8
食後のデザートには重たいやり取りで決意を新たにした翌朝。
寝起き一番で薔薇を幻視する王子様の顔面ドアップだったのはさて置き、修行編開幕である。
「……うん、二人とも窒息死してないな」
僕が起きてすぐにそう呟いたのは無理からぬことだった。なにせ眠りが深いと仮に呼吸が出来なくなってもそのままご臨終する可能性があり、そうなった際に叩き起こす役として僕は夜中まで起きていたので正直超眠たい。
昨日はあの後座学って空気でも無くてすぐ床についてしまったから今日は昨日の分も座学を増やさねば……。
それは兎も角、明るい内は実技の修行である。
「今日はにゅうくりあくたぁします」
「なんて!?」
「にゅうくりあくたぁ、します」
「ニュークリアクター!?」
当然の様に、戦国時代にニュークリアクターなどない。
適切と思える言葉があったので用いてみたのである。
「って何だ!?」
尚、伝わらない模様。
「えぇと、原子炉って言っても伝わらないよね。制御された核分裂連鎖反応を維持することができるよう核燃料などを配置した装置、かな」
「へー」
「へー。あ、じゃあ意味違うかも僕のいめーじは漫画に出て来た技だし」
僕もよくわかってなかったようだ。
慣れない横文字言葉は使うもんじゃないね。
「まあ言ってしまえば『砲』の修行なんだけれどもね」
「おぉ……あのめっちゃ魔法っぽいやつだな」
「……多分ふぁいあぁぼぉるとかを想像してるんだけど『流』もちゃんとした術式だからね」
「いや分かってるけど目視出来ねぇし」
「実感したいの? じゃあちょっと『流』の速度を速めて見なよ。多少荒くてもいいから」
ぶっちゃけ始めて二日で術式を使えるようになってるのが頭おかしいんだけど。
『流』の制御とか普通は一週間、出来ない奴は一ヵ月とか掛かるからね。
「おぉ……やったぞ。それで?」
「思いっきり飛べ」
「よしきた、おっりゃ――――ぁぁァぁっぁぁぁぁぁぁぁあぁ!?」
ソルは星になった。
「このように、『流』は分かりやすく身体能力を向上させる。ってこれは最初に言ったか」
「いや、ソルは大丈夫なのか!?」
「落下時に『流』を解いてたら死ぬね。『魔素呼吸循環法』で多少は頑丈になってるだろうけど飛び過ぎ」
滞空時間十秒以上の上空から対策無く落ちて死なない人間はいないよ。
まあ大丈夫だろ、ソルならむしろ強化を更に強める位の自衛はするって。
「……? でも振ってこないね」
「もしかして垂直に飛ばなかったんじゃないか」
「……秘密基地の上に落下とか勘弁しろよ」
「ソルの心配してあげなよ……」
「あいつの骨は折れても治るけど秘密基地の屋根は長い時間を掛けて草が生い茂ったんだぞ」
ザバァァァアン、と視線とは逆方向で着水した様な轟音が鳴り響く。
「あ、池に落ちたっぽいね」
「行こう」
狙った訳じゃないだろうけど、これなら『流』を解いてても生きてるな。
池の方へ走っていくと、ソルは既に岸に上がって来ていた。
この森の池は下流にある為、落ち葉や泥でお世辞にも綺麗とは言えない。まあそこに住む生物的には好ましい環境なのかもしれないけれど。因みにかなりデカい。
ソルは一人、ドロ遊びでもしたような風貌で、幽鬼の様に待っていた。
「死ぬわ!」
「と、この様に碌に匙加減も分からない内に全量でやると取返しの付かない事になりかねないので気を付けるように」
「えぇ……無視かよ?」
「まあ丁度良かったし。注意勧告的にも修行場所的にも」
「……修行場所?」
「そう、高所から落ちても死なない池の上が今日の修行場所」
「凄い、嫌な予感しかしないぞ!」
なんでだよ、死なない為の安全策を設けてる超良心的な仕様じゃないか。
僕の時は落ちたら普通に死ぬ絶壁の上でやったんだぞ。
「まず何をやるかのお手本な。まずこのように……足で『砲』を放って飛ぶだろ?」
「まず足で『砲』を放って飛ぶだろ!?」
「手でもやった事ないのに!?」
「いや、手には武器を持つし『砲』って基本的に移動手段にしか使わないから」
二人が何を言ってるのか分かりません。
『砲』なんて魔素中毒の時以外はほぼこの使い方しかしないぞ。
「えぇぇぇ……」
「というかそれで移動する前提なの!?」
「そりゃそうだ。息を出来るようになったら今度は歩けるようになる練習をするのは自然の摂理だと思うけど?」
「まさかこれもそのレベルの技術なのか!?」
「……何も出来ない奴等に応用技なんて教える訳ないだろ。ちんたら走ってたら間に合わないしぶっ殺されるぞ」
それこそ、『魔素呼吸循環法』と違って名前すらない技術だ。しかもそっちと違って特に何か特殊な技術を修行に用いるという事も無いからそれらしい名前も無い。
だからニュークリアクターとか適当な事を言った訳だし。
「やべぇな騎士……侮ってるつもりは無かったけど甘く見てたわ……」
「私もだ……まあテレビ特番で映されるところなんて序盤も序盤なのは分かり切ってたし……」
「恐れ戦いてるとこ悪いけどまだ立っただけで歩いてすらいないからね」
そもそもこうやって同じ場所に居続けるのも噴射し続けなきゃいけないから魔素効率が悪い。
その辺の事は感覚で覚えるしかないからやりながらじゃないと覚えられないんだけどさ。
「というかちょっと離れてくれる? 巻き込まれるよ」
「……巻き込まれる?」
二人が言われるまま距離を取ったところで実演を始めよう。
「よく見てて、武士の歩法は……爆発だ!」
『砲』による噴射を止めて自由落下する最中、足の裏辺りで球場の光体が生成され、次の瞬間には盛大に破裂した。
吹き荒れる爆風、それによって空高く跳躍した僕は即座に次の光体を生成、爆破して加速と方向転換を同時に行う。
空を縦横無尽に飛び回る、という程の自由度は無い。
だが、魔素効率、進軍速度、即座に距離を詰める、緊急脱出、という観点から見るとこれ以上に優れた移動法は存在せず、武士であれば出来ない奴はそもそも戦場に立たないという位常識的な技術だ。
技量を高めれば剣術と合わせる事も可能で、僕位になると水面すれすれを飛翔し、水しぶきを浴びる前に向こう岸へ着地する事も容易い。
帰りは一度の光体生成で山なりに二人の元へ戻る。
「……さ、やってみて」
「…………どうやって?」
そういえば『砲』に関して言えば碌に解説もしてなかった気がする。
……ソルのせいで説明を一つ飛ばしてしまった。
「『砲』は出したい位置を針で刺して血が噴き出す感覚でやると出来るよ」
「針で刺して血が噴き出すってかなりガッツリぶっ刺してねぇ?」
「そうだね」
「……まあやってみるっきゃねぇか。痛くても我慢するって言ったばっかだしな」
「やるのは足の裏でも掌でもどっちでもいいよ。『砲』の感覚さえ掴めば耳からだって放てるようになるから」
「耳から魔法を放つのは嫌すぎるね……」
針は事前準備の段階で生活な待ち針を二本用意してある。
……用意してたのに頭からすっぽ抜けてたのである。
「勢いよく行って間違って貫通させない様にね」
「針ってこんな細くて良いもんなのか?」
「太い方がやり易いって人は居るらしいけど怪我の治りが遅くなるし大量消費前提の大出力なんてほぼ使わなんし細い穴からピュ―位の感覚で覚えた方が精密操作には向いてんの」
「そういうもんか」
「ていうかぶっとい針をぶっ刺したいか?」
「まあぶっちゃけ、魔法使えるならそん位って思うよな」
「えぇ……狂気の沙汰だな」
術理を神聖視し過ぎだ。
というか、そんな太い針を掌に刺したら治るまでに絶対感覚狂うだろ。
剣士の商売道具だ、もうちょい大事にしてほしい。
「まあこの場に限って言えば『砲』の行使が可能になったら直すからあんまり関係ないけど」
「直すって、明志が? 魔法で?」
「うん、本職程の効果は無いけど針一本分位の傷なら一秒掛かんないよ」
「本職……? 治癒魔法ってフィクションだったような……」
「え? 本職は腕の五、六本位普通に生やすぞ。で、戦い終わったら切り落として治して無かった事にする」
「何だそのクリーチャー超怖ぇ」
「ていうかそれはもう治癒魔法じゃないね」
酷い言われようだが、そいつとは別に友達でも何でもなかったので特に名誉回復に努めたりはしない。でもこれにを行ったのが聖女とか呼ばれる人種だと知ったらどんな反応を示すだろうかは少し気になる。
話を戻そう。
「感覚としては、針ぶっ刺してその反対側の手で血液じゃなくて魔素で同じ状態に持ってく感じでな。うまく吐き出せずに魔素が溜まるとそこから肉体が異形化するから気を付けろよ」
「因みにそっちも直せたりは……」
「しないぞ。それじゃあは朝餉の用意に行くから出来たら秘密基地に戻ってきて」
「え、俺等は放置かよ」
「見ててもしょうがないし、僕が居たら逆に成功しないかもしれんから」
師の前だと無意識の内に緊張して本来の力を発揮できないなんてよくある話だ、今回はちょっと腕が人間止めるかもしれないだけで失血死とかそんな感じの失敗は心配ないので、自主練で良いだろう。
「紫苑も、それでいいよね?」
「うん、勿論だとも」
流石である。
言葉に難の気負いもない、出来て当然たと言わんばかりだ。
「じゃ、頑張れー」
僕は精力のつくもの狩って朝から美味いもん食わせてやる為に頑張るから。
音も無く跳躍してその場を離れてた。