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 その後雑煮が煮えてお椀に盛って差し出したらまた似たようなやり取りがあったのはさて置き、雑煮は鍋の中に汁一滴も残らず完食された。

 これだけ食べれば流石に落ち着いたようだ。


「さて……二人が思った以上に我慢弱い事が発覚してしまった」


 あの程度の飢えで我を忘れるなんて誰が予想できるだろうか。

 いや、そういう経験が無かったって言うのは分かってる。そういうのを加味した上で、これは意識の違いに結構な隔たりがある事を表しているのではないかと僕は考える。

 当然といえば当然だ。こと修行に関して僕の感覚は戦国時代のままなのだ、二年やそこらでその辺の常識が窟がったりしないし、伊達に無意味な修行で命を失い掛けたりしてない。


「これは計画を下方修正する必要があるかな……」


 当たり前の事だが、修行には痛みが伴う事がある。

 というか、武士になる為の修行は素振りや型錬といった反復練習よりもそっちの方が多い位だ。


「僕の感覚でやると、二人は絶対ついてこれない」


 苦しいから休憩したい、と言われたら修行が進まない。

 痛いから待ってくれ、と言われたら何も出来ない。

 我慢しろと言われたら足が折れていても歯を食いしばって立ち上がる位じゃないと、戦場に出ても死ぬだけなのは戦国時代で既に歴史が物語っていた。


 そもそも彼等がなりたいのは武士じゃなくて騎士(シュバリエ)だ。

 第二次世界大戦時、外部からの爆撃……核攻撃への対策を取った『天津・穿チ貫ク鎗搭』は相対的に弱体化した。具体的に言うと、生み出される鬼共の質が今迄からは考えられない程に低次元の存在になったらしい。

 あまり信じてなかったが、鬼以外が魔殿(ネスト)に出現したとも。

 だから現代社会においては騎士(シュバリエ)等という職種の人間がちょっと間引くだけで脅威になる事は無く、娯楽や資源として消費さえされている。

 これは外国で唱えられた理論だが、魔殿(ネスト)にもリソースがあって、無尽蔵に何でもできる訳では無いらしい。それ故、現代において肥大化しすぎた魔殿(ネスト)への対策として爆撃があげられる。

 防御にリソースを割けば、魔殿(ネスト)が攻撃に転じる事は無い、それは世界規模で実証されているからだ。

 そもそも中から出てこないというのが昔じゃ考えられない、何せ僕等は徹底抗戦しても尚、僕等はたどり着くことさえできなかった。


 だからまあ……要求水準を下げても問題は無い、んじゃないかなぁ……。


 魔殿(ネスト)が防御にリソースを裂き、弱体化したところを討伐したと言う事例は外国なら腐る程ある。ただ『天津・穿チ貫ク鎗搭』の格が違うというだけで。

 ニュースを見る限り、弱体化して尚攻略は恐らく半分も進んでいない。

 昨今になって外国人騎士(シュバリエ)の受け入れが本格化されるような動きがあるし、多分僕の代じゃ討伐される事は無いだろう。

 そもそも弱体化した事で討伐する大義が薄れ、騎士(シュバリエ)の大多数が金の為に潜っている。この情勢で勝てるなら戦国時代の僕等は道化もいいとこだ。


 携帯で情報を集めてこの位やれば大丈夫って所まで教えて、トウキョウには一緒に行くし魔殿(ネスト)にも潜るけど生活が安定し、一人前になったところで僕の義務は終了って事にしようかな。

 流石に生涯おんぶ抱っこは勘弁だけど、その位なら義務の範疇でやっても良いかなって思えるし。

 よく考えたら僕までずっと騎士(シュバリエ)やる必要ってどこにもないし。


「それは待ってくれ」


 僕の呟きに声を上げたのは綾小路だった。


「醜態を晒した後で言うのは恥ずかしいが、私は明志に追いつくつもりでここに居る」

「私達、だ。俺は最強になる」


 いや僕は最強じゃないけど。

 戦国時代だと……相性もあるから強いとか弱いとか正確な事は言えないけどよくて中の上位?

 猟師の子だから武士と比べて血統の差は当然あったし、血反吐は吐いたが僕より努力してた奴なんて腐る程居ただろう。

 ……って、そういう話じゃないか。


「でも、言葉じゃなんとでも言えるし……」

「まだ初日だ、これから有言実行できる奴になるッ!」

「だって空腹すら我慢出来ないんでしょ?」

「する。次から。てか言えよ。言われたらしたからな」

「言っとくけど、今日の呼吸出来ない苦しさとか苦しいに含まれないよ?」


 死ぬ可能性は確かにあった。

 だけど何度も言うが、これは大前提の技術なのだ。出来ない奴はそもそも戦場に立つ事すら敵わない類の、剣を握る以前に歩けるかどうかという動き。

 なにせやってるのは息をする事だ、皆やってる事にちょっと手を加えたからってそれを褒められるのは赤ん坊位だ。

 明日からやる予定だったのは、これより死ぬ可能性は低いけど百倍キツイ事だ。


「やってみなきゃ分からないなんて言わねぇ、やってやるさッ!」


 根性論である。水掛け論になるから何度も言わないけれど、言葉じゃ何とでも言えるのだ。

 今の二人には飢えすら我慢出来なかったという結果があるのみだ。

 才能は……有るんだろう。

 当たり前みたいに吠えてる時点で呼吸はもう安定してきてるし高山病の症状もまるで見られない、これは驚異的順応性と言って良いし、既に『流』は多少なら速度を変えても問題ない位安定している。

 秘密基地に来る前はまだ出来ていなかった事からこの短い時間でもうコツを掴んだのだ。

 それに、ソルは分からないが綾小路は武士の家系だ。しかも戦国時代より世代を重ねている。

 今世の僕の家系だどうなのかは家系図を見てないし知らないけど、それでも間違い無く現段階で前世よりも出力は上がっているのだから武士としての才能は間違いなく現代に生きる人間の方が高い。

 ただ、それでどうにかなるならとっくの昔に魔殿(ネスト)は根絶している。

 その先を求められるから、武士は英雄なのだ。


「痛いし疲れるし敵をぶっ殺す事以外になんの役にも立たないよ?」


 そう、正しく塵屑の様な技術だ。

 現代に至っては心血注ぐ意味なんて何処にもない、人としての生涯を全うする上では欠片も必要とされないただの趣味に等しいそれにそこまで入れ込む意味ってあるのかな?

 少なくとも僕には見いだせなかった。

 やれたことを全部やれるようになって、よかったと思ったのは蚊取り線香が不要になった事だけだ。

 だけどアレの匂いは夏だなって感じがして好きなので虫除けの呪符を張っていても無意味に焚いたりする。


「そんなのは百も承知だッ! 教えを請うたのは俺達だッ!」

「……別に要求水準を下げたって投げた出したりしないけど?」


 有言実行できる奴になりたいのは僕だって一緒だ。

 ただ要求水準を下げなくたって道を違える可能性は普通にある訳で、それが今決まるか後からそうなるかの違いでしかない。それにもしかしたら戦場に出て大きく変わるかもしれない。

 良くも悪くも、そう言う奴は一定数いる。

 因みに僕は何も変わらなかった、修行中から変わらず出来る事をやるだけだけの奴だった。


「私は明志と対等でありたい。一方的に貰ってる分際で何言ってんだって思ってるかもしれないけど……それでも、侮らせない、見下せるなんて思うな」

「最初に借りは出世払いで返す言っただろッ! 百万倍の利子付けて返してやるから覚えとけ!」


 ここまで言っても二人の意思は変わらない。

 もしかしたら意固地になってるだけかもしれないけれど、少なくとも僕の言葉で意見を覆す事は出来ないようだ。

 無論、修行内容を明文化してない以上は何も言わずに要求水準を下げる事は出来るだろう。

 だけど多分、二人は気付く。

 綾小路は今見たく僕の雰囲気で、ソルは野生の勘で。

 僕自身、そういう事をしたくないというのもある。やりたいと言うならやらせるのが浪人であった僕の流派の教えだ。

 ――それに、どうしてもとお願いされてしまったし。


「……わかったよ。そんなに言うなら要求水準は下げない、むしろ一段階上げることにする」

「望むところだッ!」


 分かってたけどいい返事だ。


「取り敢えずこの一年半は二人を弟子として扱う事にするよ。方向性とか自主性に任せる予定だったけどやめる。いまから二人は僕と同門だ」

「むしろ、流派に沿わず最低水準まで引き上げる事が出来た事が驚きなんだけど……」

「まあその位は普通に。因みに異論反論異議申し立ては受け付けないから」


 どういう武士になるか、というのを二人の意思に委ねないなら分かりやすく実力を数段上げるのは容易い、間違いなく覚える術理は倍以上に増えるだろうし、最初から立ち回りの方向性を定められるから。

 ただ戦国時代の兵法である以上どうしても古臭い考えだと言われる可能性も考えていたから、そうしないつもりだったけど、弟子にするなら話は別だ。僕のエゴを押し付けまくることにする。


「構わないよ。師匠とか呼んだ方が良いかな?」

「一年半経ったらトウキョウへ行ったら対等の関係で徒党を組むんだから言葉の上だけでも上下関係は必要無いよ」

「わかった」


 これに同意が得られるなら僕からノルマを引き下げる事は無いよ。


「けど僕はいい機会だから綾小路を紫苑って呼ぶことにする。いいよね?」

「え?」

「前からおかしいと思ってたんだ。厳十郎は厳十郎なのに綾小路は綾小路って変じゃね? って」

「げ、げんじゅうろう? 誰だ?」

「……私の、祖父だ」


 厳十郎と仲良くなる切っ掛けになったのは、この森で狩りをしたり秘密基地を建造する際の許可を貰いに行った時だ。

 それ以降、凄く意気投合して修行の合間に一緒にご飯行ったり遊びに行ったり随分懇意にしている。顔は怖いが凄く優しいし厳十郎に孫みたいに扱われるのは嫌いじゃなかった。


「将棋友達なんだよ、最近はゴルフも一緒に行くよ。で、いいよね?」


 それに弟子となれば関係は今よりも密接になる。

 何だかんだ三人でいる事が多いのに、綾小路だけ何時までも苗字呼びというのは他人行儀なのは頂けない。

 そもそも綾小路はなよっちい同性より男然としているのに異性に対する微妙な距離の開きが呼称に現れているようでなんだかなーって思ってたんだ。

 しかも綾小路は僕の事を明志って呼ぶのにね。


「も、勿論だよ」


 何で今迄のやり取りは即断即応だったのにどもるんですかね、紫苑さん。


明志との友好値一覧(30%以上を友人、70%以上を親友と定義する)


矢神ソル 41%

綾小路紫苑 48%


綾小路厳十郎 92%

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