第12話 『ババア、愛に気付くが抱きしめず』
今日は私、おばあちゃんの新居に引っ越しの手伝いに来ている。
とはいえ、私がやったのは荷解き程度。
力作業は、何故か道中であらくれさん達が引き寄せられ、やってくれた。
「ババアのくせに、なに力作業してんだ」とか言って。
やさしいとか、いい人とか、もう超越して。様式美だね。
大体の作業は終わった。
休憩にと、縁側でお茶をする私達。
今日もいい天気だ。
「おっすーおばーちゃん☆ここに住んでたんだねー」
そこに、珍しいお客さんが。
「あらまぁアゲハちゃん、ごきげんようだねぇ」
そう。勇者パーティーのギャルちゃんこと、アゲハさん。
こないだは炊き出し対決で、おばあちゃんと名コンビお疲れ様でした。
それにしても。単独行動とは珍しい感じ。
「あれ?今日はひとりなんですか?」
「そ。今日オフの日だし~。
てか、よく会うねステラちゃんw正式におばあちゃん担当になったとか~?」
ぎくっ、何でわかるの……
「そ、それより今日はどんな御用ですか?」
「ちょっと、相談があって~」
そう笑顔で言った、アゲハさんの笑顔に、
ほんの少し、陰が。
「実はね。あーし……
いや、俺、ホントにオッサンなんだ。」
【 ババア無双 】
第12話
『ババア、愛に気付くが抱きしめず』
「え、っと……
悲劇って、あんまりに酷いと喜劇になるんですね。」
アゲハさんの相談を聞き、つい出てしまった言葉に。私は口を押さえた。
「ちょっと、それはないだろ」
それに応えたアゲハさんの、声のトーンは低い。
謝りながら、私の頭の中は混乱していた。
だって、アゲハさんが語った内容が、あんまりにも情報量が多くて。
え?今までずっとギャルのふりしてたの?
いやまぁ、ギャルだもんね?
ていうか、こないだ私にナンパしてきてたよね?
「ええとつまり……
本当に“体は乙女、心はおっさ……おじさん”ってことです?」
その私の言葉に、しょぼくれたアゲハさんが俯いた。
「ちょっと違うねぇ。
どちらかと言えば、『僕、私、入れ替わってる~?!』の片方。そっちがしっくりと来るんじゃないかねぇ?」
そのおばあちゃんの言葉に、アゲハさんの顔がぱっと上がった。
「そう!それだよおばあちゃん!つーかよく御存じで」
「アンタが生まれた頃にはもう、王道なテーマなんだよぉ」
なんだかよくわからないけど歴史を感じざるを得ないその会話。
ただ言えるのは。事態の深刻さとはあべこべに、少しだけ気分が上向きになったっぽい。
ヴァイスヴァーサ、もといナイスおばあちゃん。
何にせよ、解決策を考えないといけないよね……
「そうだ!ってことは、どっかの男と階段を転がり落ちれば解決……」
「解決しません。ただの事件じゃないですか、しかも殺意が高めの」
「そんなの引き受けてくれるのはジャッキーくらいだよぉ」
再び項垂れる私達。
女三人、寄っても唸り声しか上がらない。
「困ったわねぇ……
アタシも長い人生生きてきたけど、男にはなったこと無いよぉ」
「いやいや。あっても困るって、リアクションに」
「……!それだ!!」
「うぉうびっくりした、どったのステラちゃん」
「いや、ですから。もう一回、男になってみればいいんじゃ?!」
「へ?」
◇ ◇ ◇ ◇
「お、お待たせ、おばあちゃん」
「あら男前ねぇ、じゃぁ行きましょ」
というわけで。
男の恰好をしたアゲハさんと、おばあちゃんは。町中を手を繋ぎ歩き始めた。
その後を、こっそりついていく私。
「それにしても、胸のサラシが、苦しい……」
「我慢だよぉ。中々に男前なんだから、胸あったら変でしょうに」
……ムカつくのは、男装が様になってるから。うんそうだ。
それにしても。
最初はぎこちなかったけど、
「あら、綺麗なお花」
「おばあちゃんはどっちの花がいい?」
「!危ない、車が!!」がばっ
「きゃっ」
「おばあちゃん、公園だしちょっと休憩しようか。はいお茶」
「あらあら気が利くねぇ」
「ほら、アメちゃん食べるかぇ?」
「ん、おばあちゃん前と味変わった?」
「でねぇ、その時のウチの旦那ったら、腹立つのよぉ」
「ステキな旦那さんだったんだね」
こうやって、アゲハさんを見てると。
「それにしても、やっぱりアンタ男の人だねぇ。
今の立ち振る舞いの方が馴染んでるよぉ」
「そう?アハハハ」
うんうん、私もそう感じてた。
ていうか、今までのギャルっぽさが如何に“作られたもの”だったか解る。
アゲハさんも、晴れた表情で笑いながら返してるし。
公園のベンチで、和やかな空気が流れていた。
「あ、アゲハ……なのか?!」
そんな様子のところに。
台所の勇者さんだ。またえらいタイミングで出くわしちゃって。
でも、狼狽え方が尋常じゃない。生まれたてのスライムのようにプルプルしてるのが、遠目でもわかる。そんなに男装がショッキングだったの?
で、パッとアゲハさんを見たら。こっちはこっちで今なら水の精霊と契約できるんじゃないのかなってくらい滝汗をかいてる。
ど、どうしたの二人とも……
一触即発とも瞬間冷凍とも言える針の筵が、半径数メートルを包んだ。
「どうかしたんかぇ?」
おばあちゃんが問う(ナイス!)。
アゲハさんが恐る恐る口を開いた。
「じ、実は、勇者とメガネには打ち明けてて……
その時、ショックを受けてたっぽくて、それもおばあちゃんに相談しようと」
そ れ を 早 く 言 わ ん か い 。
超重要問題でしょうが!!そんなこと聞いてたら町行き提案しなかったわ、ニアミス防止で!!
「ででも、打ち明けた時、勇者が『ちょっと宿屋で横になるわ』とか言ってたから。町に来ても大丈夫かと思ってきたわけで」
いいはずあるか!
……あっ。
そ、そのリアクションって、台所さんあなた、まさか……
数秒の間、その後。
一瞬下を向いたアゲハさんが、深呼吸をひとつすると。
冷や汗は止まっている。
「でも、もう大丈夫。」
決意の目色で、台所さんを真っ直ぐ見つめた。
「俺は……」
ダメーー!!いくら何でもオーバーキル!
人間関係という名の薄氷上で、これ以上タップダンスしないで!
「アゲハァァァァァァァアアア!!!!!!」
!?
突然、台所さんが絶叫した。あーびっくり。
公園に居た、周囲のみんなが振り向く。
「たとえどんなであろうとッッ!!お前はお前だぁぁぁあッッッ!!」
「え、それ今から俺が言おうとしてたんだけど」
至近距離で、アゲハさんは恐れおののく。
「アゲハァァァ!!!俺は、いや僕はッッ!!!」
察した私はそっと立ち退く。もう見てらんない。
「好きだぁぁぁあああああああああ!!!!!!!!」
……
……
「いや、だからさ、俺ギャルのガワ被ったオッサンなんだけど」
「知るかァァァァ!!僕は一向に構わんッ!!」
「じゃなくて、俺がヤなんだけど……」
「うるせぇぇぇええええ!!!」
「ひっ……く、来るな」
「拒否っっっ!!!」
「───ッッ!!」ダッシュ
「アゲハはッ!とンでもないものを“盗ん”でいきましたッッ!!
僕の“心”です!!待てぇぇぇぇぇン(はあと)」
…
今までの人生で、まるで見たことのない迫真の、表情とダッシュ。
それが、ふたつ。
両方とも泣いてたなぁ。
瞬く間に、豆粒ほどの大きさと化した影に。私は笑顔を向け、呟いた。
なんて、気持ちの悪い、連中なんだろう。
「青春だねぇ」
おばあちゃんはただ、ベンチでお茶を啜り。
今日もいい天気だ。