第四話 『ババア、願いを詩に載せ夜明けの鐘を鳴らす』
レベル。
Lv、とも書く。
その職業として、どこまで習熟しているかを表しており、
一般的には、10までに見習い卒業、15で一人前、20で一流と言われ、
その先は、終わる事の無い道のりである。
35になれば、得意分野のみにおいて魔王に比肩し、
45になれば、魔王が如く幹部を束にしてひねり、
50になれば、破壊神をすら破壊する、と言われている。
そんなことが、確か書いてあった。何かの本に。
それじゃあ、
レベル56、って……
いや、そもそも、職業“ババア”って……
「いんや~、アタシは虫を退治しただけだよぉ」
倉庫の中を片付けながら、おばあちゃんはあっけらかんとしていた。
【 ババア無双 】
第四話
『ババア、願いを詩に載せ夜明けの鐘を鳴らす』
「おんやまぁ、膝小僧すりむいてるじゃないの」
おばあちゃんが、倉庫の端で蹲る子供達に声をかけた。
緊張が解けたのかな、一斉に大声で泣き始め……
実は、私も、ちょっと泣きそうだった。決壊しそうだった。
でも違うんだ、まだ私の戦いは終わってない。
この子達の安全を確保して、外の様子を確かめて、から……
「ほれ、アメちゃん食べなぁ」
おばあちゃんはそう言いながら飴をポケットから取り出すと、一番前の、泣き止まない子に咥えさせた。ちょ、包み紙のままだよそれ!!
「この紙はねぇ、食べられるんだよぉ」
え、そうなの?
「えー、それどんなあじ―?」
「かたいの?やわいの?」
「あめ、おいしい?」
他の子の“食べられる紙”への興味が、泣きべそを上回ってきた。
「……びみょう」
「あれ、ま」
…
ぷっ。
その様子を見たら、つい噴出しちゃった。
つられてみんなも笑い出す。
「ねー、おばあちゃん、ぼくもほしい」
「おれも、おれも!」
「わた、しも」
「はいはい、ありますよぉ」
次々とポケットから取り出しては渡す。一体どこに入ってるの?
そして次々と口に入れ、次々と口から出てくる「びみょう」の言葉。
しょんぼりする、おばあちゃん。
うん、もう大丈夫だね。
「あの、おばあちゃん。私もひとつ……」
「アンタはさっきあげたでしょうに」
私は、ひどく赤面した。
……?
さっき、膝を擦りむいた子が、光ってる?傷が……塞がってる!
他の子も、ちっちゃな傷とかが全部……
ひょっとして、この飴って!
「おばあちゃん!急いで、急いで外に行こ!
みんなを、助けられるかも!!」
◇ ◇ ◇
外は、廃墟だった。
あんなに穏やかで、私の大好きな町が。
荒れ果て、倒れ、散乱し、煙を上げている。
魔物の大親分は、あの“勇者3人組”が倒したらしい。
魔物は皆、逃げていった。皆の力で、追い払った。
……でも。
本当に、勝ったのかな。
だって。
みんな、傷ついて、膝をついて、下を向いてる。
私も、外に出て、みんなの役に立ちたかったけど。
みんなの役に立つための、仕事に就いた、はずなんだけど。
もう、手遅れなんじゃないかな。
だって、さ。
目の前でさ、私の大好きな町がさ……
「あきらめちゃぁ、だめだよ」
おばあちゃんが、項垂れる私に声をかけてきた。
「落ち込むこともあるよ、でもねぇ。
人間は、何度でも立ち上がることができ…
「うるさい!」
「おばあちゃんには……わからないよっ、っ」
気付いたら、私は泣いていた。
「わから、ないよっ……
ぐすっ、だいすきな、このまちが、ひぐっ……
わたしが、なんどがんばっても、えぐっ……」
「わかるよ」
キッ、と、睨みつけたその先には。
「……わかるよ」
おばあちゃんが、
やさしい、あたたかいけど、寂しい目をしていた。
「今日だけで、何度浮き沈みしたんかい?
何度、歯を食いしばったかい?
わかるよ。だって……
アタシゃ、ステラちゃんの役に立ちたくて、見てたんだもの。
掃除をしたのも、虫を退治したのも、子供を助けたのも、
みーんな、ステラちゃんがね、願ったことなんだよ」
そう言って、おばあちゃんは、
涙と鼻水でぐっしゃぐしゃの、私の顔を、拭ってくれた。
「さ!落ち込むのもいいけど。
次は何をしようかねぇ?何をしたいんかい?」
…
…
私、は……
顔を上げて、涙を掃った。
「おばあちゃん!力を貸してほしいの!
多分ね、おばあちゃんの飴は…食べると力が湧いてくる、んだと思う。
だから…たくさん、欲しいの。
みんなに、元気になってもらうために!!」
「はいよぉ~」
軽い返事の後。おばあちゃんは、ポケットから飴を取り出した。
後から、後から、後から、後から……え?
い、一体、どれくらい出てくるの?
「そりゃアンタ、みんなの分さや」
ホントに出てくる、んだ……
「んー、でもみんなに配るのは難儀だねぇ。
ちょっと、待っとくれ」
どこからともなく座布団を取り出したおばあちゃんは、
座ると、手と手の皺を合わせて拝み、
ブツブツと呪文?を唱え始めた。
すると…
おばちゃんが、
!?
座布団ごと、いや違う、周りの飴とともに宙に浮き始め……
~~神界~~
地域神
「僕が、おばあちゃんに還元したポイントの“祝福”はね、」
「・職業を『ババア』にすること、
・前世の『ババア』経験値を繰り越すこと」
「そして、職業『ババア』ってのは何なのか」
“おばあちゃんっぽい立ち振る舞いが、
レベルに応じて超強化される”
「今、おばあちゃんは。
『みんなに飴を配る』という、おばあちゃん的行為を、
強く願っている、しかもレベル56で。
つまり……」
~~~
!!?
おばあちゃんを中心に、おばあちゃん色のオーラが、
ドーム状に広がって、広がって……
町中をすっぽりと包んでしまい!!
宙に浮く飴が、
オーラの中に居る全員の、口内へ向かい飛び始めた!!
不可避の必中攻撃と化し、町民を襲う!?
ばしゅっ!!
はむっ?もごもご…
「なんだか元気が出てきたぞ!微妙な味だけど」
「俺も、傷が治ったぞ!微妙な味だけど」
「いつまでも、めげていられないなぁ!微妙な味だけど」
わいわい。がやがや。
町が、人が、
蘇っていく……
なみ、だ……。とめどなく溢れてきた。
さっきと違う味の涙だ。
よかった、よかった……
私は、おばあちゃんに抱きついて泣きじゃくった。
おばあちゃんは、そんな私の頭を撫でてくれた。何度も何度も。
でも、私は聞き逃さなかった。
ぽつりと呟いた、一言。
「そんなに微妙かねぇ」
◇ ◇ ◇
そして、数日後。
町はずれ。復興にいそしむ町を背景に、
勇者3人組が、おばあちゃんに向き合っていた。
「その、こないだは……すまなかった。
飴の効果は、味はともかく凄かったし、
魔族との戦いも……聞かせてもらった」
リーダー男が、もじもじしながら頭を下げ、
「あの……あーしも、身の程知らずで……」
ギャルが、しょんぼりして、
「……」
執事が眼鏡をクイッた。何か言いなよ。
「ええよ、ええよ気にせんで。
皆さんの言う通りですわ、あの日から腰が痛くてねぇ」
おばあちゃんは、相変わらずだ。
…
「あの、それで……
今更なんだが、俺達パーティーに協力、してくれな…
「おばあちゃん、そろそろ出発の時間だよ。
ギルドの、薬草採りのクエスト出発時刻!」
私は。わざとらしく口を挟み、おばあちゃんの腕を引っ張った。
「そういうわけだからねぇ、お断りしますよ。
アタシゃ、そのへんに家でも借りて、スローライフでもしようか、って」
そしておばあちゃんと私は、踵を返し、町へ戻っていく。
その背中を呆然と眺める3人。
「ま、待ってくれ!!
そんなに能力があるというのに、どうしてだ!?
どうして、夢のある冒険じゃくて、スローライフを!??」
そのリーダー男の声に、
おばあちゃんが、振り返って、微笑みながら答えた。
「ババアですから。」
【 ババア無双 】
~第一部~
『ババア、大異地に立つ』 完