第19話 『ババア、人の望みの喜びよ』
「みなさん、焦らず避難をお願いします!
大丈夫、後ろの護りは固めてありますから!」
住民の避難が始まった。
町役場に、町のみんなが殺到する。
でも……魔物が襲ってきている状況。
恐慌とまではいかないけど、皆平常心が無くなってきている。
だけどそこに。
「おいてめぇら!何ゴタゴタと慌ててやがる!!」
「そうだそうだ!避難訓練で学んだ“お・は・し”の約束を忘れるな!」
あらくれさん達が、後詰でみんなを励ましている。
そう。この事態を想定して、
役場の職員とあらくれさん達とで、町を護る組織を編成していた!
がんばれ、町民!そして私達!!
【 ババア無双 】
第19話
『ババア、人の望みの喜びよ』
場内。
女子供が避難してきて、室内で声を潜めていた。
それを護る係は。役場職員と、あらくれさん数人。
おば……おねぇさんも、避難を手伝ってくれている。
しくしくと、感情が零れだし始めた子供達を抱き抱え、
「ほらほら、泣くんじゃないよぉ!
外では父ちゃん達が護ってくれてるんだから!」
そう言って、ガラスの外を指差した。
~ ~ ~
外では。
男の人が数人組を作り、悪さをする魔物への対抗をしている。
その細かな単位の指揮として、
「いいか親父ども、てめぇの命を最優先に、気を付けて立ち回れ!」
「そうだそうだ!くれぐれもご安全に!」
多くのあらくれさんが魔物退治に駆けまわっていた。
金属のぶつかり合い。
何かが擦れて削られるような音。
けたたましく叫ぶ魔物の声。
そんな戦乱の中を縫って走り回り、魔物をちぎっては投げるひとつの影。
「いいかみんな!
敵は多い!だからこちらはチームワークで動くよ!
声かけを大事に、報・連・相のネットワークを張り巡らせて!
とにかく、一人一人が自分に出来ることを考えて!
あとは困ったら、俺が飛んでくから!!」
さすがは異世界アゲハおじさん、動きが中間管理職みたい。
~ ~ ~
そんな激闘の最中。
バリィン!
「すまない、そっち行った!!」
窓を割り、設置された鉄製の格子をすり抜け……
小型の飛行型魔物が、室内に数匹なだれ込んできた!
あらくれさん達が退治し……きれない!
親子連れに襲い掛かってきた、悲鳴が上がる!!
「落ち着いて!大丈夫だから!!」
私だって……!
「虫の退治法は……」
この町を……!
「最短距離で、反動とか振りかぶったりせずに……」
護るんだから!!
「叩く!」
めきっ!!
私の箒を持つ手が、魔物の眉間を的確に捉えた。
「これで……よかった?おばおねぇさん!?」
「いい太刀筋だよぉ」
向こうでおばおねぇさんの親指が上がるのが見えた。嬉しい。
でも、ああ!一撃じゃ倒すには至っていない!
おばおねぇさんに標的を変え、魔物が飛んでく!危ない!!
「十分ですよ、ステラさん」
ぐしゃっ。
巨大な圧力で、潰れる音がした。
「どうも、いつもウチの部下がご迷惑をおかけしております」
「あらこれはこれはご丁寧にねぇ。お控えなすったほうがいいかぇ?」
おばおねぇさんに挨拶する課長の両手が、魔物の血で染まっていた。
強い……あと、私を“ウチのもん”呼びは止めてください。
~ ~ ~
私は外に出て、アゲハさんのところに駆けつけた。
「中は……なんとか持ちこたえてます!外は!?」
「外、なんとかなってる!あとはあのメガネ野郎を……」
「お呼びですかね?」
メガネっ!
役場向かいの建物の屋根に悠然と立っていた……いつの間に!!
「中々やりますねぇ、いいですよ皆さん。実に楽しい!
この特等席でずぅっと見ていましたが、素晴らしいショウです!!」
「メ、ガ、ネェェェ!!!」
怒りのアゲハさんがフルスピードでチャージ。拳を突き立てた!
寸でのところで躱すメガネの頬に、冷や汗が伝っている。
「あぶないぶない……やはりアナタは用心しませんとねぇ。
それより……イイんですか?こんなところで私と踊っていても」
「何だと……
、っ!ステラちゃん、住民、避難!!」
え?
その声に、ふと周りを見回してみると。
「もう術式を発動し終えたから、私は姿を現したのですよ?
いい加減、わかってもらえませんかねぇ?」
町中の倒した魔物や魔族の死骸が……
邪悪な光に包まれたと思ったら、
肉片と化し、フワフワと上空に浮き、集まっていってる……
いや、ちがう、ここ……
役場の上に!!
合体したそれら、何百体分もの肉片、その結集が!
巨大な塊となって落下してきた!!!
「くそっ、間に合えっっ!
ステラちゃん、せめて部屋のコッチ側に!人を寄せて!!」
「ええっ、どういうこ……あっ!
みんなぁぁ!部屋のコッチ側に!!走ってェェ!!」
ズズゥゥゥン……!!
“肉塊”が落下した。
建物に入り、私が見たもの。
上階全てを押し潰し、1階天井が崩れていた。
“肉塊”により、役場建物の“アッチ側”が潰されてしまっていた。
アゲハさんの機転のおかげだ、着地点が、建物の中心からズレていた。
おかげで、住民が“コッチ側”に逃げることができたようだ。
住民の被害……誰もいないみたい、奇跡だ!
そう喜んだのも、束の間だった。
「あ、あのおねえちゃんが、おじさんが……守ってくれたから……」
その、ひとりの子供の声に。振り向くと。
落ちてきた天井を、ひとり支える形で膝をつく……
「か……課長!!」
駆け寄ると……頭から血を流し、足元に横たわるおばおねぇさん!!
あらくれさん達と、何とか救助する……命は別状なさそうだけど!
「役場役員たるもの……これくらい……できなくてどうする……」
うわ言でまで護ってる!いいから、安静にしててください!
「本当に……素晴らしいですよ。形容する言葉もない」
またメガネ!
室内に入ってきた、もういい加減にして!!
「ここまで粘った姿を見せてくれたのは予想以上でした。
おかげで……この後がもっともっと楽しみですよ!」
その言葉とともに、メガネの奥が紅く妖しく光ると!
ボトボトボトッ!
“肉塊”の一部が“肉片”となり降ってきた……
!?
ま、魔物に姿を変え、た……!?
今までよりも、はるかに邪悪で、醜悪な……“肉人形”になった。
「さぁ、どうするおつもりですかね?今までよりも手ごわいですよ?」
飛びかかってきた“肉人形”。
その姿に、遂には阿鼻叫喚と化してしまった、室内の町民たち。
あらくれさんが何とか押し返そうとするも……皆で1体がやっとだ。
残りが町民に……
「させ、ッるか!」
間に入るや否や、鋭い動きとパンチで、1体また1体と翻弄する影。
あ、アゲハさん!!助かりま……
ポタポタッ。
床に血が数滴、飛び散った。
「見ないで、くれ……」
左脚の靴が消し飛び、太ももを縛る布から鮮血がジクジクと広がっている。
押さえる左腕の、袖がぼろぼろに消し飛び、至る所傷だらけになっている。
敵を向く彼女の表情は見えないが、その背中の上下が疲労を物語っている。
“肉塊”を、押し出したときの、傷……!?
「アゲハさん、だからスカートは良くないと言ったじゃないですか?」
「どこ、見てん、だ、このセクハラメガネ……
今度こそ、貴様をぶん殴っ、て……」
「だからねぇ、何度も言わせないでください。
イイんですか?こんなところで私に構っていても?」
メガネが、外を頸で示した。
外が、町が……
激しい破壊音と、動き回る異形の影とともに、
真っ赤に燃えていた。
「当然でしょう?
天井から落ちてくる“肉片”が魔物に変わるなら、
残りの“肉塊”も変わるのは」
「く、そ……
早く、行かなきゃ、メガネを倒し、て」
ふらつきながらも殴り掛かったアゲハさん……
だけど。メガネにいとも容易く、迷惑そうに振り払われた。
見た目は女の子なアゲハさん、その姿が激しい音とともに床に転がり、呻く。
その様子を見た町民のみんなが……恐怖のあまり言葉すら失った。
「そう。そう。それが見たかったのです!」
その表情を舐めるように見回した後。
メガネが、遂に勝ち誇った。
「そういえば先程、説明が途中でした、そうそう」
「何ぁ故こんな、2回に分けて攻める、とかいう?
めんどくさく回りくどいことをしたか、って?」
「一度へし折ってからね、立ち上がろうとしたところを!
グシャッ!と、より強く踏み潰すのが!
絶望の血の中に、相手の顔面を沈めるのがっ!!
もぅたまらなイほどに、味わい深いのですよっっ!!!」
「あア、いい表情を見せてくれてますねぇ、町民の皆さん!
私、ちょぉっと興奮してしまってますよ!!
さぁもっと、もっともっと!
コクのある悲しみを!深みのある落胆を!!さあっっ!!」
「……ない」
「えェ?何です?」
「絶望なんてしない」
私は、気づくと立ち上がっていた。
「だめ、だステラちゃん、下がっ……」
「いやだ。負けないんだから、私」
「ほゥ?」
「メガネ……いや魔ジュニア。
貴方、おばあちゃんが一番脅威だ、って言ってたよね。
うん、その通りだと思う。でもね。
貴方……表面的なところばかり見て、一番大事なことに気づいてない。
おばあちゃん の“何か”が怖いとか言っておいて、
その“何か”に、全く。
おばあちゃんは言ってた。
『ステラちゃんが願ったことの、背中を押しただけだよぉ』って。
すっと、ずっと言ってた。
そう。だからずっと前から、本当はきっと知ってたんだ、私達は。
……おばあちゃんの力の正体を。
一人一人が強く心に持つ『望み、願い』。
何度折られても、何度壊されても。何度でも再建できる強さの源。
それを増幅することこそが、おばあちゃんの力。
そして……
本来、既に持ってる、私の力。みんな持ってる、みんなの力。
それを絶やすことが、貴方の勝ちだというのならば!
私は絶対!“望みを絶やす”ことはない!
死んでも絶やしてやるもんか!!
私は!この町が大好きで!みんなが大好き!!
そのみんなに、最後まで“自分の命を生き抜”いてもらう!!
それが私の望みだっっ!!!
そして私だって……たとえ殺されたって、
最後まで生き抜いてやるんだっ!!!
お前は、これから私達を殺すんだろう?でもね!
私は!自分の望みを絶やすことはしない、絶対にっ!
お前になんか、負けてあげるものかっっ!!
命を奪っても、勝利は手にすることができなかった、この町で!
ずぅぅーっと、敗北感を持って生き続けるがいいんだ!!」
…
…
「……なら、
アタシが起きないわけにゃいかないねぇ」
おばおねぇさん、が!
立ち上がっ…た!!そして!!
「アタシの……
ババア力を、受けてみなっっ!!!」
おばおねぇさんの周りに……光が集まると!!!
バ バ ァ ア ン ! ! ! !
おばおねぇさんが!
おばあちゃんに!!
(続く)
投稿時間、投稿時間よ。
いいから大人しく、
1分、戻りやがりなさい。