【下】
死んで、死んで、死に続けた。
私は生きるために死に続けた。
それは誰かに肩をぶつけてしまった時。それは受け答えがしっかり出来なかった時。それは寂寞感に襲われた時。それはなんとなく死にたい気分になった時。
私は何回も死の疑似体験をした。
既に死の疑似体験は私にとっての癖になっていた。
だから、半年が過ぎた時は絶望を感じずには居られなかった。
罪だらけの私は、沢山の罰が必要だから。
だから私は半年後にもここへーー『鳴海神社』へと足を運んでしまうのだ。
『やぁ、雨宮静香。待っていたよ。おいで、また良いモノをあげるよ』
私の神様はそう言うと今までに無いくらい綺麗に、楽しそうに笑った。
今度は何をくれるのだろう。今度はどんな世界を見せてーー。
『はい、コレ』
しかし手渡されたのは、どう見てもただのカッターナイフだった。
「カッターナイフ……のように見えます」
『見えるも何も、それはただのカッターナイフなんだからカッターナイフに見えて当然じゃないか』
私の神様は事もなげにそう言い放つ。
『言ったよね。あのスイッチは特別な逸品だってさ。作るのがとてもとても難しいからそう易々とは渡してあげられないのさ』
「そんな……」
『だからこそコレなんだよ』
そう言うと何処から取り出したのか二本目のカッターナイフの刃をチキチキと鳴らしながら伸ばした。
暗澹たる夜空に銀の刃が鈍く光る。
『要するに君は罰が欲しいんだ。なら、これで良い筈だ。違うかい? 死にたがりの雨宮静香』
神様は私の手を掴むとカッターの刃の方に引き寄せた。
十センチ、一センチ、五ミリ、一ミリ。刃は私の手首へと近づいて行く。
「っひぃ……」
気付いたら私はみっともなく泣いていた。何度も何度も死に続けて来た癖に、『死にたくない』と、泣いていた。
『あはははッ!! 君が!! 死を何とも思わない君が泣くなんてね!! ねぇねぇ、ボタンを押すのと、カッターナイフを押し付けるのの何が違うんだい? 同じじゃないか!! どちらにせよ辿り着くのは『君が罰を受ける』と言う結果だけなんだから!! なのに一々手法に拘泥するんだ。本当……愚かだねぇ人間ッ!!』
神社に哄笑が響き渡る。
怖かった。何がどうなっているのか分からなくて、本当に怖かった。
『あは、逃げるんだぁ。それも一興だね。ただ覚えておいてくれないかな。『君は既に病みつきになってる』。これはカーテンコールに過ぎない。君はもうドン詰まりに嵌っちゃったんだ。じゃあね、死にたがりの道化師!!』
私は逃げた。
黒い神社が見えなくなるまで、いや見えなくなっても逃げ続けた。
ヘトヘトになるまで、ただただ逃げた。
♪ ♪ ♪
罪には罰を。それを口にしたのは一体誰だったか。
この世界は優劣が善悪と直結するきらいがあるように思う。
優が善で、劣が悪。この世界の真理。
ではーー生まれながらの劣等生物である私は、どれだけ悪なのだろう。どれだけ罪深い生き物なのだろう。
罪には罰を。だから私は罰されなければならない。決して許してはならない。
死にたい、死にたい、死にたい。
けれどその願いに応えてくれる魔法のボタンはもう使えない。代わりにあるのは何となく持ち続けている一本のカッターナイフのみ。
『罰されたいのかい?』
そうナイフは私に問い掛ける。その口調は何処か鳴羅門火手怖に似ていた。
私が首肯を返すと、ナイフは『じゃあ僕を使ってよ!』と言った。
『分かっているんだろう? 僕の刃を出して、自分の身体を切り刻むんだ。それは立派な罰だ』
罰せよ、罰せよと脳が声高に叫ぶ。
私はチキ、チキと刃を出し、刃先に人差し指を置いてみた。
「ッ!!」
ほんの少しの痛みを伴いながら、皮膚が裂け、中からプックリとした血が流れた。
『おめでとう! 君はまた一つ、罰を受けたんだよ!! その成長を僕は祝福しようじゃないか!!』
先端が赤く染まったカッターナイフは喝采を叫ぶ。
気付いたら私はーー。
「……うふふっ」
ーー笑っていた。
♪ ♪ ♪
黒い神社の中、蠢く異形は興奮した様子でケタケタ、ペチャペチャと不快な音を響かせながら嗤っていた。
『ああ、やっぱりこうなったか!! だよねぇ、そうだよね!! 知ってたよ!! 僕はこの結果を知っていたとも!! だ け ど 実物が自傷中毒になる様はいつ見ても素晴らしいッ!! 嗚呼、嗚呼!! 人間!! 君達は実に愚かで、矮小で、可愛いねぇッ!! ああ、そうそう。こう言う場合、人間はこう言うんだったよね。僕も学習したんだ』
幾千の舌の集積物は大きく息を吸い込むと、大いなる魔王へと音楽を捧げるように、高らかに狂笑する。
『ざまぁ!! 人間ざまぁ!! 醜態を晒し、他人の力に縋り、挙げ句に破滅する。そんな君達が僕は本ッ当に大好きだ!!』
鳴羅門火手怖は次なる来訪者を渇望する。
他ならぬ人によって排斥され、捻れ、歪み、果てに狂う、そんな人物の訪れを。




