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異説・東方紅魔郷  作者: 小湊拓也
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第4話 真紅の闇に佇む女帝

原作 上海アリス幻樂団


改変・独自設定その他諸々 小湊拓也

 それは、切り餅のような形をしていた。

 5分の1ほど欠けていたのは昨日、飲ませてもらった分である。

 残る部分を霊夢は四等分し、それぞれを粉々に砕いて煎じて小瓶に入れた。

 4つの小瓶。

 うち2つを、霊夢は魔理沙に持たせてくれた。

「死にそうな怪我をしたら、死んじゃう前に飲みなさいよね」

「……いいのか霊夢。昨日も言ったけど、貴重な薬なんだろ?」

「貴重品っていうのは使うためにあるの。もったいながって後生大事に抱えたまま、使いもせずに死んじゃったら馬鹿らしいでしょ」

「そりゃそうだ。ありがたく使わせてもらうぜ」

 迷いの竹林の奥に住む何者かが作った薬。

 餅のように、搗いて作るのだという。

 切り餅状の一塊が、およそ5回分。うち1回分は昨日、魔理沙が飲んでしまった。

 残り4回分を、霊夢と等分したところである。

「あと2回死ねる、ようなものか……あー、でも出来れば飲まずに済ませたいぜ。冗談抜きで死ぬかと思った」

「……私まだ試してない。魔理沙みたく毒物に慣れてるわけでもなし、不安ね」

「お前、魔法使いを何だと思ってる。別に普段から毒物を摂取してるわけじゃないんだぜ」

 箒にまたがり、全身で空気抵抗を押し退けながら、魔理沙は言った。

 隣で、霊夢が空を飛んでいる。

 博麗神社から紅魔館への、道中であった。そろそろ霧の湖の上空である。

 いくらか遅れて飛行している2人の妖精に、魔理沙は振り返って声をかけた。

「待ってろよ、チルノに大妖精。霧の湖に、安心して住めるようにしてやるからな」

「あ、あたいも行くよ魔理沙。霧の湖の問題だもの、あたいらが」

 そんな事を言うチルノに、霊夢がじろりと視線を投げる。

「……あんた、紅美鈴と戦えるの?」

「め、美鈴とは、あたいがお話するよ。だから」

「まあ話くらいは出来るでしょうね。話し合いが終わったら、美鈴はあんたを粉砕する。昨日と同じ事を……何回も、繰り返すの? 何回も、紅美鈴に辛い思いをさせるわけ?」

「美鈴は……」

 チルノは俯いた。

「……辛い思い、するのかな……?」

「それはそうだよ、チルノちゃん」

 大妖精が言った。

「あの紅美鈴って人、紅魔館の恐い方々の1人だけど……優しい人なのは間違いないと思う。チルノちゃんに暴力振るって、楽しいわけがないよ」

「そういう事。だからチルノ、優しくない事は私らに任せときな」

 俯くチルノに、魔理沙は箒の上から微笑みかけた。

「大丈夫、死なせはしない。あの門番、霊夢とまともにやり合えるような奴なんだぜ? 私らが殺しにかかったって、そうそう死にはしないさ」

「あの門番とメイド……連携されると、とんでもなく厄介なのよね」

 霊夢が呻く。確かに、苦戦はしていた。

 1対1なら霊夢が負ける事はあるまい、と魔理沙は思う。自分が加勢してやれれば良いが、あの魔法使いに出て来られては、それもままならない。

「門番にメイド、それと魔法使い、あとはお嬢様。紅魔館の戦力は、こんなところかしらね……もうちょっと情報が欲しいところだけど、仕方ないわね」

 呟きながら飛行する霊夢の傍に突然、闇が生じた。

「ルーミア……あんたはもう出て来ない方がいいんじゃない? 私たちと行動を共にしているところ、紅魔館の連中に見られたら」

「……これ、言おうかどうか迷ってた」

 闇の塊の中から、1人の少女が現れていた。ルーミアだった。

「あのね、私の知り合いが紅魔館で下働きやってるの。お嬢様の友達の、魔法使いの助手みたいな事してるんだって」

「ほう」

 魔理沙は反応した。

「じゃ、そいつに話を通せば……あの魔法使いに会えるかも知れないと」

「あ、あんたは話なんかするつもりないだろー。それより、その子が言ってたんだけど……紅魔館のお嬢様は恐い恐い吸血鬼で、とんでもなく強くて、だけど1つだけ弱点があるって」

「吸血鬼の弱点……は、今のところ克服しているようだけど」

 霊夢が、赤く染まった空を見上げた。

 真紅の霧で太陽を隠す。克服と呼べるかどうかはともかく、弱点が弱点として機能していないのは事実である。

「太陽の光じゃない、別の弱点。それが何なのかまでは、私もその子も知らない」

 ルーミアが言った。

「知ってるのは、その魔法使い。うっかり口滑らせちゃったみたいだよー。お嬢様には1つだけ弱点があるって、その子にね」

「なるほど。つまり締め上げる必要があるってわけだな、その魔法使いを」

 己の口元がニヤリと歪んでゆくのを、魔理沙は止められなかった。

 弾幕戦で打ち負かして、情報を吐かせる。魔法使いから魔法使いへの尋問など、その形にしかならない。

(……待ってろよ。誰だか知らないが、今日はお前の面を拝んでやる。向かい合っての弾幕勝負だぜ)

 魔理沙の心が燃えた。魔力も燃えた。

 眼前に、小さな八卦炉が浮かんだ。燃え盛る魔力が、そこに流れ込んで行く。

 紅魔館が、見えてきた。

 八卦炉が、メラメラと炎を噴いている。その小さな噴出を、魔理沙は紅魔館へと向けた。

「さあさあ出て来い魔法使い!」

「ちょっと魔理沙……!」

 霊夢が何か言おうとするが、魔理沙は止まらなかった。燃え上がる魔力は、もはや止められない。

「引きこもりを引っ張り出すには、家を吹っ飛ばすしかないんだぜ! このマスタースパークでなぁああああっ!」

 小規模な炎の噴出が、巨大な爆発に変わった。

 轟音が、霧の湖の水面を揺るがしていた。

 凄まじい爆炎の閃光が、湖の烟りを激しく切り裂いて紅魔館に突き刺さる……寸前で飛び散り、消え失せた。

「何……」

 魔理沙は呆然と声を漏らし、箒を止めた。

 霊夢も息を呑み、目を見開いて、空中に佇んでいる。その少し後方では、チルノと大妖精が身を寄せ合っている。

 ルーミアは、いつの間にか姿を消していた。逃げたのだ、と魔理沙は思った。

 無理あるまい、とも思う。これは、逃げたくなる。

「私の紅魔館に……大穴を2つも空けられては、たまらないわ」

 小さな人影が、空中に立ちはだかっていた。紅魔館の前方、魔理沙たちの行く手を阻む位置でだ。

 この世の、ありとあらゆる禍々しい力を、一体どれほど圧縮すれば、ここまで小さな人型に収まるのだ、と魔理沙は思った。

「私の友達がね、生き埋めになりかけたのよ? 身体の弱い子なのに……ふふっ。ねえ一体どうしてくれるの」

 可憐な美貌が、にっこりと牙を見せる。美しいほどに鋭い牙。

 桃色のドレスが似合う、小さな幼い少女。姿は、そうである。

 無論、人間ではないのは一目瞭然だ。背中に広がる翼は、装飾品ではなく本物で、ゆったりと羽ばたきながら少女の小さな身体を空中にとどめ、なおかつ防護している。

 魔理沙は見た。一瞬の幻であったのか、いや違う。現実に起こった事と認めなければならない。

 この少女をすっぽりと覆い包んでしまえるほど巨大な翼の片方が、1度の羽ばたきだけで、マスタースパークを払いのけ打ち消したのだ。

「こちらとしてはね、あんたたちを生き埋めで済ませるつもりはないから」

 霊夢が言った。

「太陽が出てないから、吸血鬼を灰に変えるには火にくべるしかないわね。燃えやすいよう、バラバラに叩き砕いてから……ね。それが嫌なら紅い霧を消しなさい。最後通告よ、お嬢様」

「ふっ……くくっ、うっふふふふ、あっはははははははははは!」

 少女が笑った。

 人間で、ここまで楽しそうに笑う者はいない。何となく、魔理沙はそう思った。

「お前たちのような連中、外の世界にはいなかった! いいわ、最高よ博麗の巫女。それに、その付属物の魔法使い。こんな者たちのいる幻想郷、来て良かったと思うわ心から」

「……霧雨魔理沙だ」

 紅魔館の令嬢を、魔理沙は睨み据えた。

「捕まえて火にくべる必要はないぜ霊夢。こいつは私が直に灼き砕く!」

「うふふふ、ごめんなさいね。どうか怒らないで、褒めてあげるから……この私に、翼で防御をさせた魔法使いはお前で2人目よ霧雨魔理沙。そうね、私も名乗っておこうかしら」

 令嬢の両眼が、赤く輝いた。鮮血の色だった。

「我が名はレミリア・スカーレット。永遠の紅い幼き月と人は呼ぶ……けれど、いつまでも幼いつもりはないわよ」

「ええ、もちろん! 大人として扱ってあげるから安心なさい。本気で、ぶちのめす!」

 吼える霊夢の両手で、呪符の束が扇の如く広がった。2つの陰陽玉が、高速旋回しながら光を発する。

 光弾の嵐が放たれ、呪符の豪雨が投射された。

 魔理沙も、己の魔力を攻撃手段として発現させていた。何本もの鋭利なマジックミサイルが、箒に跨がる少女の周囲に発生し、一斉に飛ぶ。金平糖にも似た星型の光弾が、キラキラと高速散布されてゆく。

 それら全ての攻撃が、レミリア・スカーレットに集中した。

 桃色のドレスが軽やかに翻る。可愛らしい両足が空中でステップを踏み、光弾を回避する。可憐な細腕が、呪符をかわしながら弧を描いて宙を撫でる。

 巨大な翼がリズミカルに羽ばたいて、マジックミサイルを払い砕いてゆく。

「やるわね、お前たち……この私を、回避と防御に追い込むなんて」

 弾幕の中、雅やかな回避の舞踏を披露しながら、吸血鬼の少女は愉しげに笑う。

「これほどの弾幕戦を堪能できる相手、外の世界にはいなかった。いいわね、幻想郷! 本当に気に入った!」

 赤い宝珠が無数、空中にぶちまけられた。魔理沙には、そう見えた。

 レミリアの小さな全身から、真紅の光弾が大量に溢れ出し迸っていた。

「くっ……!」

 魔理沙は箒を駆った。回避、と言うより逃亡に近い形になってしまった。

 逃げた先でも、しかしすでに真紅の弾幕が展開されている。破壊力の塊である光の宝珠が、全方向から魔理沙を襲う。

 超高速で狭まってゆく、光弾と光弾の間に、魔理沙はひたすら突っ込んで行った。箒の速度を上げながらだ。

 破壊の魔力の塊が、赤く発光しつつ魔理沙の全身をかすめてゆく。

 箒の進行角度を僅かでも誤ったら自分は死ぬ、と魔理沙は思った。

 肌で感じられる。昨日の、あの五色の光弾よりも破壊力は上だ。直撃は死を意味する。薬など飲んでいる暇が、果たしてあるかどうか。

(これが……吸血鬼の、魔力……)

 魔理沙は思う。本当に、凄まじい破壊力である。破壊、以外の役には立たないのではないかと思えるほどに。

「……お前、速いのね」

 すぐ背後から、声をかけられた。

 箒の2人乗りである。魔理沙の後ろにレミリアは、ちょこんと腰かけていた。

「この速さは、なるほどパチェには真似が出来ないわねえ。でも霧雨魔理沙、お前があの子に勝てるのは速度だけ」

 涼やかな声が、後方から魔理沙の耳元をくすぐる。

 自分の血の気が失せてゆく音を、魔理沙は聞いたような気がした。まだ血を吸われたわけでもないのにだ。

「この速さで私から逃げきったとしても、パチェがお前を逃しはしない……無理よ、霧雨魔理沙」

 巨大な翼が、後方からふわりと魔理沙を包む。

「お前ではパチェには勝てない。あの子、私よりずっと残酷なのよ? 楽に死なせてはもらえないわ。邪悪な魔法の実験材料として、お前は人の原形を失いながら生き続ける事になる」

 レミリアの口調は、優しい。

「私に愉しい思いをさせてくれた人間、そんな目には遭わせたくない……だから霧雨魔理沙、私の眷属になりなさい」

 鋭利なものが、魔理沙の首筋に触れてくる。

 吸血鬼の牙だった。愛らしく尖った形を、うなじの肌で感じる事が出来る。

 息を飲んだまま、魔理沙は硬直していた。

 恐怖が、心臓を鷲掴みしている。鼓動も、呼吸も、止まってしまったかのようだ。

「吸血鬼に噛まれた人間は皆、吸血鬼になる……わけではないのよ? 吸血鬼としての素養がなければ駄目。その点お前はなかなかのものよ霧雨魔理沙。立派な吸血鬼に成れるわ」

 そんな事を言いつつレミリアはしかし、魔理沙の首筋に牙を突き刺そうとしない。微かに、息を飲んでいるようだ。

 吸血鬼の少女を、いささかでも驚愕させる事態が、発生していた。

 八卦炉が、魔理沙の眼前に浮かび、微かに炎を噴出させている。箒の進行方向、ではなく術者に向かってだ。

 このままマスタースパークを放てば、魔理沙もレミリアも、もろともに灼き払われる事になる。

「私を……道連れにでも、しようというつもり?」

 魔理沙の耳元で、レミリアが嘲笑う。

「お前の爆炎など、防いで払うのは容易い事よ」

「ただ建物を吹っ飛ばすつもりで撃った……さっきのマスタースパークとは、違うぜ。お前、あの建物より頑丈だろ」

 魔理沙は無理矢理に、恐怖を押しのけた。

「……今度は、本気でぶっ放す。私もお前も、この世に跡形だって残りゃしないぜ」

「自分はまだ本気を出していない……無様に敗れゆく者たちは皆、そう言うのよね」

「試してみるか?」

「お前……」

「私は人間の魔法使いだぜ。まだ当分、人間をやめる気はない。無理矢理やめさせられるくらいなら……派手に花火を打ち上げて、この世から消える方を選ぶ」

(霊夢の足を、引っ張るくらいなら……)

 決意を固めようとした魔理沙であるが、その霊夢が、マジックミサイルの如く突っ込んで来ていた。

 斜め一直線に宙を裂く飛び蹴りが、レミリアを直撃する。禍々しさの塊のような気配が、魔理沙の背後から消え失せた。

 強烈に蹴り飛ばされたレミリアが、吹っ飛んだ先で羽ばたき、体勢を立て直そうとする。

 その周囲を、色とりどりの大型光弾が飛び交っている。霊夢の、お祓い棒の動きに合わせてだ。

「夢想封印!」

 霊夢が叫ぶ。

 煌びやかな大型光弾たちが、様々な方向からレミリアを襲う。

 そして直撃。光の爆発が起こった。

 吸血鬼の少女が砕け散った、かのように見えた。無数の肉片が、羽ばたき飛び回る。

 肉片ではなく、蝙蝠の群れであった。飛翔しながら、真紅の光弾をばら撒いている。

 それらを魔理沙がかわしている間に、蝙蝠たちは集結した。

 無数の蝙蝠の塊、ではなくレミリア・スカーレットの可憐で禍々しい姿が、そこに出現していた。

 距離を隔てて対峙する魔理沙、の傍に、いつの間にか霊夢が浮かんでいる。

「自己犠牲を全部、否定するつもりはないけど……ただ捨て身の攻撃をかますだけじゃ、今みたく避けられて終わりよ」

 油断なく空中で立ち身構えたまま、霊夢は言った。

「……命の使いどころは、よく考えなきゃね」

「……わかってる」

「いいわね、お前たち。幻想郷……本当に、気に入ったわ」

 レミリアが、可憐な美貌をニヤリと歪めて牙を剝く。

「だから私が支配する。幻想郷も、お前たちも、私のものよ」

「そういうのをね、世迷言って言うの!」

 怒声と共に霊夢は、光弾の嵐を吹かせ、呪符の豪雨を降らせた。

 そこに魔理沙は、援護射撃を合わせていった。無数のマジックミサイルが周囲に発生し、放たれる。霊夢の陰陽玉に似た水晶球が箒の左右に浮かび、魔力のレーザー光を射出する。

 全ての攻撃が、レミリア・スカーレットに集中した。

 紫色の巨大な宝珠が、吸血鬼の小さな身体から大量に溢れ出した。そのように見えた。

 霊夢の呪符と光弾が、魔理沙のマジックミサイルとレーザーが、紫色の宝珠の乱舞に蹴散らされて消え失せる。

「幻想郷は、私が支配する……」

 レミリアの、声が聞こえる。姿を見ている余裕はない。魔理沙は、回避で手一杯だった。箒の速度を小刻みに調整しつつ、紫色の大型光弾をかわしてゆく。

 かわした先で、小さな真紅の光弾が群れ揺らめいていた。紫の宝珠と一緒にばらまかれた、弾幕である。

「禍々しくも美しい、紅色の幻想郷が現出するのよ! さあ慶びなさい!」

 レミリアの叫び笑いを聞きながら魔理沙は、真紅の弾幕に捕捉されていた。

 小さな光弾の群れが、全身を直撃する。

 肋骨が折れ、内臓が破裂した。

 激痛と吐血を噛み殺しながら、魔理沙は小瓶の中身を口内に流し込み、血反吐と一緒に飲み干していた。

 命を1つ、消費した。

 魔理沙は思う。やはり不味い、と。

 こんなものは飲まず、このまま死んでしまった方が遥かに楽だ、と思える不味さだ。

 吐血を、噛み殺してはいられなくなった。

 血反吐と絶叫を空中にぶちまけながら魔理沙は、紅魔館の敷地内のどこかへと墜落して行った。



 墜落して行く魔理沙の悲鳴に、霊夢は耳を澄ませた。

 蛙を思わせる、滑稽な悲鳴。死にゆく者の叫びではない、と霊夢は思う。

 生きている者の、絶叫だ。

「あの薬……ちゃんと飲めた、みたいね。よしよし」

 確認しつつ霊夢は身体を揺らし、紫色の大型光弾を回避した。真紅の弾幕を、ことごとくかわした。

「……美鈴が言っていたわ。博霊の巫女は、天性の喧嘩屋だと」

 小さな身体で空中に佇み、偉そうに腕組みをしながら、レミリア・スカーレットは言う。

「確かに、その戦いの天稟……目を見張るしかないわね。私の弾幕を、そうも易々と回避するとは」

「魔理沙のおかげ。あの子が先走って、あんたの攻撃を受けまくってくれたから……その弾幕、もう見切ったわよ」

「優秀な弾除けを、お前は今、失ってしまったのよ博麗霊夢」

 魔理沙が墜落して行った方向に、レミリアが一瞬だけ視線を投げる。

「本当に……惜しい事をしたと私も思うわ」

「ふん。もしかして、魔理沙が死んだと思ってる?」

 霊夢は嘲笑った。

「あんたはね、霧雨魔理沙を全く理解していない。言っておくけど、あの子は私から見ても底が知れないのよ」

「生き延びて、この戦いに戻って来るとでも?」

「その前に私が終わらせるけどね」

「……1人で、私と戦おうと言うのね」

 レミリアは笑い、そして小さな両腕を精一杯振るって空全体を指し示した。

 真紅の霧に満ちた空。太陽の無い、大空。

「現実を受け入れなさい。この幻想郷から吸血鬼の弱点が失われた今、私と戦って勝てる者など存在しないわ」

「吸血鬼以外の生き物には太陽が必要なの。だからね……あんた、とっても迷惑」

 霊夢は呪符の豪雨を投げつけ、なおかつ陰陽玉から光弾の嵐を射出した。

「出て行ってもらうわよ。幻想郷から! いえ、この世から!」

「……やって御覧なさい」

 全てを小刻みに回避しながら、レミリアは猛然と飛翔し、間合いを詰めて来る。巨大な翼で、霊夢の弾幕を切り裂くかのように。

「同じ言葉を返しておくわ、博麗霊夢……お前の弾幕、見切ったわよ!」

 可憐な美貌がニタリと歪み、愛らしい唇がめくれ上がって鋭い牙が露わになる。その牙が、霊夢の細い首筋を狙う。

「さあ私の眷属になりなさい。お前なら、最強の吸血鬼に成れる……」

「……真っ平御免よ」

 霊夢の方からも、踏み込んで行く。

 紅白の巫女と吸血鬼の少女が、空中で激しく擦れ違った。

「ぐっ……!? これ……は……」

 レミリアの小さな身体が、硬直している。

 その全身に、微かな光が打ち込まれていた。

 何本もの針が、桃色のドレスの上から突き刺さっている。

「封魔の針……パスウェイジョンニードルよ」

 その針の1本を、片手でキラリと回転させながら、霊夢は振り向いた。

 硬直している吸血鬼を見据え、お祓い棒を振るう。

「魔封じの結界に押し潰されて……塵に、変わりなさい。封魔陣!」

 赤と青。2つの結界が生じ、レミリアを挟み込んで磨り潰しにかかる。

 悲鳴が、響き渡った。傲慢なる吸血鬼の令嬢が、苦痛に泣き叫んでいるのか。

 否。それは悲鳴ではなく、怒りの咆哮であった。

 紅に染まった天空に向かって、白く可憐な牙を剥きながら、レミリアは巨大な翼を広げた。左右の細腕を広げた。

 無数のルビーをぶちまけたかの如く、真紅の弾幕が展開されていた。赤と青の結界が砕け散り、煌めく光の破片となって消滅する。

「こいつ……ッ!」

 霊夢は息を呑み、空中で後退りをした。身体が、逃げの姿勢を取ってしまう。

「……博麗……霊夢……」

 レミリアは、笑いながら激怒していた。その小さな全身から、封魔の針がキラキラと抜け落ちて行く。

「お前に、最後の機会をあげるわ……投降しなさい。私に、従いなさい。私に傅きなさい。私に忠誠を誓いなさい。紅魔館の眷属になりなさい。私と一緒に、この幻想郷を統べるのよ。さもなくば」

「……殺す? 私を」

「お前の血を、一滴残らず吸い尽くす!」

 レミリアは吼えた。

「お前の血! お前の命、お前の力! お前の魂! 全て私のもの、お前は私のものになるのよ博麗霊夢!」



 裂けた内臓を、麻酔も無しに縫い合わされ、消毒液で容赦なく洗浄される。

 そんな感じの激痛が、魔理沙の腹の中で暴れている。

「ぐえぇ……っぶ……い、いだぁい……きぼぢわどぅうい……」

 悲鳴を垂れ流しながら、魔理沙は石畳の上を転げ回り、のたうち回った。吐血の咳が止まらない。

 体内から、おかしな音が聞こえて来る。砕けた肋骨や破けた内臓が、再生力を無理やりに促進されてメキメキと自己修復を遂げてゆく、頼もしくもおぞましい響き。

 紅魔館。敷地内のどこかに、魔理沙は墜落していた。

 石畳に血反吐と涙を滴らせながら、上体を起こす。

「うっげぇええ……し、死ぬかと思ったぜ……実際、死にかけたけど……」

 この薬を、霊夢は人里の薬屋から無料で譲られたという。

 その薬屋は、竹林の奥に住む何者かから、やはり無償で貰い受けたらしい。

「そいつは……こんな危険物を人里に放出して、一体何を企んでる……ま、実験だろうけど」

 その何者かが、迷いの竹林の奥から自分を観察している。魔理沙は、そんな錯覚に陥っていた。

「いつか会いに行ってやるぜ。ま、今は……そんな事よりも、だ」

 箒にすがりつくようにして、魔理沙は立ち上がっていた。

 制服姿の少女が1人、空中からぱたぱたと降下して来たところである。忙しくはためく皮膜の翼は、レミリア・スカーレットのそれと比べて貧相ではあった。

「お前……悪魔族か?」

 いくらか距離を隔てて着地した少女に、魔理沙はまず声をかけた。

「吸血鬼と悪魔、どっちが格上の怪物なのかは意見が分かれてるらしい……が、お前は吸血鬼の手下なんだな」

「私は単なる小悪魔。レミリアお嬢様に逆らうなんて、出来るわけがないもの」

 少女は言った。

「見てたわよ、人間の魔法使い。貴女、お嬢様の攻撃を受けて死にかけて、だけど復活してきたわね。回復魔法の類を使った様子もなし……一体どうやって傷を治したの?」

「まあ、薬を飲んで。竹林の連中が作った危険物だぜ」

 魔理沙はつい、正直に答えてしまった。

「……それより小悪魔。お前、見てたのか? 私が死にかけてる間、とどめを刺そうともしないで」

「そのお薬、私にちょうだい」

 小悪魔も、正直な事を言っている。

「貴女なんかよりずっと強大な魔力をお持ちなのに、お身体が弱くてそれを充分に発揮出来ない……そんな方がいらっしゃるのよ。私、あの方には健康になっていただきたいの。だから」

「……どうかなあ。こいつは基本的には傷薬だぜ? 傷は治る、けど身体の弱い奴が元気になるかどうかは」

 言いつつ、魔理沙は思いついた。

「……そいつ、魔法使いなのか? この紅魔館に1人しかいない」

「偉大なるパチュリー・ノーレッジ様よ。紅魔館どころか、この世でただお1人の真なる魔法使い……お前なんか、あの方に比べたら偽物よっ」

 レミリア・スカーレットの弱点を知る魔法使い。

 パチュリー・ノーレッジ。

 その名を口中で呟きながら魔理沙は、残り1つとなった小瓶を懐から取り出して見せた。

「……この薬、譲ってやる。ただし私が直接だ。そのパチュリー様に、会わせてくれ」

「貴女を殺して、奪ってもいいのよ!?」

「それをさ、私が血ぃ吐いてのたうち回ってる時に、やるべきだったな」

「身の程知らずの偽物が……っ!」

 怒り狂いながら、小悪魔は硬直し、青ざめた。

 その細い喉元に、ナイフが突きつけられている。

「……勝手な振る舞いは、慎むように」

 十六夜咲夜が、いつの間にか、そこにいた。

「紅魔館の……お嬢様の敵である魔女と、密かに取引をしようとでも?」

「さ、咲夜さん……私は……」

「答えなさい小悪魔。お前の主は誰?」

「まあまあ。いいじゃないですか咲夜さん、お嬢様だって、お怒りにはなりませんよ」

 紅美鈴もいる。

「なあ小悪魔。お前がレミリアお嬢様じゃなくてパチュリー様命なのは皆知ってるし、悪い事だとも思わない。けどあんまり、あからさまにしない方がいいとは思うぞ。まあそれはともかく、そこの白黒。霧雨魔理沙とか言ったな、投降しろ」

 美鈴の言葉に合わせてか、華やかなものが空中にふわりと展開した。

 大軍とも言うべき妖精の群れが、空中から魔理沙を取り囲んでいた。

 軍服の如くメイド衣装を身にまとった妖精たち。この紅魔館で、働かされているのだろう。

 魔理沙は、とりあえず言った。

「そこのメイド長……十六夜咲夜、だったな。よそ者が幻想郷の妖精をこき使うなよ」

「人聞きの悪い事を言わないで欲しいわ。別に拉致して集めたわけでもなく皆、正式に雇った妖精メイドよ」

 咲夜が答える。

「まあ、メイドとしての仕事ぶりに及第点はあげられないけれど……紅魔館の防衛戦力としては、なかなかのものよ。そこは美鈴の言う通り。私にもわかってきたわ。この幻想郷で最も恐るべき存在は」

「……そうだな。発狂して弾幕をばら撒く、妖精の群れだ」

 言いつつ魔理沙は、後ずさりをした。

 少女の片足に踏まれた石畳が、微かに動いた。少しだけ沈んだ、ようでもある。

「気をつけなよ、その辺りはちょっと地盤が弱い。昨日、誰かさんが派手にぶち込んでくれたせいでな」

 美鈴が笑う。

「まったく大穴を空けてくれて。私が、この妖精メイドたちと一緒に頑張って直したんだぞ。まあ急ごしらえの安普請だけどな……それはともかく、だから投降しろよ霧雨。お嬢様と戦って、せっかく命拾いをしたんだ。無駄に死ぬ事もないだろう」

「お嬢様が……戦っておられるわね。私たちとしては、お止めしなければならないのだけど」

 紅い空を、咲夜は見上げた。

 光と光が、ぶつかり合っている。地上からは、そのようにしか見えない。

 真紅の闇、とも言うべき空で、流星雨のような弾幕が展開されていた。

「楽しそうですねぇ、レミリアお嬢様」

 美鈴が、呑気な事を言っている。

「邪魔したら絶対あとで殺されますよ」

「仕方がないわね。こちらはこちらで、片付くものを片付けてしまいましょう」

 咲夜の綺麗な手が、何本ものナイフを扇のように広げた。

 一方、美鈴は徒手空拳のまま、ゆらりと踏み込んで来る。

「さあ何か弾幕をぶちかましてみろ霧雨。私がそれを喰らってる間、咲夜さんがお前を仕留めてくれる……」

「そんなのダメだーっ!」

 チルノが急降下し、美鈴の眼前にしゅたっと着地した。

「そんなバカな戦い方あたいだってしないぞ! 美鈴はちょっと無茶をし過ぎなのだ!」

「チルノ……」

 美鈴の声が、瞳が、震えた。

「お前、チルノか……私の事、覚えてるのか……?」

「あたいには大ちゃんがいる、ルーミアがいる、そして美鈴がいる! いくらあたいがバカでも忘れるワケがないっ」

 チルノが、偉そうに腕組みをする。

「それより美鈴、無茶はダメだぞ。それに魔理沙は命の恩人なんだ、喧嘩するのはやめておくれよ。何なら、ここのお嬢様とはあたいが話つけて」

 美鈴の豊かな胸が、チルノの世迷言を押し潰した。

「チルノの馬鹿やろう、お前の全部吹っ飛んじゃったかと思ってたんだぞ! 命も、魂も、思い出も全部うわぁあああああああん!」

 泣き叫びながら美鈴は、チルノを抱き締めていた。

 しなやかで力強い両腕と、豊麗な胸の膨らみが、氷の妖精の小さな身体を容赦なく拘束圧迫している。

 じたばたと暴れるチルノを抱き捕えたまま、美鈴は号泣した。

「チルノが、チルノが生きてる! 私の事も覚えてるよぉ良かったよおおおおおおお! うわぁーん!」

「ちょっと、やめて下さい! チルノちゃんを圧殺する気ですかっ!」

 そんな言葉と共に飛んで来た大妖精が次の瞬間、捕獲された。

 チルノと大妖精を一緒くたに抱擁しながら、美鈴は座り込んで涙の滝を流し続ける。

「お前ら大人しくしてろよ、私もうあんな事するの嫌だからな! 絶対嫌だからなあ! ふぇええええええええん!」

「……美鈴が戦闘不能に陥ってしまったので、私が戦うしかないのだけど」

 咲夜が溜め息をつき、片手を上げた。

 妖精メイドの大軍が、空中から魔理沙に狙いを定める。いつでも弾幕を放てる状態だ。

「いえ……やはり、1対1の戦いは避けるべきね。霧雨魔理沙、お前は博麗の巫女に負けず劣らず危険な相手」

「お褒めに預かり光栄だぜ」

 言いつつ魔理沙はもう1歩、後退りをした。

 石畳の一部が、微かに沈んだ。

「……急ごしらえの安普請、ってのは本当みたいだな!」

 魔理沙は叫び、魔力を解放した。

 いくつものマジックミサイルが空中に生じ、発射される。妖精メイドの大編隊に……ではなく、魔理沙の足元へと向かって。

 直撃、そして爆発。

 沈みかけていた石畳が、完全に崩落した。

 紅魔館の敷地の一部が、陥没していた。

 大量の瓦礫と共に魔理沙は、紅魔館の地下へと沈んでゆく。

 落下しながら、魔理沙は箒にまたがった。

「ふん……思った通りだぜ」

 紅魔館敷地の地下は、広大な空間であった。地上の屋敷に負けず劣らず豪奢な区域が広がっており、こうして箒で飛行する事も出来る。

 崩落する瓦礫をかわしながら、魔理沙は箒を駆った。

「お前、この先にいるんだろ……パチュリー・ノーレッジ」

 地下区域の奥から、とてつもない気配が伝わって来る。

 強大な魔力の塊、としか表現し得ぬ、禍々しくも野蛮さとは無縁の気配であった。

 この強大な魔力を、物静かに飼い慣らしている。そんな何者かが、この奥にいる。

「私を待ってる、なんてのは思い上がりかな……別に待たれてなくても私は行くぜ!」

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