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それから五時間位ぶっ続けで『流』の修行を続けた。
他人の『流』の巡りなんて流石に何となく程度しか分からないけど、露骨に不味そうなところは指摘し『流』を止めて適切な流れを知り、再度『流』で適切な循環を心掛けるを反復する。
それ以外のやり方を僕は知らないけれど、『魔素呼吸循環法』を覚えたての魔力循環が分かりやすいこのタイミング以外でやる場合は正しい流れを覚えるのが尋常じゃなく大変なのは言うまでも無いだろう。
無論、効率を考えなければ『流』の発動自体は出来るんだろうけど、魔力のロスは間違いなく多いだろうし、体にもよくない。下手をすれば『禍津』に繋がる。さっき言った魔力溜まりの爆散はそれの延長線にある現象だし。
「……お、綾小路は分かって来たっぽいね?」
「もう!?」
それな、はえーよ。
元から何でもそつなくこなす奴ではあったけれど、術理習得においてもそれは変わらないらしい。
しかし、言われた本人の表情は芳しくない。
「……いや、煽てないでくれ。ソルよりは出来てるってだけだろう? 上手くいってないのは自分が一番分かってる」
「いや、ある程度まで出来るようになったら後は個人の感覚でしか分からないから。少なくともそういう次元には来たって話だよ」
「……じゃあ目安はさっき言ってた濁流の様な感覚がなくなる前に正しい流れを覚えるって感じで良いのかな?」
「そうだね、それさえ覚えとけば速度は後回しで全然構わないよ」
ていうか、綾小路の思う『出来る』の敷居は大分高そうだな。
最低でも90点は取れて無ければ満足はし無さそう。
要領が良いのはいいけれど、別に習得速度を競ってる訳じゃないんだし、焦る必要もないのだが。
「ぐぉぉぉ……! 俺ともあろう者が後塵を拝するとは……!」
「ソルはなんて言うか全体的に雑。何となく出来て来てるっぽいけどこれは選手生命にかかわる事だからもっと丁寧にやんないとまずいよ」
「わかった……ッ! やってやる、やってやるぞッッ!」
辺りはとっくの昔に真っ暗でホワイトボードはもう仕事が出来ないけれど、今日はもう座学の時間は終了である。
というか、五時間で普通に会話出来る様になるとか羨ましい才能だな。
普通、酸素が足りなくて碌に動けない状態が続くんだけど……動けないけど寝たら死ぬかもしれんからついでに『流』の修行をやる訳だし。
「ここまで出来たら今日の所は取り敢えず残りは自主練でも良いけどどうする? やりたいなら付き合うし秘密基地に連れてくけど」
「「秘密基地?」」
「僕が修行中に帰るのめんどくせーってなる事が度々あったから雨をしのげる程度のやつを拵えたんだよ。三人雑魚寝する位なら出来るけど?」
前世の記憶の信憑性を確かめる意図もあって、思い出してから結構すぐに手を掛けた秘密基地で、その出来栄えは少なくとも人を呼べる程度には自信を持てるものだ。
昨今はDIYとか言って素人が結構大きな物を手掛けるのにも抵抗の無い時代で、僕がそういうものに手を出していても不審がられる事は無い。
それに『魔素呼吸循環法』はずっとやり続けなきゃいけないもので、ずっと寝たら死ぬような状況で良い訳も無い以上、いざという時叩き起こす役を交えての寝る練習も必要だから秘密基地が嫌ならここで野宿になる。
「何だそれ行くっきゃねぇだろ!」
「秘密基地に浪漫を感じなきゃ男じゃないよね」
いや綾小路、偶に忘れるけどお前は元から男じゃない。
「いや、そんな立派なもんじゃないし、子供一人で作ったものだから期待されても困るよ?」
秘密基地は修行場から徒歩二分。
あんまりいい場所が見つからなくて探し回ってたら結構遠くなってしまったという本末転倒な経緯を経て決めた立地である。
「これは……」
「……半端ねぇ、やっぱり明志は半端ねぇわ」
リアクションが予想外過ぎた、二人は素直に驚いている。
「どうしたのさ、そんな驚くようなもんでも無いでしょ」
「いや……これが大したこと無いって……」
「忘れてるかもしれないけど、僕は術式使いなんだぜ」
「いや驚くわ! 同年代のダチに秘密基地っつって案内された先に竪穴式住居があったら!」
何でじゃ、材料費は自然由来のモノに依存せずともお年玉で事足りる程度しか掛からず、足場を組む必要も無く出来る家形の住処っていったら縄文式竪穴式住居以外の選択肢無いだろ。しかも今となっては屋根に乗せた土に草が生えて森への擬態も完璧なんだぞ。
本当は害獣対策にもなるツリーハウスを建てたかったんだけど技術的に無理だったわ。
「ちょっと何言ってんのか分かんないけど取り敢えず入りなよ。虫とかどうしようもない部分はあるけど手入れは怠ってないよ」
「何で分かんないんだ!」
「ソル、言っても無駄だから。明志だから」
んな無自覚チート主人公みたいな扱いされても……本当に魔法が使えればそんな手間でも無いんだって。YooTubeでも魔法無しで二日で作ってる動画とか普通にあるんだぞ。
一番大変な穴掘りをどうにか出来るならどうとでもなるんだマジで。
柱にする木を切って乾燥させるとかも容易だし、作ったのは二年位前だけど完成まで二週間は掛かってるし。
中に入れば六畳一間の馴染みある秘密基地。
六畳と聞くと狭く感じるかもしれないけれど、中には小ぶりの囲炉裏と床に敷かれた熊皮、藁の寝床位しかないので一人なら結構広く感じるし、秘密基地なんだしこんなものだろう。
「柱の護符は虫除けと害獣避けだから危ないから触んないでね」
「えぇ……と、虫どうしよもなくなってないとかツッコミ入れるべきかな?」
「いや万全じゃないんだって。市販品の虫除けと一緒で入るのを抑制するだけで殺せる訳じゃないから」
他人が下手に起動中の護符に触ると怪我をするのは一般常識の範疇だと思うけれど、念のため。
極論だけど、危険じゃない物に効果なんて無いんだよね。
ましてや用途が虫除けだし、あんな脳味噌の小さい連中を跳ね除けるには分かりやすく危険にするしかない。貼ってある位置は意図して手を伸ばさなきゃ届かない所だから日常生活で邪魔になったりする事は無い。
竪穴式住居の構造上、開放的な作りにするしかないしアレが無いと偶に蜂とか飛ぶのが早い虫が入ってきたりするんだよ。
後、地中だからムカデとか地中の虫は特に念入りに対策してる。
「……因みに明志は何処が気に食わないんだい?」
「耐震性に難が有るし、縁側が無い」
「…………そうか」
何だよ、言いたいことを飲み込んだ顔をしおってからに。
「因みに床に敷かれてる熊の皮っぽいやつって」
「熊皮だよ」
「…………」
「あ、肉はもうないぞ、遭遇したの一年前だし」
「いや、気にしてるのはそこじゃない」
森で長い事修行してたら熊くらい出食わすだろ。
まさか床に敷くんじゃなくて山賊ファッションとして活用しろといいたいのか。
「とにかく、今日はここで一晩過ごすよ」
火打石で囲炉裏に火をつけて、明かりにする。
夏だけどこの辺は夜は結構冷えるので汗だくになると言う事も無い。
けど本当に暑い時様にランタン位は有ってもいいかもしれない。
「川で水組んでくる。急だったから家にあった物適当に持ってきただけだから雑煮位しか出来ないけど何もないより良いでしょ」
囲炉裏に常設してる鍋を手に取ってそう言うと、僕はさっさと真っ暗な森の中へ繰り出した。
「……明志はもし無人島にほっぽり出されても普通に永住出来るな」
「学校の勉強は不得意そうだったけど、不必要だからだったんだね」
そんな二人の呟きは聞き流した。
戦国時代は今ほど便利な世の中じゃなかったんだ……。