目指せ狩猟遠征
「ガアアアアアアアアアア!!」
「「…………」」
「んにっ……!?」
レムスさんがアタランテさんの家に缶詰になった翌日。
セタンタ君は奇声を耳にしました。
場所はマーリンちゃんのおウチ。徹夜で遊び、二人で雑魚寝してるとこにアンニアちゃんが「あそんであそんで~」とやってきた事で起こされ、遅い朝食を食べた後に三人で遊びにいく――はずでした。
そこで奇声が聞こえてきたのです。
「……いまの、レムスの兄ちゃんの声じゃねえよなぁ?」
「アタランテさんの奇声だね。あ、アンニアちゃん、怖くないやつだよ」
「んにっ……」
奇声を怖がり、お尻丸出しで隙間に顔を突っ込んでいたアンニアちゃんがこわごわと出てきて、キョロキョロ辺りを見回し、怖くない事を確認すると「ふんすふんす!」と鼻息荒く怒りました。
「んにっ! あんにゃをビックリさせたの、ダレ? ドンドコドコドコ? あんにゃは、おこだよ? あんにゃぷんっ! あんにゃぷんっ! あんにゃぷ~ん!」
「コラコラ、飛び跳ねないの」
「ふぇぇ?」
マーリンちゃんがアンニアちゃんをフワフワと風船のように飛ばしつつ、隣室の壁を見ながら「どうしよ?」とセタンタ君に問いかけました。
セタンタ君は「危うきに近寄らず」の精神で逃げる事を提案しました――が! 天井をハイハイして移動していったアンニアちゃんが隣のベランダに「あんにゃぷんっ、あんにゃぷんっ」と乱入していった事で逃げる機会を逸しました。
「ふぇー!? れむにいたん、なにしてんの? きがくるったの?」
「……俺達も見に行くか」
「えぇー……仕方ないにゃあ」
二人もベランダからの侵入です。せめて帰りは玄関から帰りましょうね。
さて、セタンタ君がアタランテさんの部屋にたどり着くと、部屋の主がベッドにふて寝し、レムスさんの方は架空のアンニアちゃんを可愛がっていました。
徹夜で帳簿関係の勉強会をしていたようですが……レムスさんにとっては数字を眺めるのが多大なストレスになったらしく、穏やかな笑みを浮かべながら心がバッキバキに折れてしまったようですね。
アンニアちゃんもお兄さんの奇行が不思議でたまらないらしく、首を捻りながらペチペチとお兄さんを叩いてます。
「にいたん? にいたん、どったの? 耳からスライムはいった?」
「ファ……!? アンニアが、二人いる……?」
「にゃっ?! いにゃいよ? あんにゃは、あんにゃだけだよ?」
「フフ……両手にアンニアとはこの事だな」
「んにっ……!?」
アンニアちゃんはお兄さんを手を振り払い、セタンタ君の頭によじよじと避難。
にゃんこのように「ふ~っ!」と怒りつつ、「にいたんおかしい! きもい!」とプンプンと怒りました。妹暴言耐性の無いレムスさんは死にました。
「にいたん、何でおかしくなったのん?」
「それはねぇ、アタランテさんがレムスさんをイジメたからだよ」
「イジメてないわ! 人が懇切丁寧、心を砕いてガッツリ教えようとしてるのに、そこの男が、まったく! 全然! 覚える気配無かっただけよ!」
「昨日の夜、何かバキィ! ボキィ! って音がしたよな……?」
「うん……」
「あれはそこの床が鳴らした音よ」
「床って血を流すんだね」
「不思議ダナー」
「れむにいたんは、ひがいしゃだった……?」
アンニアちゃんは変わり果てた兄の死体……もとい、肢体を眺めました。
事切れたように倒れ、ブツブツと架空の少女と会話する危ない人。いつもは快活でアンニアちゃんのためにパシリになってくれる兄が傷つき、倒れている。
幼いアンニアちゃんの頭の中でアタランテさんが巨悪のようにムクムクと膨れあがり、大好きなお兄さんが足蹴にされてハアハア言ってる光景が過りました。
「アタランねえたんがきびちいから、にいたん死んじゃっチャ! ぷんっ」
「そ、そんな事ないし。常識の範囲内でしか暴力振るってないもん」
「常識って何だ……?」
「さあ……?」
「ねえたん、にいたんにもっと優しくシテ? あんにゃは、おこだよ……?」
「ウッ……わ、私はこれでも、精神的にも物理的にも骨を折って、レムスのためを想って教えてあげてるのよ。報酬は貰うけど」
「んに~っ! あんにゃ、ぷんっ! びゅんっ!」
アンニアちゃんは雰囲気だけは猛然と、実際はトテトテと駆けました。
途中転びそうなのをマーリンちゃんの浮遊魔術で助けてもらいつつ、空中をコロリンコロリンと転がり、アタランテさんがキャッチ。
幼女に「がぶ~っ!」と言われながら甘噛されたアタランテさんは「ぐわ~!」と苦しむフリをして倒れ、辺りを手を伸ばし、探りました。
手元に食べ物があれば懐柔できると考えたのです。
しかし、アタランテさんはアンニアちゃんがシクシクと泣いてるのに気づき、対面で抱っこしながら上体を起こしてポンポンと背中を叩いてあやし始めました。
「どーしたアンニア。なーに泣いてんの?」
「ふにっ……! 何でねえたんは、にーたんといつもケンカするのん……?」
「してないって……いや、いつもはしてるけど……うん」
「あんにゃ、ねーたん欲しかったー……のに、アタランねーたん、にーたんとケンカばっかして別れちゃっちゃ……あんにゃは、さびしかったー……」
「んー……」
「ねーたんは、にーたんと結婚しないのん……?」
「しないわよ」
「んに……あんにゃのこと、きらい……?」
アタランテさんはその問いを鼻で笑い、ニマニマと笑いながらアンニアちゃんの涙目ほっぺを優しく引っ張りました。
「んに~、ねへひゃ~ん」
「好きよ、アンニアの事。レムスの事も嫌いじゃないわ」
「ま、まこひょに~?」
「ただねえ、恋人とか夫婦って仲は何かダメなんだわ。喧嘩友達とか背中預ける戦友ぐらいの関係が一番心地いいのよね。だから、見逃してくんない?」
「むぅ……あんにゃには、いつになったらねえたんが出来るの……? パパもママにも頼んでるのに、あんにゃのねーたんつくってくんにゃい……」
「お、親に頼んでもね……? 物理的に厳しいというか」
「ふにぃ……」
「あー! もう、泣くな泣くな!」
アタランテさんは幼女をあやしつつ、少年少女に視線で助けをもとめましたが、二人揃って肩をすくめられたので歯噛みしました。
魔物ならブン殴って黙らせればいいのですが、幼女ではそうもいきません。
オムツ穿いてるころから知っている妹分という事もあり、ナデナデしながら優しくあやすことにしました。
「だーいじょうぶだって! いつかきっと、お姉ちゃんできるから」
「ほんと……?」
「ホントホント。レムスもロムルスもそのうち、誰かと結婚するわ。その結婚相手がアンニア待望のお姉ちゃんよ。それまでガマンしときなー」
「こあい人じゃにゃい……?」
「ないない。レムスは馬鹿で脳筋で、ロムルスは爽やかそうで腹黒だけど、肝心なとこで人を見る目は確かだとは思うから、アンニアの事を可愛がってくれる優しいお姉ちゃんが出来るわよ」
「んに……おっぱい吸わせてくれるようなねーたん……? チュッチュッ!」
「そんな変態はさすがに来ないんじゃない?」
「んにぃ……!」
「あー、来る来る! おっぱい吸わせてくれるし、おっぱい大きいし! 押しに弱くて手篭めにしやすそうなのがくるわ! 優しくてアンニアの味方が来る」
「まことに~? あんにゃ、うれちぃ。そゆ人、しゅき」
「ホッ……」
「でも、アタランねーたんもしゅき~……」
「はいはい」
ようやく泣き止んだアンニアちゃんをホッとした様子で抱っこしつつ、移動したアタランテさんはレムスさんを軽く足でつつきました。
レムスさんも妹ちゃんの涙声に復活しましたが、ちょっと口を挟みづらい話題だっただけにムッツリ黙っていたものの、促され、起き上がり、現実のアンニアちゃんを引き渡されて抱っこしました。
アンニアちゃんはマーキングでもするようにお兄さんの身体にグリグリと頭を押し付け、遠慮がちに「にーたん、おべんきょ、むずかしぃ?」と聞きました。
「結構……どころでなく、難しいな。正直キツい……頭痛くなってくるぜ」
「にーたんかわいそ……あんにゃ、なでなでしたげる」
「アンニアは優しいな~!」
「あんにゃは、にーたんみたいにならないようにしよっ」
「おい……おいっ……!」
兄妹がそんな会話を交わしている間にセタンタ君とマーリンちゃんはアタランテさんが用意したテキストらしきものを見つめました。
そこにはレムスさんの苦闘の後が見え、アンニアちゃんのほっぺたを軽く引っ張って笑っているレムスさんの目元にも僅かに疲れが見て取れました。
アタランテさんも――アンニアちゃんに色々言われた事もあり――少し冷静になって「これは方針転換しないとキツいかも」と思い直しました。
「レムスの兄ちゃん、どこがわからないの?」
「ぜんぶ」
「絶望的だ」
「そういうお前は出来るのかよ~! セタンタ~!」
「多少……と言いたいところだけど、無理。事務作業とか筆記試験とかそういうの苦手だ。実技で補う方なんでー」
「孤児院でも簿記とかクランの運営に関しては、そこまで必修じゃ無かったもんねぇ。興味あって知りたければガッツリ教えてもらえるけど」
「俺ら、どっちもそこまでは考えて無かったから」
「ねっ」
「ちょっとホッとした。年下二人に負けてたらどうしようかと」
「あ、ここの計算、前提からして盛大に間違ってるよ」
「年下に指摘されて辛い」
レムスさんが軽く泣きました。
何事か思案していたアタランテさんは頭を掻きつつ、レムスさんに「アンタとしてはどう? 今後どうにかなりそうな手応えあった?」と聞きました。
「手応えとか全然。軽く自分の頭の出来に絶望するぐらいだったぜ……」
「そう。んー……こりゃ、詰め込みで教えるのは無理か」
嘆息しかけて、鼻息を少しだけもらすに留めたアタランテさんはポン、と手を叩いて「実戦で覚えていきましょう」と言いました。
「まず基礎知識って思ってたんだけど、レムスの場合はぶっつけ本番の方がいいかも。実際にどういうとこに、どういう必要性があって使う必要があるかを見てもらった方が、コイツの場合は身につく……かも」
「つまりどういう事?」
「とりあえず、何か冒険を企画してみ」
「ほう?」
「何やるか決めたら、それを下地に『どうやって黒字を増やすか』をよく意識してやってみるとしましょう。必要な事はちょいちょい口と手を出すけど、基本は総長であるアンタがやるように」
「気が進まねー……と言いたいが、避けて通れねえ道なんだよなぁ?」
「そーゆーこと。過程は違ってもたどり着くべき結果は同じよ」
レムスさんは言われた通りにしてみる事にしました。
あぐらをかき、そこに妹ちゃんを乗せ、眉根を寄せて思案しました。
「何すっかなー……儲かるもん、儲かるもん……」
「にーたん! あんにゃ、おにくほちぃ……おいしいのモグモグしたい」
「肉か。肉でもいいな。よしよし、アンニアに美味しい肉を取ってきてやろう」
「やったぁ」
アンニアちゃん、大喜び。
レムスさんもその様子にデレデレです。
逆にアタランテさんは困った顔をしつつ、隣にやってきたマーリンちゃんとセタンタ君に「どう思う?」と聞きました。
「ちょっと、難しい条件がついちゃったね?」
「何で?」
「アンニアちゃんのお肉取ってくるって事は、アンニアちゃんに買い取ってもらうわけにいかないでしょ? 黒字出すの目的となると、そこが足かせになりかねないんだよー。それとは別に利益出さなきゃなんだから」
「ああ、確かに……」
「そこを上手く工夫して、黒字出す計画を立てなきゃ現状から脱する事は出来ないわ。まあ、アタシも見てるから大丈夫……なはず」
「アンニア、アンニアは何の肉が食べたい?」
「ん~! うさぎさん! 前に、ろむにーたんとれむにーたんがとってきてくれた、ほっぺたとろけちゃううさぎさんが食べたいよ?」
「じゃあそれだな!」
「おたくの総長さんがさらに厳しそうな条件付与して、絞込始めたんですが」
「あああ……そうか、もうアタシの総長なのよねぇ……しょうがない……。条件厳しくなりそうだけど、上手くやりくりするしかないわ」
実際、一行は苦しむ事になりました。
苦しむ事になる問題に当たる事になるのは、ほんの少しだけ先の事でしたが――アタランテさんはひとまず「出かけるわよー」とレムスさんを促しました。
「出かけるってどこに?」
「まず朝風呂。次に昼飯。その後に冒険者ギルドよ」




