のお目付けという点で即OKが出してくれた。

本当は行きたくないので、ダメ出しをしてほしかった。南無。




そして迎えた当日。指定時刻の午前八時半。

来ているクラスメイトは半数以上。

同行者と思しき保護者兄弟やら、別のクラスやら教室内は騒がしい。


大半は登山やキャンプでも出来そうな格好をしてきているのに、何人かの女子(ハデな子)達はキャミにホットパンツ、キャリーバッグといった、何処か観光でも行く装いだった。



「結構来てるんだな、こんな怪しげな企画だっていうのに」


十五分ほど過ぎてからようやく、不良教師がやってくる。

みんなの注目を集める中、


「人様にゃ言ったことなかったが…… 俺は悪い魔法使いでねー。

思いつきであんたらを生贄(おもちゃ)にして、ちょいと実験してみたかったんだよ」


そう言うと、何処からか、ボタンを一つ、取り出して教卓に置いた。

正直、何を言っているのかさっぱりだった。けど、クーラーの効いていない真夏の教室なのに、背筋に何か寒いものが走る。


「よぉし、これからてめぇらに、終わらない夏休みをくれてやる。題して【7月32日計画】」


イヤだ、逃げ出したい。


「今日という日が終わっても、永遠に8月1日もこないって寸法さ」


逃げ出したいのに、足が動かない。


「全員、バラバラの地に飛ばしてやるが、運良けりゃぁ誰かと遭遇できるから安心しろや」


僅かに動いた手で、誰かの手を握った。その手は確実に、自分の手を握り返してくれた。


「んじゃ、グットラック! 生きていたらまた会おうな」


拳を振り上げて、教卓に置いた例のボタンに叩きつける。


「はい、ドーン!! ポチっとな」



拳がボタンと教卓を叩き壊すのを見届けて、世界は暗転した。



 ◇ ◇◇◇◇ ◇  



気が付いたら、森の入り口に立っていた。

目の前に広がるのは何処までも広がる砂漠。


今まで教室にいたのに、熱すぎる日差しが屋外に立っているのを物語っている。


「……、……」


ここは何処なんだろうか。

さっきまで隣にいた、幼馴染みがいない。


今日はいつなんだろうか、自分はいつからここに立っていたんだろうか?



―――今日という日が終わっても、永遠に8月1日もこないって寸法さ



あの不穏な言動がよぎる。



―――全員、バラバラの地に飛ばしてやるが、運良けりゃぁ誰かと遭遇できる



「……、……」



叫びたいのに、幼馴染みを呼びたいのに、声が出ない。



怖い怖い怖い怖い。



よく三人で、アニメや漫画を笑いながら見ていた。

主人公が魔法陣で異世界に喚ばれて、冒険するものが大好きだった。

双子はワンパクだったから直ぐに真似て、台所の鍋を兜に、拾った枝を剣替りにして、近所のよく吠える犬を魔物に見立てて遊んでいた。


でもこれは違う。そういうものじゃない。


こんなところに放り出されて、これからずっと生きていかなきゃいけないのか。

普段から鬱陶しい双子を、これほど求めたことがない。


誰でもいいから、逢いたい。

でも、何処へ行けばいいのかわからない。



怖い怖い怖い怖い。



「…凛空(リク)、…海維(カイ)



呼んだ声は、誰も拾ってくれなかった。



 ◇ ◇◇◇◇ ◇  



何日経ったか、分からない。




あの不良教師の言われたとおりに、非常食と飲料を持ってきていてよかったと思う。

目の前に砂漠が広がっていながら、森の入り口に居たために、木陰で暑さを凌ぐことはできた。

ここがどこだかわからない以上、無闇に動き回らず、ひたすらじっとしていた。

食料もひと口だけ、水も口内を濡らすだけ。

熱中症で死ぬか、飢えて死ぬか、もうどうでもよくなってきていた。


ただ死ぬなら、せめて二人に会いたかった。



 ◇ ◇◇◇◇ ◇  



何日経ったか、分からない。

たった一日だけかもしれないし、一週間経っているかもしれない。

誰も通らなかった。

アニメや漫画の世界なら、冒険者みたいな人が採取や狩猟に来てもいいのに、誰も来ない。

ゲームに出てくるような魔物にも出くわさないから、襲われるとか、そういった危険性はなかった。


けれどいっそこのまま砂漠に飛び出して、野垂れ死んだ方がマシなのかと何千回目かに思った時だった。


目の前に人がいた。


「あなた、こんな所で何をしているの?」


分かる言葉がで訊かれた。

でも、言葉が思うように紡げないから、視線だけ上げる。


魔術師みたいなローブを着て杖を持っている、綺麗な女の人だった。

胸元のバッチみたいのが、キラキラ輝いていた。


「あなた、こんな所で何をしているの?」


再度繰り返し、訊かれる。でも言葉が出ない。

答えたいのに、人に逢えた安心感からか、意識を手放した。



 ◇ ◇◇◇◇ ◇



「はい、どうぞ」


意識を戻した自分に、その人は温かいスープをくれた。

飲んでは噎せて吐いて、それを繰り返す。

相当飢えていたのか、小さいけど鍋一つ分飲み干してしまった。


「それで、あなた、こんな所で何をしているの?」


精神的にも落ち着いてきたところで、何度目かの言葉がかけられる。


「……、……!」


やっぱり声は出なかった。


「なら訊き方を変えましょう? あなた、ここが何処だか分かってるの?」


言葉の代わりに、首を振った。


「そう。ここは盾の国の北方に(そび)えるアルト山脈への入り口。疲弊具合から相当長いこと此処に居たようだけど、運がよかったわね。リヒトとドゥンケルハイトのちょうど狭間の空白地帯。人も魔物も留まることのない中立地帯。ほんの少しでも森の奥に立ち入ったり、砂漠を越えようと思っていたら、一溜まりもなく死んでいたわよ」


――魔物。その単語だけで、ここが自分の知っている世界と違うことを思い知らされる。

じゃぁ、他のみんなは? 幼馴染みの双子は?

あの不良教師の訳の分からない行為で、みんな、こんな世界にバラバラに飛ばされてしまったのだろうか?


「反応を見ると、この程度のことも知らないのね。

―――じゃあこうしましょう? 私はね、これでも高名な魔術師なの。 あなたさえよければ、少し記憶を覗かせてくれないかしら? いつまでもここに居たいわけではないでしょう? あなたの置かれている状況を見て、今後の身の振り方を考えましょう」


確かにいつまでも、ここにいる訳にはいかないだろう。最低限、双子を探すにしても拠点が必要だし、何処か旅をするにもお金も必要になる。そのお金を稼ぐにも、何らかの仕事も見つけなければならない。

頭の中がグルグルして、めまいが起きる。

もし双子に会えなかったら、もう自分は、一人でここで生きていくしかない。

悲しくて悔しいのに、涙も出てこない。


「ともかく、今夜はゆっくり眠りなさい。そして、安心なさい。悪いようにはしないから」



 ◇ ◇◇◇◇ ◇



「でね、あなたにこの子の世話を頼みたいの」


数日旅をして訪れたのは、アルコイリスという街の古びた酒場だった。

声は相変わらず戻らず、「心的疲労」と判断された。

あの夜のうちに記憶を覗かれたらしく、自分が異世界にから来たことは誰にも話してはいけないと約束させられた。そして、それなりに落ちつけて信頼のできる者に預けるということで、ここまで来た。

あの森の入り口に、自分がアルコイリスに向かった旨の手紙を適当な枝に結び付けておいた。。いつか同じ世界の誰かがここに迷いこんで来たのなら会いに来てほしい。

そんな小さな願いを込めて―――




「おいおい、確かに今、カミさんが動けなくって人手が欲しいとこだがよ、何だってこんなガキ寄こすんだよ」

「この子ね、訳ありなの。だからあなたにこの子の世話を頼みたいの」

「おい、ウチの客は荒くれ者が多いんだぞ。こんな貧弱な小僧じゃもたねぇって、言いたいんだよ」


ルディと紹介されたおじさんは、邪魔そうに自分を見下ろしてきた。


「私はね、あなたに頼んでいるの。それともお願いされたい? 命令の方がいい?」


人の話を聴いてなさそうな、フワフワとした声だったのが、完全に脅しに入ってる。

おじさんも気圧されてるのか、明らかにたじろいでいた。


「……いつまでだ」

「取り敢えず、一年ね。その間に、この子の声が出るような特効薬を見つけてくるわ」

「養成所の薬じゃ無理なのか、あそこにはあやしいモンも含めて色々あるだろうに」

「そうね、もっと試してみたいものがあるの。ちょっと遠くまで行ってくるから、あとをよろしくね」


おじさんは頭を抱えてしゃがみ込み、深く深ーい溜息をついた。


「で、俺はこの小僧(ガキ)をどうすればいい?」

「うん。この子を下働きとして雇ってね、衣食住込みで。

一応、最低限の作業はできるはずだけど、お道具が変わればやり方だって変わるから一から教えてあげて。

それから、計算はできるけど、こっちの通貨には慣れてないからそこも教えてあげて。あと文字も。それから………」


自分のこととはいえ、赤の他人が赤の他人に、人の世話を頼んでいくことに大変申し訳ない気持ちになる。ここは悲壮感に暮れてないで、地道に働くしかない。お金を貯めればできることも増えるだろう。


「最後に言っておくけど、女の子だからね?」



うん、よく間違われるよ。



 ◇ ◇◇◇◇ ◇



それから日々は忙しかった。

おじさん(マスター)は、色々教えてくれた。最初こそ、掃除道具の扱いからだったけど、これといった差異はなく、酒場の掃除から厨房での手伝いも、そつなくこなせるようになった。計算や読み書きを習うために養成所(がっこう)にも行かせてもらえた。

ひとりぼっちという寂しさは消えないけど、おカミさんに赤ちゃんが産まれると、いっそう忙しくなった。娘ちゃんだから、真似して変な言葉使わないように、気を遣うようになった。

数ヶ月も経てば、元の世界のことも思い出す暇もないくらいだった。

その頃には声も出るようになった。



一年経っても、あの人は帰ってこなかった。よくあることだと、マスターは言った。



二年経った。

酒場にも拘らず、子供が出入りするようになった。大人を真似るように、ジュースやミルクをジョッキで飲んで帰っていく。子供の私が店番をしているのだから仕方ないねと、マスターに言ったけど、アレは結構腹を立てているようだ。



三年経った。

髪を伸ばして、見た目だけならそれなりにイイ感じのお嬢さんにみれるようになった。

残念なことに荒くれ集う酒場勤めの成果、中身は荒っぽい。うん、(おもて)で出さなければいい。

養成所でも履修科目をいくつか増やして、いつか街の外で冒険者として活動できるようになってきた。


未だに元の世界の人とは逢えていない。

時折、アルト山脈方面へ行く高ランクの冒険者に、手紙の更新を頼んでいる。




店仕舞いをしている時だった。

訪れてのは一人の老婆だ。魔術師らしくローブを羽織っている。


閉店後でも客は客。それがモットーのこの酒場では、店内に一つでも明かりが残っていれば客は招き入れるのが流儀だ。


「いらっしゃい。もう閉店だから、簡単な物しか出せないけど」

「お久し振りね、随分見間違えるようになったのね」


そんな風に言われるけど、このおばあさんに前にもあっただろうか?


「あら、覚えてない? そういえば名前も名乗ってなかったものね。

三年も待たせてごめんなさいね」


三年という単語で、この世界で初めて逢った人のことを思い出す。

でもあの時はもっと若かったはず―――


「今鍛えている子たちが居てね。若い姿よりこの姿の方がやり易いの。

面白い子達でね、あなたに逢わせてあげたいの。ここに来るように言ってあるから、あとをよろしくね」


あの時と同じように、何かを押し付けていくような言動で店を出て行った。。

うん、間違いない。あの人だ。

よくよく考えると、まだろくにお礼も言っていない事に気付く。

慌てて店外を見回しても、もうその姿はどこにもなかった。


マスター曰く、養成所の講師も勤めているそうなので、合うことは可能だろう。


改めて店の戸締りを確認していると、スウィングドアを音立てて、喧しく客が入ってくる。


「ババァ~~ どこまで行きやがった!!」


あの人の言っていた連れだろうか?


「いらっしゃい。もう閉店だから、簡単な物しか出せないけど」


灯りの消えた店内に二つの影があった。カウンターだけでもランプを付ける。


「ああ、お酒も食事もいらない。ここにおばあさん来てない?」


寄ってくる影。薄暗い灯りの中に姿が浮かぶ。



精悍な顔になって、随分と背も伸びた。

あの頃は自分の方が少し高かったのに。


「うん、来た。あんた達に逢わせてくれるって言って、もう帰った」


涙が出た。洟汁も垂れた。ものすごくみっともない顔になってるだろう。

ランプが薄暗くってよかった。


「そっか。先生も逢わせたい子がいるって言ってたんだ」

「ただいま、―――百萌(モモ)


二人とも笑ってる。

巫山戯てんじゃねぇよ、こっちはどれだけ怖くて寂しくて心配して、忘れかけてきたっていうのに。のこのこ現れて。

あんた達も苦労したんでしょうよ、この異世界で生き抜いてきたんだから、それくらい理解してやるさ。

でもね、今だけ、今だけ。


「おかえり、凛空(リク)海維(カイ)



 ◇ ◇◇◇◇ ◇



あの月末から十年経った。


当時まだ小学生だった自分たちの知識では、アニメや漫画の主人公のような、“改革”みたいなことできないけど。きっとそれが普通なんだと思う。


再会した私たちは三人でギルド(チーム)を組むことにした。

名は【7月32日】。

向こうで生きた歳月と同じだけの月日を過ごしただけあって、もう記憶は薄らいでしまったけれど、還りたいという気持ちが消えてしまった訳でもない。

私たち三人以外で、あの日の事件に居合わせたであろう誰かには遭遇していない。それでも、居るかもしれない相手への隠れた目印として、忌まわしくもある日付を、ギルド名として名付けた。


この世界へ来たのは、おそらくまっとうな方法ではないだろう。

それがあの人の見解だ。


邪の道は邪。

字は違うけど、向こうの世界にあるこの言葉に従うなら、その筋に進めばいつかは帰れる方法が見つかるかもしれない。

表向きはまっとうな仕事もしながら、裏では道を踏み外すようなことにも、少しずつ手を染めていった。




あれから十年経った。


あの自称悪い魔法使いの宣言通り、

私たちは8月1日を未だ迎えられない。

でもいつか、このこの7月32日を越えられる日を。


求めて―――



書いているうちにPA外伝っぽくなってしまいました。

どうしてこうなった。

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