第三話 『ババア、腕中の得物で一切の塵芥を薙ぐ』
──あれから、午前の時間はあっという間に溶けていった。
おばあちゃんは心配だったけど。窓口には大勢のあらくれさん達が、燕の雛みたいに待ち受けている。
ひとりに構ってる場合じゃない。ホヤホヤヒヨコの私には、そんな余裕は、残念だけど無いんだ。
……でも、どうしても気がかりだったから。奥の倉庫掃除をお願いした。
ここに転属する前に片付けを諦めた、一軒家くらいの、散らかり放題を。
公私混同はホントは良くないけど。でも落ち込んでるときには、余計な事考えないくらいに作業をするのが一番だから。
そうだ、私が“依頼した”ことにしておこう、それなら大丈夫だよね。
壁掛け時計が時刻を告げる。
お客さんがだいぶ捌けた、大広間の空気が一気に和らいだ。
ん、お昼だ。
いきなり、ぐちゃごちゃで煤まみれを押し付けちゃって、悪いことしたな……。
でも、キレイにするのに当分かかるだろうし、その間に少しは気が晴れれば……。
そんなことを考えながら。昼休憩の私の足は、おばあちゃんの元へ急いでいた。
ガラガラガラッ。
「おばあちゃーん?お疲れ様~!」
倉庫の引戸を開け、声をかけた私の目には、
「お疲れさんだねぇ。さ、おにぎりをこさえといたよ」
塵ひとつないどころか輝かんほどの空間で、
お昼ご飯が盛り付けられたお盆を眼前に、お茶を啜るおばあちゃんが映った。
【 ババア無双 】
第三話
『ババア、腕中の得物で一切の塵芥を薙ぐ』
早すぎる。
直感した言葉はまさにそれ。こないだ私がギブアップしたばかりの、嵐の後みたいな部屋が…なんで数時間でリフォームかけたみたいになってるの?
「ババアだからだよぉ」
おばあちゃんが答えた。いやそれはおかしい。あの不思議な棒に秘密が?
……まぁいいや、掃除が終われば。おばあちゃんも心なし元気に見えるし。
気にしないことにした私は、目の前のおにぎりを頬張った。これもおばあちゃん作らしい。お米に塩気が丁度よくて、なんだかすごく元気が出る味だなぁ。
元気もお腹も満タンになった私は、お礼を思いついた。
「そうだ!おばあちゃん、今からこの町案内したげよっか?」
ニッコリと頷いてくれたおばあちゃんの手を引き、早速外へ繰り出した。
◇ ◇ ◇
良く晴れた昼下がり。
空で微笑むお日様が、ぽかぽかと気持ちいい。
歩きながら、欠伸を噛み殺す。心なしか、おばあちゃんもほわほわしてる。
街並みを歩く私達の足音も、つい穏やかなテンポになっていた。
「ここは、アタシの昔いたところと、似てるねぇ」
おばあちゃんの話によると、昔居たところもこんなだったらしい。
その国一番の高い山、南に広がる青い海、一年中あたたかな気候。
山の麓で守られるように、穏やかな気候に包まれるように、のんびりした町だったんだって。
うん、ホントにそっくりだ。
役場の近くまで戻って来た私達。公園のベンチで少し休むことにした。
おばあちゃん、何だかんだで健脚だねぇ。
「疲れたかい?アメちゃん食べるかぇ?」
さらにコッチの気まで配るか。
「ありがと。
おばあちゃん、朝もそれあげてたけど、いつも持ってるの?」
「ババアだからねぇ」
「ふふ、なにそれっ」
包み紙を剥がし、口に放り込んだ。んー、ゼリーのような甘いような、微妙な味。
でも不思議と、すごく元気が湧いてくる。口内炎も良くなりそう、なんてね。
…
カンカンカン!! カンカンカン!!
穏やかな空気を、けたたましい鐘の音が引き裂いた。
鐘の打音、3回……魔物の、侵略!?
空を見回した。東の空に!夥しい数、黒い影!!
役場を、狙ってきてる……!?
「おばあちゃん!どこかの家に入れてもらって!隠れてて!!」
私はそう告げると、社屋へ走り始めた。
◇ ◇ ◇
悲鳴。怒声。何かがぶつかりあう音。
その中をくぐるように、私は走る。
街並みと、魔物達と、あらくれさん達が、後ろに流れていく。
心の音も足音も、忙しないし喧しい。
怖い。
怖い。
怖い。
でも!行かなきゃ!!だって私は…
子供達が、役場に逃げ込もうとしていた。
そのドアにへばりつき、邪魔をしている小型魔物。
パニックで泣き叫ぶ子供に、遂に噛みつこうと顎を持ち上げ…!!
近くに落ちてた枝を拾い上げ、私は魔物をひっぱたき落とした。
「職員よ!みんな、こっちについてきて!!」
逃げ込んだのは、さっきの倉庫だった。
子供達は、必死で泣き声を殺してる。
震える手で、頭を撫でてやる。
「泣いてないね。いい子だ、いい子だ…」
「ホントにいい子だ、けっけっけ」
唐突に聞こえた、その汚い声に、私は顔を上げた。
人間と虫の合成みたいな魔物が、私達を見てニヤニヤしていた。
まさか……これが、本に書いてあった、“魔族”なの!?
そいつが、羽音をブゥンと鳴らし、私達の周りを飛び始めた。
まるで、私達を品定めするように。
木の箱にぶつかり、中身が散らばる。
「隠れる場所から攻めればと思っていたが。本当にその通りだなァケケケ!」
でも、でも!この子達だけは……!
震える子を抱きしめる。
最期…まで、がんばるんだ、わたし……
さっきの木の枝、木の枝は……
「探し物はこれですかァ?」
目の前で、へし折られていた。
もう、だめなのかな…
そんなとき。
倉庫の引戸が開いた。
「お、おば、……どうして!」
「掃除を頼まれてたからねぇ」
「それにしても……
せっかく途中までしたのに、またやり直しだこと」
入口に立ってたおばあちゃんが、再び散らかった倉庫を見回した。
「ケッケッケ、ババアが何しに来た!」
「おやおや、この世界のハエは、よく喋るようだねぇ」
「ビキビキ!やろうぶっ殺してやる!!」
その言葉に激高した魔族が!羽音を立てておばあちゃんに!
あぶないっっ!!
でもおばあちゃんは、
「ステラちゃん、よく覚えておくんだよぉ」
全く変わらない様子。
今まで通りのおだやかな口調で、
「虫を退治するときは……」
構えた棒が…変化していく!?
「威圧するなら大げさに、大きく見せて……」
ハンドサイズだった棒が、
闇の光を纏いながら箒に姿を変えた刹那。
ウ゛ン!!
!?
お、おばあちゃんの体が、まるで巨大な山のように!?
いや……そう感じられるほどの威圧感を!?
そのオーラに中てられ、
さっきまで大口を叩いていた魔族は腰を抜かした。
そして……魔族のわずかな隙を、見逃すことはなく。
「最短距離で、反動とか振りかぶったりせずに……」
するっ、と。
「叩くんだ、よっ」
踏み込んだ。
それは、全く無駄がない動きだった。
全然速くないのに、よく見えるのに、
でも…“動き”が“見えない”。
まるで等速直線運動のように、
僅かもブレることなく突き進む、
おばあちゃんと箒。
武術に詳しくない私でも、
それは不可避の一撃だと、刹那で理解った。
一直線に、魔族の眉間に吸い込まれていき……
“絶命”という結果だけを残していた。
……そして、
「わかったかぇ?虫の駆除の仕方。
さて掃除掃除、ステラちゃんも手伝っとくれ」
またも何事もなかったかのように、箒をササッ、またササッ。
その一振りごとに、
気絶していた小魔虫が、まるでゴミのように薙がれ、
(えっ、こんなに他にもいたの?)
庫内に飛び散らかった箱の中身が、集められていく。
……なん、なの?
この人、なんなの?
『了解、測定ヲ開始シマス』
呆然としていた私は、その一言で我に返った。
“ギルド”に来た時に配給された、『職業/レベル測定ダテメガネ』の音声だった。
私の、さっきの魂の呻きに反応したんだろう。
「ほらほら。ハイ、これ使って」
手に持った箒を渡そうと近づいてきたおばあちゃんに、
照準が合ったメガネの表示は、
確かに、こう告げていた。
『 職業;ババア Lv;56 』
投稿時間よ、1分戻ってくれ……