第二話 『ババア、見知らぬ広野に置き去られる』
──受付、開始5分前。
受付カウンターの、閉じた防犯窓の向こう側。聞こえてくる人々の騒めきが、まるで「早く開け」と言ってきているようだ。
……大勢、いるんだろうなぁ。
私、ステラは。今日からここ“ギルド”窓口係に配属された。
あらくれ者も多いって聞いてたから、ちょっぴり怖いけど……でも、みんな(お金目当てだけど)町のために働いてるんだ、新米で若造な私だって負けてられない!
壁掛け時計が時刻を告げ、大広間にある魔法のランタン達が一斉に灯った。
ん、時間だ。ひとつ深呼吸。
私の新しい日々、第一歩!さぁ頑張るぞ!!
ガラガラガラッ。
「おはようございます!お待たせしましたー!」
元気よく窓を開け、挨拶。
その目の前には、
「元気な娘さんだねぇ」
そんな私を見て微笑む、
見慣れない服装と変わった棒を持ったおばあちゃんがいた。
【 ババア無双 】
第二話
『ババア、見知らぬ広野に置き去られる』
「ちょ、おばあちゃん……おばあちゃん!?どうしてこんなところに」
「働き口を探してましてねぇ。掃除なら得意ですよぉ」
そう言うと、おばあちゃんは棒をフリフリした。どうやらあれは掃除用具らしいね。
「いやいやいや、ここは危ないお仕事多いですし!ほら、周りの方も怖い見た目が多いでしょ!?」
その私の発言に、野太い視線と怒号が飛んできた。
いけない、周りのあらくれさん達に失礼な事を言ってたっぽい。気をつけなきゃ。
「じゃなくて!おばあちゃん、変わった服装だし、何処から来たの?ご家族は?
必要なのは仕事じゃなくて保護じゃない?」
「それがねぇ。朝、目が覚めたら、ひとり町はずれの高原に居たんですよぉ」
「“徘徊”じゃないの!」
「やだよ、アタシゃまだボケちゃいないよ」
あ、いけない。またも失礼な事を言ってたっぽい。気をつけなきゃ。
でも私、知ってる。自覚のないおばあちゃんはみんな、ああ言うんだって。本に書いてあった。
ここは、役場の1階はずれ。
町の人々からの仕事依頼と、それを引き受けるのを生業とする方々、その斡旋を受け付ける課“町民職務一課(通称;ギルド)”。
平和で温暖、のんきなこの町でも。困ったことは起こるし、手が必要な雑用はある。外に行けば魔物だって出る。
まぁ、40年前に魔物との大戦が終わってからは少なくなったらしいけど。魔王とかが侵略してきた類の報せを耳にすることも、ほとんどないし。
話がそれた。
平たく言えば。ここは、困った事をお金で解決したいされたい人達の集う一角。
そして私は、配属されたてのホヤホヤヒヨコなのだ。
で、そんなところにおばあちゃんが来てた。仕事を探しに。
さっきは端折りすぎてたけど。よく話を聞いてみたら……なんと!おばあちゃん、異世界から転生してきたとか言い始めた。うん、やっぱり相談に来る場所を間違えてるんじゃないかな。
「で、アタシゃ身寄りがないからねぇ。
食べる分は、自分で稼がなきゃいけないのよぉ」
「うーん、そうですよね……
町民じゃないから、申し訳ないけど年金や補助金は出ないですし……」
私は頭を抱えた。
こんなおばあちゃんに、危険な仕事を任せられるはずないじゃない。
「おい、後ろがつっかえてるんだが。いいか?」
並んでた男の人が急かして割り込んできた。
ちょっといい鎧の、リーダーっぽい騎士の青年。
肌を見せるように着崩した、これでもかってくらいのギャル。
気難しそうな、いかにも従者って感じのメガネ。
一癖も二癖もありそうな、三人組だ。
「俺達は、異世界からこの世界に送られてきた“勇者”の一行だ。
この窓口に来れば、魔物退治の仕事を受けられるって聞いたんだが」
リーダー男が、抜かしよった。
そして私は再び頭を抱えた。また異世界?なに、ゲートでも開いてるの?
それとも私、ひょっとしたらやってたのはギルドじゃなくて病院受付?
「おやまぁ、アンタ達もかい?アタシも異世界から来たんだよぉ」
おばあちゃんが話に加わってきた。お願い、やめて。
「えええ~!
おばあちゃん異世界人なの?マジおどろきなんですけど~!」
ギャルが突然叫んだ。びっくりしたのはこっちだ。
突如フットーしたギャルの隣で……
気付けば、リーダー男の顔色も変わっていた。なんか横で従者もメガネをクイクイしてるし。
「…本当、なのか?婆さん」
「ええ。日本っていう国から来たですよぉ。アメちゃん食べるかぇ?」
「なんと……しかもまさか日本とは、信じられん」
「昭和、平成、令和と生きましたよぉ」
「…いい国作ろう」
「鎌倉幕府」
「本当だった……」
おばあちゃんとのよくわからないやり取りの後、今度はリーダー男が頭を抱え始めた。
「俺達がこの窓口に来た目的はな、魔物退治、だけじゃないんだ……
転生した際に、天からお告げがあったんだよ、
『この町のギルドに、今日、転生者が居るから』、って。
それで、魔物退治いや魔王征伐に、その人も誘おう、と思ってたんだが……」
言葉が途切れ途切れに言った。相当に困惑してるみたい。
その一方で。発言に、お婆ちゃんが目を輝かせていた。
「あらあらあら。それってアタシも連れて行くってことかいね?」
「……」
「……」
「……」
少しの沈黙の後。
「……悪いが婆さん、足手まといになる」
リーダー男が掌を突き出して拒絶し、
「あーしはそこまではいわないけどぉ、あっぶないじゃん?」
軽い口調で、ギャルが手をひらひらさせ、
「……」
メガネ従者が顔を背けた。
「受付さん。時間を改めてまた来る。
その時までに、魔物退治の情報をまとめといてくれ」
三人は、おばあちゃんを置き去りに、踵を返し出口へ消えてった。
その後ろ姿を見送りながら、
「仕方が、ないよねぇ……ババアだから」
丸い背中が、寂しそうに呟いていた。




