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ぼくのいとしい悪役令嬢

ぼくのいとしい悪役令嬢 とある魔性のあいしかた

作者: 里見しおん

 なんてゆるい。





 ここの神官には神聖力はないし、アミュレットはただの飾り。


 ここには偉いニンゲンが住んでいるはずなのに、結界のひとつもない。

 この国は最高の穴場だな。

 ニンゲンと遊び放題だ。


 どうやって遊んでやろうかなぁ。






 いい遊び場を見つけて機嫌よくぶらついていると、池のほとりに幼子がひとりうずくまっていた。

 からかってやろうと、黒い猫に変化して近寄る。



「ねこちゃん?」



 かさりと草を踏む音でぼくに気づいた幼子は、涙に濡れた金の瞳見開いて…うつくしく笑った。

 そして艶やかな赤い髪を揺らし、ぼくに駆け寄ってきた。



 黒い猫は不吉だと、こどもは驚くだろうと…驚いて池にでも落ちたらおもしろいと思ったのに。

 思いがけない反応にぼくは足が止まる。



「ねこちゃん、ねこちゃんだ、かわいい。」




 笑顔でぼくに手を伸ばし、そうっと背中を撫でられた。





「ふわふわ。ねこちゃんかわいい。ミリィ、ねこちゃんだいすき!」




 ミリィ。きみはミリィと言うのか。


 甘美な告白にぼくの心臓は鷲掴みにされた。



 愛するひとを見つけるのは突然だと言うけれど、まさかニンゲンの…幼子に心を掴まれるとは思わなかった。


 ふわりと変化を解いて、人型を取る。

 ミリィの心を奪うため、同じくらいの年頃にした。




 撫でていた猫が少年に変わったことが理解できないのだろう、ミリィはぽかんとぼくを見上げていた。



「ミリィ、ぼくのことが大好きって…ほんとう?」


 ほんとうだよね?

 大好きだから、ぼくのものになってくれるよね?



 ぼくの領域に連れて行こうと、小さな手を握りしめた、途端。



「ぎゃ!」



 ばちん!とぼくは白い光に弾かれて、ミリィは気を失った。







 *




 ミリィはミリディアナ・ラッセルという名前で、なんとかいう王子の婚約者候補らしい。

 気に入らない。ミリィはぼくが大好きなのに。




 何度か連れて行こうと試みたが毎回弾かれ、そのたびに魔力を削られ、ぼくはずいぶん弱くなってしまった。


 ミリィには守護がある。

 彼女を生んで死んだ母親が神聖国の神官に連なる家系の出だったらしく、死の間際にミリィに命がけの守護をかけていったらしい。




 余計なことをしてくれる。

 が、本物の神官を知るニンゲンがこの国の神官を見たら、不安で仕方なかったのだろうなと思う。

 おかげで神官に力のないこの国で、ミリィだけが神聖力に守られている。




 ミリィが婚約者なんかにされないように、なんとかいう王子の影に入って悪意を吹き込んで、ミリィを嫌いになってもらった。


 元々好意的ではなかったみたいでなんの違和感も持たれなかった。



 そして取り巻きのメガネとアホ、そいつらを囲むガキども。

 影から影へと渡り歩き、せっせと悪意を吹き込んでやる。

 どいつもこいつも高いアミュレットをぶら下げているが、さすがこの国の神官特製、障害なく入り込み放題だ。




 意地悪で、高慢で、ばかで愚かなミリディアナ。

 ほらこんな嫌な女の子、王子の婚約者になんかふさわしくないだろ?





 なのにミリィは婚約者に据えられてしまった。

 感情よりも身分とか立場とかのせいなのだろう。

 偉いニンゲンは面倒だ。

 ぼくのミリィなのに、ミリィはぼくが大好きなのに!

 もっともっとミリディアナを嫌いになれ!愚かな王子よ、婚約なんてなくしてしまえ!





 ミリィが王子とその取り巻きに冷たくあしらわれ、ガキどもに見下され。

 ひとり部屋で泣く姿をいとおしく見守っていると、守護がぎしぎし揺らいでいた。





 何度もそんな様子を見て、ミリィの心持ちが影響するようだと確信した。





 婚約がなくならなくても、ミリィの心を叩き壊せば、守護はなくなる。

 ぼくのところに引き摺りこめる!


 そう気づいてうれしくてうれしくて、ますます王子に悪意を吹き込んだ。









 今日もせっせと王子の影でミリィへの悪意を囁いてやっていると、神官らしきジジイが現れた。

 この国の神官に神聖力なんてないからと、すっかり油断していた。




 ジジイには神聖力なんてない。

 でもふるった錫杖は、本物の聖遺物だった。



「ぎゃあああ!」




 錫杖で背を打たれた王子はぼんやりと立ち尽くしていた。

 ぼくは錫杖に触れた部分から聖なる火が燃え上がり、悲鳴を上げて王子の影から引き摺り出された。




 ごろごろと硬い床を転げ回りながら、燃え上がる部分を切り離し、触れた家具の影に這々の体で逃げ込んだ。




「陛下!これがカミーユ殿下を惑わしていた魔性の正体です!やはりアミュレットでは防ぎきれないほどの強い力を持っていました。」



 ぼくの右腕だった燃えカスを、正体だとえらそうにのたまうジジイ。

 たかが腕一本なのに、ジジイの目が節穴で助かった。



「うむ、大神官よ、よく気づいてくれた、礼を言う。」


「こんなに強い魔性が王国に入り込んでいようとは…。」




 この節穴ジジイ大神官なのかよ、この国はどうなってんだ。神聖国に戦争でもふっかけたのか?





「父上、私は…なんと愚かな振る舞いを、ミリディアナ、に…。」



 呆然と呟く王子は真っ青で、ぼくが地道に植えつけた、悪意で歪んだ表情は失われていた。











 一度聖なる火に焼かれたからか、ぼくは王子の…メガネにもアホにも、人の影に入ることができなくなった。

 いや、できるのだが焼けつくような苦痛を伴うようになったのだ。




 ぼくの悪意が届かなくなった王子はミリィに誠実に謝って、ミリィと仲良くなりやがった。


 ふたりが日に日に親しくなっていく様子を、ミリィが心を開いていく様子を、椅子や花瓶の影で、憎々しく睨みつけた。




 そしてミリィが口をつけた紅茶や、刺繍で失敗して流した血。

 ミリィの周りの影に潜んで、流れる体液を盗み、こつこつ力を蓄えた。

 魔性にとっていとしい人の体液はしびれるほど甘くて、とても力がみなぎるのだ。




 だから自省の効かない低級な魔性は、愛したひとを欲望のままにばりばりと食べてしまって、後悔に暮れるのだ。








 あぁ、やはり、血がいちばんあまい。

 腕は生えた。あと、指が数本。






 *



 ミリィは王子と学園とやらで過ごしている。


 メガネとアホも交え仲良くお勉強をしている一室のくらがりに、物欲しげにうろつく淫魔を見つけた。




『やぁ淫魔。どれか食べたいのか?』


『リリア王子サマが食べたいなぁ。魔性の気配がするから、人の獲物かと思ったんだけど、きみの?』


『いや、アレはぼくのいとしい人の婚約者だ。』



 愚痴がてらミリィの守護のことなどを説明すると淫魔は喜んだ。




『心を折ればいいの?じゃあみりーには悪役令嬢になってもらおうよ!リリアがヒロイン役ね!逆ハーしちゃうよ!』



『ぎゃくはー?なんだ?協力してくれるのか?』



『乙女ゲー大好きだったんだぁ!そのかわり、王子もメガネもきんにくくんも食べてもいい?』



『好きにしろ、でもミリィだけはだめだぞ。』







 リリアの悪役令嬢作戦は大成功した。

 王子たちの態度にミリィはひどく傷ついている。

 やはりニンゲンの男には淫魔だな。

 王子にメガネにアホまで、仲良くリリアに盛ってご苦労なことだ。



「きゃはん、さぁいこぉー♡こんななんの効果もないアミュレットをありがたがって、この国のニンゲンってバカなのかなぁ♡」



 王子の上に跨ったリリアは、王子が首から下げるアミュレットを弄んだ。




「あぁ、愛しいリリア…!私は君の前ではただのバカな男だ…!あ、あぁ!」



「殿下、早く代わってください!」


「殿下遅いぞ、俺もう我慢できない!」



「みんなぁ♡リリア、みんなとなかよくしたいなぁ♡きゃはーん♡」







 ご機嫌なリリアに王子を任せて、ぼくはミリィの前に姿を現す。

 黒猫の姿は力が弱いからなのか、魔性だと理解しないからなのか。

 弾かれず、やさしく撫でて抱いて、手ずから食べ物までもらえるのだ。



 ほら、やっぱりミリィはぼくが大好きだよね。

 もうすぐ、もうすぐぼくのお城に迎えられるからね。



 にあ。















 バカの国の王子に傷つけられ、心を粉々に折られた悪役令嬢は、母の遺した守護も砕け散り、魔性の領域に堕ち、お嫁さんになり大事に大事に愛されました。



 めでたし、めでたし。










 *



「おかえりなさい、あなた。」






 アラクネの仕立ててくれたドレスに、王家の宝物庫から取ってきた宝飾品で着飾らせて。




 ミリィの侍女にした使い魔とともに、ミリィはぼくのお城で暮らしている。




『悪役令嬢溺愛ルートだね!』




 とリリアは喜んでいた。

 男に貢がせた菓子や化粧品なんかをたまにミリィに贈ってくれる。




 ミリィはぼくがなんなのか知らない。

 知っているけど、理解したくないのかもしれない。

 たくさん泣いてたくさん叫んで、ミリィはちょっとだけ心が壊れてしまった。

 今はいつでも静かにうつくしく笑って、ぼくだけを待っていてくれるようになって、嬉しい。




 ぼくとミリィの愛の結晶である黒髪の赤ん坊をいとしげに抱く彼女の、なんてうつくしいことだろう。

 彼女の腕の中の赤ん坊は、世にも珍しい神聖力を纏った魔性だ。

 ありがとう神聖国の血を受け継いだミリィのお母様!きっと本物の神官にも傷つけられない立派な魔性に育つことでしょう!





 この子が大きくなったら、あのバカで楽しい国で、ニンゲンとの遊び方を教えてあげるんだ。

 それまでちゃんと残ってるといいなぁ。

 リリアが仲間に穴場だって言いふらしたから、淫魔たちに遊び尽くされちゃっているかもしれない。




「ただいま!ぼくのミリィ。」





 赤ん坊を侍女の手に預けて、ぼくはミリィを抱き寄せて深く深くくちづける。




 甘い吐息、甘い唾液。

 かじったらもっとおいしいってぼくの本性は知っているけど、君が死んでしまったらとっても寂しくて悲しいから、ぼくは君を食べないよ。






 だからほら、涙なんて流さないで?



 いとしい、ぼくのミリディアナ。









魔性視点を書いてみて、前後編にするべきだったなと思いました。






最後まで読んでいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] こいつがその気にならなくても他の魔性がその気になったらこの国終わるじゃん それに魔性は悪意を吹き込みはしたが行動までは操ってないみたいだし、結局それがアホ共の本性だったって事では? 砂上の楼…
2022/01/14 21:39 退会済み
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[一言] 猫ちゃん視点からのお話「ザ魔性!」って感じで、怖面白かったです! ミリディアナが居なくなってしまって、お父さんはどうしてるのか気になりました。 シリーズ化されるのでしょうか? また読ませて頂…
[一言] ヒーロー(?)視点嬉しいです(*^^*) ……が、ヒロイン母は天国で泣いてますね(汗) リリアが転生者っぽいことに驚きです( ゜д゜)
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