【上】
祷京。それは日本の政治、文化、信仰の中心地。
約二千二百平方キロメールの狭い土地面積に一千六百万人を収容する数多の後悔と罪咎に彩られた、そんな世界で私は生きている。
ガタンゴトンと言う酷く規則的な音の中でゆっくりと目蓋を開ける。
すると聞こえてくるのは同じ学校のクラスメイト……それも取り分けカーストの高い地位にいる女の子達のきゃっきゃと言ういかにも女子高生らしい声。
「ってか、天神様最強っしょ? 一夜漬けでテスト満点ヨユー過ぎると言うかさ! 由美子も天神様のパワーを借り受けてバリバリ高得点狙えば?」
「いや、ウチガン家計だからさ。ベンキョよりは健康とかの神様になるんだよね。ほら、大国主神様とか」
……まぁ、その話の内容は私とは縁の無い物なのだけれど。
この『祷京』は信仰の中心。神仏もいれば奇跡だって当然のように起きるし、神仏を怒らせれば当然のように罰が当たる。
例えば元寇。
今日学校で習ったのだけど、鎌倉時代に起きた元の侵攻の際には風神が日本を侵略しようとする元の群勢に対して大いに怒り、神風を起こした事が確認されているのだとか。
この世界は、神様の力が大きな世界だ。……だから、私みたいな人間は蔑まれる。
私ーー雨宮静香は生まれつき、神様から何の寵愛も、加護も、恩恵も、全く、これっぽっちと受けられなかったのだから。
この世界には時折、神から何の恩恵を得られない人間が存在する。
神仏の加護を受けられる一般人との比率は凡そ九対一。圧倒的少数だ。
その圧倒的少数の中に私はいる。
神仏の加護が受けられない私は加護を受けている他者より多方面に於いて劣り、幼稚園の頃から『ドンケツ』『ビリ』『ワースト』と呼ばれ続けて来た。
両親はそれに大層心を痛めて私を各所の寺や社に連れて行ったものだけどそれも全て徒労に終わり、私と違って加護をキチンと得られる妹が生まれてからは私を一切構わなくなった。
私はこの世界に於ける最底辺。
死にたく無いから生きている。生きているけど辛くて辛くて、死にたくて堪らない。情けない純正培養の無能人間。
それが、私。
あぁ、でも。神仏は私に恩恵はくれないけれど、両親は私に変わらず恩恵をくれている。最低限度の人並みの生活と言う恩恵を。
それが例え、無能の娘が餓死したとなれば外聞が悪いからだとしても、それでも学校生活を保証してくれるのは嬉しかった。……それもいつ途切れるかは分からないのだけども。
私はもう高校二年になる。翌年には三年生になって、更に翌年には高校を去る事になる。
けれど、無能の私の息場所なんて一体何処にあるんだろう。
確信があった。
きっとーー私は高校を卒業したら、その時が本当に終わりなのだと。
両親もお役御免とばかりに私を棄てる。だって私は何も出来ない。ただ生きているだけ、いやーー誰かに指を指されながら笑われるだけの存在なのだから。
『ーー八扇寺、八扇寺、三番線はお乗り換えですーー』
極めてネガティブな思考に埋没しているとそんな放送が耳に入った。どうやら駅に着いたらしい。
寝起きで鈍い頭のまま腰を上げると。
『おいでよ、雨宮静香。僕の元へ』
ふと、そんな声が聞こえた。
それは今まで聞いたどんな声よりも優しく、どんな声よりも弾んでいるような。
恐らくこれは私の幻聴だろう。少なくとも私にこんな声を掛けてくれる人なんて今まで誰も居なかったのだから。
頭を振り思考を振り切るが、誰かがずっと私に向かって笑いかけてくれているような気がしてならなかった。
「私なんかに加護を与えてくれる物好きな神様でもいる……のかな?」
そんな筈は無いのだけれど。
ただ、何度も夢想した。もし私が加護を受けられたなら、と。
そうしたらもっと生きやすかったのだろうかと。こんなにも死にたいとは思わなかったのだろうかと。
勿論夢想は夢想。あり得ない夢物語だと分かっている。しかしそう考えずにはいられない。
もっと要領良く、もっと楽に生きれたなら。それはきっとーー幸せと、そう言うのだろう。
『ーーおいでよ、おいでよ僕の元へ。楽しい事をしよう。ねぇ、雨宮静香。君はもっと生きやすくなるべきだ。僕なら君をもっと生きやすくしてあげられるよ。だからさ、僕の元へおいでよ。待っているから』




