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「じゃあいよいよ『流』習得に移ろうか」

「待ってました!」


 ソルが急に生気を取り戻した。

 ……まあ寝なかっただけ良しとしよう。


「取り敢えず、魔殿(ネスト)に挑むなら『流』は常時出来てないと話にならない」

「じょ、常時? 魔法を常時発動させるって物理的に不可能なんじゃ……」

「まあ厳密に言うと、常時『流』を発動させてるのと同じ状態にするって感じかな」

「えぇと、つまり体に魔素を循環させ続けるって事?」

「流石綾小路。その通り」

「どうやるんだ?」

「そういう呼吸法がある。一応『魔素呼吸循環法』っていうんだけど、これに関しちゃ名前って流派によってまちまちだし覚えなくてもいいよ」

「『魔素呼吸循環法』……カッケー!」


 ……ま、まあお年頃だし。

 でも後々になって絶対後悔するからあんまりそういう事言わない方が良いと思うよ。


「この星に住む生物は皆呼吸する時、空気と魔素を9:1の割合で吸っているのだけれど」

「ニュアンスで何となくわかるから流してたけど魔素って普通にファンタジー的な超パワーの燃料って認識で良いんだよね?」

「良いと思うよ? 魔素は科学的には検出されないけど酸素並みに人体には必須なもので、術式行使に使うんだから補給が大事なのは分かるよね? 『魔素呼吸循環法』っていうのはその空気と魔素の割合を逆転させて1:9にするって代物」

「はっ!? それって大丈夫なのか!?」

「何が?」


 綾小路は分かったようだけど、ソルは今一分かってない。


「勿論全然大丈夫じゃない。今迄と同じ量空気を吸うだけじゃ地上で高山病みたくなるし、普通に酸欠で死ぬかもしれないしね。ただ酸素中毒みたいに過剰摂取で死ぬみたいな事は無いし、そうする事で元々体を巡ってた魔素量を増加させて『流』を発動させてるのと同じにするっていうのがこの技術の理屈」

「な、成程……元々の必要量より多くの魔力を体内で循環させてるんだから理屈の上では『流』を発動させてる訳だけど、体内に内包した魔力を用いてる訳じゃないから消耗無く行使できると」

「それって体大丈夫なのか? 寿命とかめっちゃ持ってかれそうだけど」

「負担は最初だけで、体は慣れるから問題ないと思うぞ。実証例が無いからあれだけど、少なくとも仮に七歳で習得しようが四十台後半までは特に不調を感じる事なく普通に生きられるし」

「何で例が実体験みたいなニュアンスなんだ?」

「…………気のせいだよ」


 前世の僕がそんな感じだったって言ってもなににもならんだろ。


「で、多分今活躍中の騎士(しゅばりえ)は戦いの最中で会得して、無意識の内に使ってるんだと思うんだよね」

「じゃなきゃ死んでるから?」

「そう。だけど僕等までそんな無謀に付き合う義理は無い、事前に出来る様になっとこうじゃないかっていうのが僕の方針。文句は?」

「無いよ」

「早くやろうぜッ! 何すりゃあいいんだ!?」


 僕は懐から二枚の紙を取り出し、二人に一枚ずつ渡す。


「何だこれ? お札?」

「まあ呪符の一種だよ。それを飲み込めそうな位まで折り畳んで、空気を精一杯吸い込むのと一緒に飲み込んで」

「おぉ……急にマジカルな話になったな」

「魔法の話をしてるのにマジカルじゃない方が変な話だと思うけどね」

「それもそうか」


 二人は僕の作った呪符を興味深そうにしげしげと眺めている。


「ちなみにこれを飲んだ後はどうすりゃいいんだ?」

「息をすればいいんだよ」

「……そりゃ今もしてるだろ」

「そうだよ、『魔素呼吸循環法』とかかましたけど結局は息をしてるだけだし特別なことなんて何もないよ。まさかへんてこりんな姿勢を常時強要させられるとでも思ったの?」

「いや、特殊な呼吸って言われたらそりゃあ凄い修行を想像するだろ」


 息をする為の修行に息をする以外の工程がある訳無いだろう。

 ……と、言いたいけどそれ用の呪符を用意する工程がある時点でそれを作れる奴がいないと習得出来ない技術だし、素でこれが出来てる奴なんて多分存在しないだろうからその時点で凄い修行に含まれそうなものだけどな。


「……まあやりながら説明するよ。僕の言葉は聞き逃さないように」

「……死ぬかもしれないんだよね?」

「んな事言ってもそうとしか言いようないし、やってる最中じゃないと言ってる意味も伝わらないと思うぞ。義務でもなんでもないんだし、ここで逃げても僕は怒らないよ」


 むしろ、やり切った後は結構わかりやすく暴力が手に入るので、逃げ出そうとしたら本気で怒るけどね。


「覚悟決めろ綾小路。明志は感覚がおかしいから俺等の不安は言ってもつたわんねぇぞ」

「……そうだね、そしてそんな明志を頼ったのは私達だ」


 なんでだよ、多少精神年齢に誤差はあるかもしれないけれど一般常識はしっかり身に着けてるぞ。


「いっせーので二人同時に行くぞ?」

「いいよ。……いっせーの!」


「あ」


 二人が、変にタイミングを合わせようとしたせいでやらかしている。

 呪符を飲み込む前に空気を目いっぱい吸い込んでない、リミットが大幅に縮まったなコレ。


 あの呪符は正しく『魔素呼吸循環法』を行わないと肺に空気を送り込めなくするというもので、要は窒息する前に息を吸える呼吸の仕方を見つければそれが『魔素呼吸循環法』であるという修行だ。

 ちょっとコツがあるだけで、『魔素呼吸循環法』は別に特別な技術じゃない。というかただの前提条件だし……。

 だからこんな多少死ぬかもしれないだけの手法でお手軽に習得できる訳なのだけれど……これじゃ普通の人がやる場合と比較しても二分の一以下の時間しかないなコレ。

 最悪、僕の魔法で呪符をぶち抜けば窒息死はしなくなるけれど、それをすると当分再チャレンジ出来なくてただでさえ足りてない時間が更に不足する事になる。それは避けたいところだ。


「かっ……は……!」

「……!」


 急に呼吸が出来なくなって、驚いた二人が喉を抑えてもがく。


「はいはいはい、急いで呼吸出来る息の仕方探して! ちょっとでも空気が入ってくる感覚があればそれは『魔素呼吸循環法』に近いって事だからそれを反復!」


 出来る奴は存外、直ぐに出来ちゃったりするし、あんまり要領がよくないやつでも死ぬ目前には案外うまくいったりするのがこの修行だ。だから戦国時代でこれを一発で抜けられないような奴は、もがくばかりで試行錯誤せず、生きる為の努力を怠る奴というレッテルを張られる。

 因みに、碌な説明も無くやらせるのも伝統である。その点で言えば僕はやる前から話過ぎた感は否めないけれど。


「スゥゥゥゥゥゥ」

「ハァァァァァ」


 まあその甲斐あってか知らないけれど、二人は生死を彷徨う前に難なく息が出来るようになっているようである。上々だ。


「――――死ぬわ! っ……っ!?」

「碌に呼吸が覚束ない状態で叫ぶなよーそれに『魔素呼吸循環法』が途切れて息が出来なくなってるぞ」


 出来るようになった瞬間叫べるのはある種流石だけど、何の為に自然豊かな森の中でこの修行をすると思ってるんだ。

 今の二人は新鮮な空気が幾らあっても足りない状態なんだぞ。


「…………!」

「綾小路も、無理に喋ろうとしなくていいから今は安定して呼吸が出来るように集中して」


 これが普通である。ソルみたく向う見ずに叫ぶなんてする方が頭おかしい。


「さて、時間は有限だし、喋れずとも聞こえてるだろうから『流』の授業を始めようか」

「「!?」」


 マジかコイツみたいな目で見られるけど、今が一番『流』の感覚を掴みやすいんだよ。


「流石に体を一気に巡る感覚があるから分かるだろうけど、それが魔素、術理の源な。先走るのが大好きなソルなんかは既にやっちゃってるかもしれないけれど、魔素は知覚できると案外簡単に動かせたりするが下手な事すると一カ所に魔素溜まりが出来てそれが行き過ぎると爆散したりするからあんまり阿保な事はしない事」

「!?」


 リアクションから察するに、案の定だったようだ。

 いやまあ気持ちは分からんでもないけどね。それが魔素だと分かったら術理を使ってみたくなるのは人の性だ。


「それよりも、今は魔素が濁流の様に体を巡ってる様に感じるかもしれないけれど実は量が増えただけで速度は特に変わってないからそれに慣れちゃうと何も感じなくなるからその前に更に循環速度を上げてみて。それに伴って何かが消費されてる感覚があればそれが『流』の原理だから」


 僕の言葉に倣い、二人は魔力を操作しようとしている様だった。

 自分の常識の外にあった事をやれと言われて、やれるのは武士に求められる才能の中でかなり重要な部分だ、まだどうなるか分からないけれど、その点だけに関して言えば二人は満点だろう。


「その際、今迄巡ってない所にまで魔素が行くのは制御が甘い証拠、決壊した川みたいな状態だから体にもよくない。意図して適切な流れを守ろうとするのは逆に大変だろうから、最悪最初は速度を変えようとしなくてもいいから意識的に適切な循環を可能にするように心掛けて」


 因みにこれは、無意識な『魔素呼吸循環法』が厳しい時に疲労で眠ってしまわない為の頭の体操でもある。うっかり寝ちゃってそのまま呼吸出来ずにお陀仏とか普通に有り得るからね……どうにも苦しかろうが起きられないっぽいし。

 俺もうっかり呼吸止まっちゃって師匠に踏み起こされたっけ、懐かしいなぁ。

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