何もない部屋で何もない私を
仕事に疲れて部屋に帰る、時計の針は9時半を指している。
疲れていても腹の虫は五月蝿く餌を要求し、音を立てながら腹の中で暴れ回る。私は冷蔵庫の中を覗く、あるのはマヨネーズやケチャップのような調味料と箱 パックを捨ててしまい消費期限の分からない、いつからあったのかすら思い出せない卵が2つだけ。
溜息を一つ、腹の虫の音は何度か。
近くのコンビニへ行くか、ソレとも疲れてしまったので腹の虫を無視して寝てしまおうか。
どれくらいの時間が経ったのだろうか、冷蔵庫の前で膝を抱えて眠ってしまっていたようだ。時計の針はまだ10時を過ぎたばかりだった。
私はジャケットを脱ぎ、ネクタイを外し、財布と携帯だけを手に持って部屋を出た。
廊下にちょうど近くの部屋の大学生だろうか、楽しそうな三人組が廊下の向こうから歩いてくる。
こんなふうに笑える日々が当たり前だと思っていた。今の私は笑えているだろうか。
狭い廊下肩と肩がぶつかる。
私は「ごめんね」と彼に謝ったが、彼は私にぶつかった事すら、更には私の存在に気付いてないかのように素通りしていった。
そうなのか、俺は空っぽだから幸せという内容物が詰まっていない空っぽの器だから当たった事にさえ気が付いてもらえない軽薄な存在なのだという事なのか。
ルーサロメだったかの言葉か「愛されなかったという事は生きていなかった事と同義である」という言葉を不意に思い出した。
愛されるという事は、必要とされる事であると定義するならば、私は必要とされていない道端で死んでいる小石のような存在なのだろう。
そう思えばぶつかられても無反応な人々の反応に合点がいく。何故なら道を歩いていて小石を踏んだくらいでは誰も気になどしないのだ。
私は泣きたい気持ちはあったが、この涙に何の価値も見出せないものであると思ったところで己に矛先がむいていた全ての感情が消えていった。
「悲しみにも、怒りにも、優しさにも、喜びにも、無価値ならば感じるのを辞めよう」
私は部屋へ戻る。窓を開ける。風が部屋へ流れ込んでくる。
私は振り返る。何もない部屋。殺風景な部屋。無味乾燥とした私の世界。
数秒後、全ては音を立てて消え去った。
何もない私の全ては何もない私を何もない世界へと導く為の。
大いなる絶望であった。
誰かに振り向いて欲しい、そう願えば願うほど人は私から離れていき、次第に言葉を失い、体裁を失い、光を失う。
次の絶望は、きっと貴方。