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前世の経験ありきであるからこう言うのが適切であるかは分からないけれど、自給自足には慣れている。
猟師の子であったから日ノ本に自生する茸や野草の類であれば食材に適しているかどうかも分かるし、その精度は図書室で熟読した図鑑を見る限り確かなもので、確かに無人島に放り込まれても飢え死にする気はまるでしない。
……いや、生態系がまるで違う環境だったら食える物が減る程度の知識だけれどもさ。
生前の僕は徒党を組んで『天津・穿チ貫ク鎗搭』へ挑む武士ではなく、また武家の人間でも無い何処にでもいる猟師の子であり、村々を流浪しそこに出た鬼共を狩る浪人だった。
『天津・穿チ貫ク鎗搭』に挑むには徒党を組まねばならないが、家柄や実力的な理由から召し抱えられず、しかしそれでも鬼共への憎悪を抑えきれず、武士の取りこぼしたはぐれ鬼共をぶっ殺して回るのが浪人という人種である。
素養的には武士と同程度のモノを持ち、なりたての浪人は兎も角一人で幾つもの鬼を打倒した浪人は一角の実力を持ち、周囲から尊ばれ、武士に召し抱えられたり村の用心棒として雇われたりしてその扱いは決してわるいものではなかった。
かくいう僕も、武士が取り逃がした名のある鬼を打倒して、そこで武士に召し抱えられ、大戦に参戦した事もある。
最終的にはとある村の用心棒に落ち着いたけれど、その生涯は敗走無き戦に満ちていた。
まあ敗戦すると間違い無く死ぬので、生きている以上敗走はほぼ確実に無いとか、そういう話なのだけれども。
「な、なぁそろそろ良いんじゃないか?」
「まだ」
「――そろそろ良いだろッ!?」
「まだ」
「まったく意地汚いなアースは。……ねぇ、あとどの位で煮えるのかな」
「その質問火にかけた瞬間からされてるんだけど……」
瓦斯焜炉とかと違って火力が均一じゃないんだからちょっと待って欲しい。
川から水を汲んでくるついでに食べれる茸と山菜と川魚を採取して秘密基地へと戻ったら、ひとしきり驚き終えたのだろう二人は飢えていた。
一息ついて気が抜けたら自分の胃袋が空っぽである事に気が付いたという感じで、ソルなんかは備蓄の塩に手を出そうとしていて、綾小路もそれを止めようとする様子が無いんだからよっぽどである。
手早く下拵えをして鍋にぶち込み、常備している調味料で味付けし、湯気が立って雑煮の匂いが秘密基地内に広がった時にはもう二人は鍋に釘付けだった。
今回は大鍋をめいっぱい使って量を作ってるから何時もより煮えるまでに時間が掛かるのは仕方ない、家から持ってきた餅も十個全部ぶち込むし、横で川魚も焼いている。
この森は食材豊富だ、次期的にも丸々太った川魚が採れるし、青々とした山菜や艶やかな茸を出汁と醤油で煮込めばそれはもう暴力的なまでに食欲を煽る、ある種の日ノ本人ホイホイと化す。
ていうか米欲しいな、米。ここで焚けなくもないけど囲炉裏占領しちゃうから、家で焚いて握り飯を作ってくるのが最良かな。いや、ここで焚き込みご飯もアリかもしれん。秋になったらやろう。
二人が飢えているのは単純な空腹というのもあるが、急に増えてあ魔素というエネルギーを円滑に活用する為に体が適応しようとしているのに栄養がまるで足りていないせいで極度の飢餓状態にあるのだと思う。
それにしたってここまでか? と思わなくもないけれど。
「ていうか明志って料理出来たんだな」
「失礼過ぎる……煮たり焼いたり解体す位なら誰でも出来るよ」
「言い方がこえーよ」
「ていうか最後は誰でもじゃないよね」
「程度の問題だろう。魚も下ろせないは甘え」
そりゃあ皆が熊を解体できるとかは思ってないわ。
いや、他に食べる者が無くて品質に拘らなきゃどうにかするんだろうけどね、人間は。
「ほら、魚が先に焼けたから……」
「ヒャッハァ!」
「ちょ、火! 危なっ!」
「いただきまふ」
「綾小路は手に取ってから食べてよ!?」
ソルは僕の手にあった魚串ではなくまだ火元にあった魚に手を伸ばし、それを回避した先で待ち受けていた綾小路が躊躇なく魚にかぶりついいていた。
「「熱ふい!?」」
「そりゃそうだ! ちょっとは落ち着けよ!」
後、ヒャッハーはいただきますに含まれない。
「ちゃんと取り皿も持ってきてるし説明ちゃんと聞けよ! 自分達が慣れない呼吸の最中だった忘れてるだろ!」
「……!」
「ほら言わんこっちゃない!」
ソルが喉を抑えているが、これは喉を痞えたのではなく急に呼吸が出来なくなったのだ。
『魔素呼吸循環法』の修行は続いていて、彼等の気管には今も変わらず呪符が張り付いている。
何時も通りに口へモノを入れればそれが途切れて呼吸が出来なくなる。
「あーもー! ぺってしな、んでちゃんとさっきまでやってた呼吸をするんだ」
「…………! ……ゴクン」
ソルは聞こえているのかいないのか、呼吸出来ない状態異で飲み込んだ。
……いや違うなコレ。空腹のあまり飯を吐き出すって選択肢が無いだけだ。
「あ゛ぁー! 死ぬかと思ったッッ!」
「本気で死ぬから指示はちゃんと聞け!」
「いやいやいや! あの空腹状態でそんなの無理だッ!」
「えぇ……」
そこまで言う程じゃ……ってあぁ……時代か。
そうだよ、この時代の人は餓死が隣人みたいな環境にいた訳じゃなないんだから米一粒の為に人を殺せるような精神状況になんてなった事ないよな、そう考えると生れて初めて感じる飢餓に暴走したのもまあ頷けるか。
「綾小路も、人の手からなんてはしたないぞ」
「いや申し訳ない……我を忘れていたよ」
「うん、まだ駄目そうだ」
だって謝罪を口にしながら魚をついばんでるもの。
だから自分の手に持って食えと、餌付けしてる気分だよ。
てか綾小路だって呼吸は途切れてただろうに、お構いなしか。
「……はぁ、あんまりいっぺんに口に入れず、呼吸を意識しながらよく噛んで食べなさい。知ってると思うが……ご飯は、逃げない」
「ふぁい」
「わふぁった」
既に口に物が入ってるがな。
「……美味しい?」
「サイコーだッ!」
「塩加減が絶品だ。これなら内臓があったままでも美味しくいただけたよ」
内臓の苦みとか嫌いな奴の方が多いしアウトドア初心者相手だからちゃんと下処理したけれど、確かにこの感じならそのまま焼いても喜ばれたかも?
けど前世なら兎も角今の僕は舌が肥えて美味しい物が食べたいので下処理はちゃんとするよ。
「あぁーもう綾小路は自分で持って食べないから口の周りが凄い事になってるじゃないか」
「え、あ、す、すまない。私としたことが……」
「ほら、動かないの」
綾小路の口の周りを布巾で拭ってから、立たせて服にぽろぽろ零した魚の屑をほろう。
再び座らせて、食べかけの魚を皿に乗せて渡す。
「はい、ちゃんとお皿を持ってお行儀よく食べなさい」
「う、うん」
「普通の人はソルみたく骨ごとマルカジリなんてしないんだから。気を付けないと相応に汚れるんだよ」
横で二本目に手を伸ばしてるソルはしかし、綺麗なもんだった。
尾鰭も頭もお構いなしに三口で魚一匹食いきっている。
ていうかまだ煮えてないけど汁物もあるっていうか僕的にはそっちメインだったから胃袋の残量を残しておいて欲しいんだけど。
「オカンかよ」
違うぞ、おじいちゃんだぞ。