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【 ババア無双 】  作者: W.A.M
第壱章 『ババア、大異地に立つ』
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第三話 『ババア、腕中の得物で一切の塵芥を薙ぐ』


 ──あれから、午前の時間はあっという間に溶けていった。


 おばあちゃんは心配だったけど。窓口には大勢のあらくれさん達が、燕の雛みたいに待ち受けている。

 ひとりに構ってる場合じゃない。ホヤホヤヒヨコの私には、そんな余裕は、残念だけど無いんだ。


 ……でも、どうしても気がかりだったから。奥の倉庫掃除をお願いした。

 ここに転属する前に片付けを諦めた、一軒家くらいの、散らかり放題を。

 公私混同はホントは良くないけど。でも落ち込んでるときには、余計な事考えないくらいに作業をするのが一番だから。

 そうだ、私が“依頼した”ことにしておこう、それなら大丈夫だよね。



 壁掛け時計が時刻を告げる。

 お客さんがだいぶ捌けた、大広間の空気が一気に和らいだ。

 ん、お昼だ。


 いきなり、ぐちゃごちゃで煤まみれを押し付けちゃって、悪いことしたな……。

 でも、キレイにするのに当分かかるだろうし、その間に少しは気が晴れれば……。


 そんなことを考えながら。昼休憩の私の足は、おばあちゃんの元へ急いでいた。



 ガラガラガラッ。

「おばあちゃーん?お疲れ様~!」


 倉庫の引戸を開け、声をかけた私の目には、



「お疲れさんだねぇ。さ、おにぎりをこさえといたよ」


 塵ひとつないどころか輝かんほどの空間で、

 お昼ご飯が盛り付けられたお盆を眼前に、お茶を啜るおばあちゃんが映った。






【 ババア無双 】


 第三話 

『ババア、腕中の得物で一切の塵芥を薙ぐ』






 早すぎる。

 直感した言葉はまさにそれ。こないだ私がギブアップしたばかりの、嵐の後みたいな部屋が…なんで数時間でリフォームかけたみたいになってるの?


「ババアだからだよぉ」


 おばあちゃんが答えた。いやそれはおかしい。あの不思議な棒に秘密が?

 ……まぁいいや、掃除が終われば。おばあちゃんも心なし元気に見えるし。


 気にしないことにした私は、目の前のおにぎりを頬張った。これもおばあちゃん作らしい。お米に塩気が丁度よくて、なんだかすごく元気が出る味だなぁ。


 元気もお腹も満タンになった私は、お礼を思いついた。

「そうだ!おばあちゃん、今からこの町案内したげよっか?」

 ニッコリと頷いてくれたおばあちゃんの手を引き、早速外へ繰り出した。



 ◇ ◇ ◇



 良く晴れた昼下がり。

 空で微笑むお日様が、ぽかぽかと気持ちいい。

 歩きながら、欠伸を噛み殺す。心なしか、おばあちゃんもほわほわしてる。

 街並みを歩く私達の足音も、つい穏やかなテンポになっていた。


「ここは、アタシの昔いたところと、似てるねぇ」

 おばあちゃんの話によると、昔居たところもこんなだったらしい。

 その国一番の高い山、南に広がる青い海、一年中あたたかな気候。

 山の麓で守られるように、穏やかな気候に包まれるように、のんびりした町だったんだって。

 うん、ホントにそっくりだ。



 役場の近くまで戻って来た私達。公園のベンチで少し休むことにした。

 おばあちゃん、何だかんだで健脚だねぇ。


「疲れたかい?アメちゃん食べるかぇ?」

 さらにコッチの気まで配るか。


「ありがと。

 おばあちゃん、朝もそれあげてたけど、いつも持ってるの?」

「ババアだからねぇ」

「ふふ、なにそれっ」

 包み紙を剥がし、口に放り込んだ。んー、ゼリーのような甘いような、微妙な味。

 でも不思議と、すごく元気が湧いてくる。口内炎も良くなりそう、なんてね。



 …



 カンカンカン!! カンカンカン!!

 穏やかな空気を、けたたましい鐘の音が引き裂いた。


 鐘の打音、3回……魔物の、侵略!?

 空を見回した。東の空に!夥しい数、黒い影!!


 役場を、狙ってきてる……!?


「おばあちゃん!どこかの家に入れてもらって!隠れてて!!」


 私はそう告げると、社屋へ走り始めた。



 ◇ ◇ ◇



 悲鳴。怒声。何かがぶつかりあう音。

 その中をくぐるように、私は走る。

 街並みと、魔物達と、あらくれさん達が、後ろに流れていく。


 心の音も足音も、忙しないし喧しい。

 怖い。

 怖い。

 怖い。

 でも!行かなきゃ!!だって私は…


 子供達が、役場に逃げ込もうとしていた。

 そのドアにへばりつき、邪魔をしている小型魔物。

 パニックで泣き叫ぶ子供に、遂に噛みつこうと顎を持ち上げ…!!


 近くに落ちてた枝を拾い上げ、私は魔物をひっぱたき落とした。


「職員よ!みんな、こっちについてきて!!」





 逃げ込んだのは、さっきの倉庫だった。

 子供達は、必死で泣き声を殺してる。

 震える手で、頭を撫でてやる。

「泣いてないね。いい子だ、いい子だ…」




「ホントにいい子だ、けっけっけ」


 唐突に聞こえた、その汚い声に、私は顔を上げた。

 人間と虫の合成みたいな魔物が、私達を見てニヤニヤしていた。

 まさか……これが、本に書いてあった、“魔族”なの!?


 そいつが、羽音をブゥンと鳴らし、私達の周りを飛び始めた。

 まるで、私達を品定めするように。

 木の箱にぶつかり、中身が散らばる。


「隠れる場所から攻めればと思っていたが。本当にその通りだなァケケケ!」



 でも、でも!この子達だけは……!

 震える子を抱きしめる。

 最期…まで、がんばるんだ、わたし……

 さっきの木の枝、木の枝は……


「探し物はこれですかァ?」

 目の前で、へし折られていた。



 もう、だめなのかな…





 そんなとき。

 倉庫の引戸が開いた。




「お、おば、……どうして!」


「掃除を頼まれてたからねぇ」




「それにしても……

 せっかく途中までしたのに、またやり直しだこと」

 入口に立ってたおばあちゃんが、再び散らかった倉庫を見回した。



「ケッケッケ、ババアが何しに来た!」

「おやおや、この世界のハエは、よく喋るようだねぇ」


「ビキビキ!やろうぶっ殺してやる!!」


 その言葉に激高した魔族が!羽音を立てておばあちゃんに!

 あぶないっっ!!




 でもおばあちゃんは、


「ステラちゃん、よく覚えておくんだよぉ」


 全く変わらない様子。

 今まで通りのおだやかな口調で、


「虫を退治するときは……」

 構えた棒が…変化していく!?



「威圧するなら大げさに、大きく見せて……」

 ハンドサイズだった棒が、

 闇の光を纏いながら箒に姿を変えた刹那。



 ウ゛ン!!


 !?

 お、おばあちゃんの体が、まるで巨大な山のように!?

 いや……そう感じられるほどの威圧感を!?


 そのオーラに中てられ、

 さっきまで大口を叩いていた魔族は腰を抜かした。



 そして……魔族のわずかな隙を、見逃すことはなく。

「最短距離で、反動とか振りかぶったりせずに……」


 するっ、と。


「叩くんだ、よっ」

 踏み込んだ。




 それは、全く無駄がない動きだった。



 全然速くないのに、よく見えるのに、

 でも…“動き”が“見えない”。


 まるで等速直線運動のように、

 僅かもブレることなく突き進む、

 おばあちゃんと箒。


 武術に詳しくない私でも、

 それは不可避の一撃だと、刹那で理解った。


 一直線に、魔族の眉間に吸い込まれていき……

 “絶命”という結果だけを残していた。





 ……そして、

「わかったかぇ?虫の駆除の仕方。

 さて掃除掃除、ステラちゃんも手伝っとくれ」

 またも何事もなかったかのように、箒をササッ、またササッ。


 その一振りごとに、

 気絶していた小魔虫が、まるでゴミのように薙がれ、

 (えっ、こんなに他にもいたの?)

 庫内に飛び散らかった箱の中身が、集められていく。




 ……なん、なの?

 この人、なんなの?




『了解、測定ヲ開始シマス』

 呆然としていた私は、その一言で我に返った。


 “ギルド”に来た時に配給された、『職業/レベル測定ダテメガネ』の音声だった。

 私の、さっきの魂の呻きに反応したんだろう。




「ほらほら。ハイ、これ使って」


 手に持った箒を渡そうと近づいてきたおばあちゃんに、

 照準が合ったメガネの表示は、

 確かに、こう告げていた。







『 職業;ババア Lv;56 』





投稿時間よ、1分戻ってくれ……

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― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろすぎます、読みながら過呼吸になりそうです。ありがとうございます。
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