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第4話 アイドルはオタクを生む

カクヨムでも投稿しています

 店員さんにステージを使っていいか聞いたところ、快諾してくれた。冒険者かと思ってたけど、旅芸人なのか?と聞かれたが、実際、冒険者よりも旅芸人の方が近いと思った。そして、店内をよく見ると、朝のピークタイムなのか、お客さんは結構いて、オープンタイプの喫茶店の外の席まで人がいた。

「柊汰くん、私が合図をしたら、これで曲をかけて。」

 陽菜ちゃんにそう言われ、音楽プレーヤーを渡された。おそらく、これも異世界仕様に作り替えられているのだろうか、充電器を差す穴がなくなっていた。そして、画面には石神ルナのソロ曲、「Next Blaze(ネクストブレイズ)」が表示されていた。

「ほんとに、これ歌ってくれるの!?」

 この曲は、萌え天の初期メンバーの何人かが卒業してしまって以来、封印していた曲だ。どういう事情があったのかは詳しくは分からないが、俺の大好きな曲には違いない。それに、この曲は、ルナちゃんの歌唱力が世に知られるきっかけになった曲で、初めて聴いたときは涙が出たくらいの名曲。アイドルらしからぬ、大人しいスローバラードで、とにかく希望に満ち溢れた曲なのだ。

「うん、今ここで、どうしてもこれを歌わないとだめなの。」

 陽菜ちゃんの表情が真剣なことに気づいた。歌うと言い出した時は始め、ふざけて冗談を言っているのかと思ったが、そうではないみたいだ。きっと、彼女なりに何か思うことがあるのだろう。そうと決まれば、オタクの俺ができることはただ一つ。

「がんばって。」

 陽菜ちゃんは一つ頷くと、小さなステージの壇上に上がった。そして、マイクの位置を調節すると、目を閉じ、深呼吸をして、俺の方に視線を送り、コクリと頷く。おそらく合図だろう。俺はそれを受け取り、曲を再生した。

「ん?なんだ?」

「あの子が、何かするみたいだぞ?」

 曲に気づき、お店にいるお客さんの視線は、陽菜ちゃんを追っていた。同じように、曲の長めの伴奏も陽菜ちゃんに吸い寄せられ、この空間を支配しているのは紛れもなく陽菜ちゃんだった。

「みなさん、聴いてください。"Next Blaze"」

 刹那、陽菜ちゃんの歌声が響きわたる。空気を伝い、一瞬遅れて鼓膜を通り脳に到達する頃には、お客さんの心までも奪いだすその歌声は異世界でも健在だった。そして、お客さんたちの瞳は、陽菜ちゃんに吸収されるように、これから起こる何かを待ち望んでいるかのようで、少し懐かしく感じた。俺はこの顔を知っている。人がアイドルにハマる瞬間。それは、電撃が奔るのと同じように瞬発的なことで、回避不能な欲求が己のすべてを支配する。

「すごい…。」

 陽菜ちゃんの歌を聴いていると、体の奥底から、力が湧いてくる感覚がした。ライブ中の高揚感とはまた違う感覚に、少し戸惑った。

「なんか、すごく力が溢れてきた。」

「私も!なにこれ?あの子のスキル?」

 この場にいる、お客さんたちも俺と同じように、何かを感じているようだ。だから、この力は、この世界での、アイドルという職業(ジョブ)の能力なのかもしれないと、理解することにした。そして、尊くも儚い時間はあっという間に過ぎ、曲のすべてが終了した。

 一瞬の静寂の後、陽菜ちゃんは歓声と拍手に包まれ、表情はとても楽しそうで、俺はすごくうれしかった。

「姉ちゃんスゲーよ!感動した!」

「朝から、元気出たぜ!明日も来てくれよ!」

 何はともあれ、今ここに居合わせたお客さんたちは、幸か不幸か、一人の少女に心を持っていかれてしまったのは確かのようだ。店内のガヤガヤとした歓声が鳴りやまぬまま、店のカウンターの奥から、店員さんが、俺たちの朝ごはんをもって歩いてきた。陽菜ちゃんもそれに気づいて、立ち上がっているお客さんに「ありがとう」といいながら、席に戻ってきた。

「最高だったよ、陽菜ちゃん。(泣)」

「何で泣いてるの?!」

 それは、泣いてしまうさ。この曲は俺にとっても特別な曲だったんだもん。ああ、転生できてよかった。

「コーヒーとメロンソーダと、日替わりサンドが二つになります。」

 店員さんが、テーブルに飲み物とサンドイッチを置いてくれた。ねえ、店員さん!うちの陽菜ちゃんは、ほんとにすごいんだよ!マジで!

「おいしそうだね!いただきます。」

「そうだね!…いただきます。」

 俺たちが手を合わせてから食べる様子が珍しいのか、周りから少し視線を感じたが、そんなのはどうだっていい。陽菜ちゃん、最高だよ、君は!一生ついていきます。

 俺は涙を拭い、サンドイッチにかぶり着いた。それと同時にふと正面を見ると、陽菜ちゃんがおいしそうにサンドイッチを頬張っていて、その様子に見惚れてしまう。

「そんなに見てもメロンソーダだけはあげないよ。」

「いやっ、まさか!あげるって言われても、貰えないよ!」

 冗談でもやめてくれ…、心臓に悪すぎるよ。君はアイドルなんだ、オタクの俺が推しメンと間接キッs…なんて。もしかして、私生活では大胆なことをしちゃう系の女の子なのか!?だとしたら、なおさら不味い。今この場には、異世界にきて初めてできたかもしれないファンが近くにたくさんいる。その人たちの前で勘違いをされてしまう様な行為は慎まなければならない。と俺は自分に言い聞かせた。

「陽菜ちゃんってたまにすごい冗談言うよね。」

「そうかな?」

 陽菜ちゃんは小首をかしげながらメロンソーダを飲み干した。2次元キャラてきな整った容姿のせいか、空中にはてなマークが浮かんでるように錯覚してしまう。

「萌え天のメンバーにも言われたことあるけど、私、冗談言ってるつもりは無いんだけど、なぜか冗談だと思われちゃうんだよね。」

 まじか~い。それでよく10年間一回もスキャンダルが出なかったもんだ。まあ、でもこれは陽菜ちゃんの天賦の才能なのかもしれないな~。うん、俺は陽菜ちゃんに何があっても陽菜ちゃんの味方だからね!だけど、プロデューサーさんたちはヒヤヒヤしたんだろうな…、ご苦労様です。ん、プロデューサー?そういえば、この世界にでは誰が陽菜ちゃんをプロデュースするんだ?

「まずは、陽菜ちゃんをプロデュースできる人を見つけないとね。」

「え?柊汰くんがしてくれるんじゃないの?」

 はい、きた。そういうところだよ、まったく。

「やっぱり、俺がするの?でも、おっさん(神)が許してくれるか?あの人、ルナちゃんファンなわけだし。同じオタクの俺がプロデュースすることに抵抗ないかな?」

 別に言い返す分けではないが、大切なことなので、一応正論っぽいことを言ってみた。陽菜ちゃんにもちゃんと考えて欲しいからだ。

「じゃあ、神様にメールで聞いてみるね。」

 陽菜ちゃんはそう言うとカバンからスマホを取り出し、何やら文字を打ちだした。

「ちょっとまって。おっさん(神)のアドレス知ってるの?」

「うん。気づいたらアドレス帳に入ってた。よし!今送ったよ!」

 俺はとっさに自分のスマホのアドレス帳を確認した。しかし、俺のアドレス帳は白紙で、だれのアドレスも記録されていない状態だった。クソッ、あのおっさん(神)やりやがったな!オタクのくせに俺には連絡先を教えないくせに、推しメンと連絡先を交換しやがって!そして、すぐに陽菜ちゃんのスマホが鳴った。

 ブーブー。

「返信はやっ。えっと、、柊汰さんがプロデューサーでいいって!ほら。」

 スマホの画面を見せられ、そこには、「OK!!」とかかれ、おっさん(神)がいいねポーズでウインクしている画像が添付されていた。


 このとき俺は、おっさん(神)に一発ぶちかますことを決意した。


 と何はともあれ、俺はプロデューサーに就任することになった。そして、俺たちは朝食を済ませ、会計をしようと店員さんを呼んだ。

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