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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
四章:復讐と裏切り
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焼死のプロセス



「予想はしてたけど、やっぱ助けに行くんだねぇ」


「パリスとガラハッドには悪いが、さすがにな!」


 他所の冒険者パーティーの窮地。


 それもついさっきちょっかいを出してきた冒険者達が「死んでいってる」と聞いたレムスさんは頭を掻きつつ、救助に行く事に決めたようです。


 セタンタ君とマーリンちゃんもそれに同行。


 レムスさんとセタンタ君が峡谷地帯を走り、浮遊しているマーリンちゃんはセタンタ君の槍に捕まり、鯉のぼりのように揺られながら運んでもらっています。


 駆け出し冒険者の二人は「まだ荷が重い状況」と判断され、エレインさんが護衛について後から追随中。現場近くまで来た後、後方で救助活動をするそうです。



「よし、大体わかった。道すがらざっくり状況説明するよ」


「頼むぜマーリンちゃん」


「敵は確認出来る範囲で火竜かりゅう1、中型飛竜10。察するに火竜討伐に来たとこで飛竜の群れに横槍入れられて崩された形かな」


 アイアースちゃんのパーティーは火竜討伐を目的としていました。


 が、それに手こずっているうちに運悪く通りすがりの飛竜達にも目をつけられてしまったらしく、対応に追われるうちに一人、また一人と脱落。


 火竜の火焔に焼かれ、飛行する飛竜に翻弄されつつ、何とか仲間を助けようと奮闘していたものの、度重なる苦難に多くの生き残りがパニック状態に。


 現在は潰走しつつ、魔物に追撃されてさらに人数を減らしているようです。


殿しんがりで頑張ってる子達もいるけど、完全に押されてる。羊系獣人の女の子が応戦呼びかけつつ、率先して戦闘中」


「アイちゃんか。頑張ってほしいような、逃げてほしいような」


「確認出来る範囲で死者は8名。ボクが確認した限り19人いたから残り11人。いま戦闘中の魔物以外に乱入してきそうなのはアルコンが3羽ほど。あの子達より飛竜の方が早い。放置してても逃げ切れるのは2、3人ぐらいかな」


「おし、じゃあ飛竜は俺が受け持つ」


 レムスさんはそう言いつつ、赤子の頭ほどの石を拾い、投擲しました。


 投石は風を切りつつ――身体強化魔術で思い切り投げられた勢いを残しつつ――急降下中の飛竜の片翼を打ち抜きました。


 バランスを崩した飛竜は「ギャッ」と鳴きつつ、落下してきた勢いのまま地面に激突。即死――は何とか逃れましたが、戦闘能力は大いに削がれました。


 地形を無視し、大空を飛翔し襲ってくる魔物は強く、厄介な相手です。


 しかし、飛行するために羽が必要になる種が珍しくなく、翼が全身の部位の中で一番脆い事もまた珍しくありません。


 頭を狙わずとも翼を打つ事で落とし、殺すなり無力化するという方法もあります。言うは易しな事でもありますが、狙えそうなら狙ってみましょう。


「セタンタ、火竜の方は頼めるか?」


「了解。手持ちの武装で何とかなると思う。最悪足止めはする」


「頼んだぜー。マーリンちゃんは周辺警戒と救援、治療を頼む。特にヤバイ奴から優先的に。言ってくれれば俺で援護する」


「りょーかい。何とか全滅は避けれそうかな?」


「戦略の上での全滅はともかくな。出来るだけ急ごう」


 それっ、とレムスさんがまた走りながら石を投げ、飛竜が落ちました。


 白狼会の救援で事態は少しずつ好転しつつありました。


 しかし、それもあくまで局面全体の事。


 今まさに命を失おうとしている者達――及びもう失った者達――に限って言えば、はそよ風のような変化に過ぎませんでした。




「あああぁぁぁ――――!?」


 いま、一人の冒険者が全身を炎に包まれ、死んでいきました。


 それを浴びせてきた魔物こそが、彼らが狩ろうとしていた火竜。


 火竜の種類も様々ですが、暴れているのは「クレマシオン」という火竜です。


 別名、火葬竜。


 名に恥じないほどに数多の冒険者を焼き殺してきた魔物です。アイアースちゃん達のパーティーの死者も八割方が火葬竜にやられたほど。


 討伐のコツを掴んでいない冒険者歴3、4年ほどの冒険者なら5、6人で何とか倒せるか倒せないか、というぐらいの強さです。


 外見シルエットは二足歩行の恐竜に似ており、体長は約10メートル。


 黒い火山岩の如き鱗が全身を包んでおり、並大抵の攻撃は安々と弾きます。


 セタンタ君達の中では正面から斬り殺せるのはエレインさんとレムスさんぐらいでしょう。熟練冒険者の間でも斬り殺せる人は少ない方です。


 それほど硬い鱗を持ちながら、動きはとても俊敏。


 時速50キロほどで走りつつ、ピョンと10メートルほど飛び上がって強襲し、鋭い爪と身体で冒険者をミンチにしちゃっいます。


 アゴは大きいものの然程強靭ではなく、咬合力こうごうりょくは見た目ほど高くは無いものの、牙も合わせれば一度噛まれた冒険者は遠からず死に至ります。


 この時点で打って良し! 守って良し! 走って良し! 殺して良し! といった感じですが、クレマシオン最大の売りは別にあります。


 あだ名の由来にも繋がっている火焔を放射する特性です。


 火葬竜は体内で可燃性液体を生成する器官を持ち、その液体を噴射して牙で着火し、火焔を放射する事が出来るのです。


 アクロバティックに動き、脚爪の一撃を回避した冒険者の背に追撃の火炎放射!


 斬りかかろうとしてきた冒険者の顔に向かって火炎放射!


 困ったら火炎放射と言いたげなほどにビュッビュッ! と吹き出してくるので、近づいて攻撃するにも一苦労です。



 対策としましては「体力切れ狙い」が一つの手として挙げられます。


 正確には可燃性液体あぶら切れ狙いですね。


 火葬竜は可燃性の液体を生成出来るものの、生成速度は極端に早いわけではないので全力放射で数分ほどで液体の方は無くなります。


 頑張って逃げ回り、液体が切れたら再生生成するまでの期間で畳み掛ける一つの対策で――アイアースちゃん達もそうやって倒そうと考えていました。


 ただ、どちらかと言うとこれは悪手です。


 液体切れ狙っているうちに他の魔物が乱入してくる可能性があるんです。


 その場合、他の魔物の動向をよく見守りつつ、必要であれば乱入前に別働隊が駆除――あるいは一時切り上げて撤退したらいいのですが、アイアースちゃん達は索敵を怠っていました。


 この一帯で飛竜の群れが乱入してくるのはかなりの不運で、熟練者が20人ほどいても今回の状況で応戦するのはかなり厳しいと言っていいでしょう。


 運も悪かったのです。


 実力が必要以上に無かったわけでも無いのです。


 ただ、事前に索敵と万が一の撤退ルートの調整、引き際を見誤らないなどの事が疎かになったがゆえに陥った窮地であり、必然でもありました。


 魔物が跋扈する都市郊外では珍しい、とも言い切れない事例です。



「ぐ……皆、戦いなさい! 死中に活を求めるのです!」


 アイアースちゃんは打開のために反撃を求めました。


 パーティー内でも比較的実力者である事、そして火炎がかするぐらいであれば防護の魔術で防げているがゆえに何とか生き残っていますが、アイアースちゃん達だけでは壊滅は時間の問題です。


 そして、パーティー内の多くの者に対して火焔は猛威を振るいました。


 即死は避けても火傷を負い、動けなくなって死ぬ子もいました。


 火傷によって腕を焼かれ、武器が持てなくなる子もいました。


 魔物から逃げ切る事が出来ても火傷という傷跡から死に至る事もあります。


 焼かれる事に対する本能的な恐怖も逃走を煽っているのでしょう。



 火傷を負った事によって死ぬ事を「火傷死」と言います。


 一口に火傷死と言っても、どういう過程を辿って死ぬかは様々です。


 熱傷性ショックによる死もありますが、火傷による水分喪失と血液濃縮から心臓機能の低下に至り、多臓器不全で死ぬ事もあります。


 火傷により免疫能力低下を招き、感染症によって死ぬ事もありますし、血液やリンパ管そのものに病原菌が侵入し、敗血症によって死ぬ事もあります。


 これらの症状は「大やけど負ったけど火災現場からして病院辿り着いたぜヤッタ!」で完全に回避出来るとは限らず、火傷を発端に数時間から3週間ほどの間に助けられた人が病院で息を引き取る、という事もあるのです。


 火傷は第Ⅰ、第Ⅱ、第Ⅲ火傷と表皮からどの程度の深さまで達したか等級で分けられているのですが、ヒューマン種であれば第Ⅱ火傷で体表面積の2分の1以上、第Ⅲ火傷で3分の1死亡するとも言われていますのでお気をつけください。



 ただ、バッカス王国ではこれらの火傷死は起こりにくいものです。


 治癒魔術の心得があれば皮膚移植するまでもなく、火傷が治せるのです。


 もちろん相応の心得と早期対応が必要ですが、第Ⅲ火傷を治すぐらいの治癒魔術なら冒険者の大半が頑張れば習得可能、というぐらいの難易度です。


 治癒魔術を使うような事体にならないのが一番とはいえ、万が一の時に備えてパーティー内に2人以上、心得のある人を置いておくといいでしょう。



「あ、アイアースちゃんっ、たすっ、助けて!」


「わ、わかりました! もうちょっと耐えて――危ない!」


「アッ! い、いやだ! おっ、お母さ――――!」



 今また一人、冒険者が火焔に飲まれて死にました。


 しかし、これは先ほどまでに説明した火傷死ではありません。


 火傷以前に火に包まれた現場で死ぬ事を「焼死」と言います。


 この場で死んだ冒険者のほぼ全員が焼死しているようですね。


 一口に焼死と言っても真っ黒焦げになれば焼死――と言うわけではありません。


 直に焼かれずとも焼死には至るのです。


 ちょうどこれから肌を焼かれず焼死に至る冒険者が出そうなので、昇天までの過程を追ってみましょう。何とも悪趣味な催しですね。



 その冒険者ちゃんは、崖に空いた洞穴を発見しました。


 それは火葬竜や飛竜が入るには入り口が狭く、身体が入らない理想的な避難場所――に冒険者ちゃんには見えました。


 生存の光明を得た冒険者ちゃんはパッと表情を明るくし、ササッとそこに飛び込んで隠れ潜もうとしました。


 仲間を見捨てた~と非難していいのは同じ状況に置かれた人ぐらいでしょう。


「ちょっと! 何を隠れているんですか戦いなさい!」


「もう無理!」


 アイアースちゃんは怒っていいかもしれません。


 逃げ込んだ冒険者ちゃんがホッとしたのも束の間、洞穴の入り口にヌッと影が差しました。火葬竜が目ざとく見つけてしまったようです。


 入り口から火焔!


 洞穴の最奥は行き止まり!


 冒険者ちゃんは悲鳴をあげましたが、即死には至りませんでした。


 幸いと言うべきなのか、火焔は冒険者ちゃんまで届かなかったのです。


 洞窟の壁をちょっと燃やした程度です。


 諦めの悪い火葬竜がボゥボゥと火を洞窟内に吹き込んできますが、冒険者ちゃんのいる奥にまでは届かず、冒険者ちゃんは「やった!」と喜んで死にました。


 窒息死です。


 火焔は光と熱を伴う酸化反応であり、ぼうぼう燃えれば酸素がサヨナラしちゃいます。酸素濃度5%で瞬間的に卒倒してしまうほどです。


 武器としての火炎放射器は火炎による火傷も恐ろしいですが、トーチカなどの堅牢な閉鎖空間に吹きつける事で周囲の酸素を奪って炎ではなく、窒息させて殺すという方法として使われていたりもします。


 窒息が焼痕が無い場合の焼死です。


 一酸化炭素中毒死も焼死の一種となり得ます。


 これは何も閉鎖空間に限る話ではありません。


 ガソリンを被って焼身自殺した場合など、火傷以前に窒息死となる事もあります。全身が焼ける事も危ないのですが、その前に窒息死も起こりうるのです。


 原因としては燃焼で周囲の酸素が失われた事、本人が炎の中で息を止めたという事も考えられますし、炎が口から侵入して喉を焼き、気管に熱傷を負わせて呼吸もままならなくなったという可能性もあります。


 今回、火葬竜が撒き散らしている死はこの手のもののようですね。


 バッカス王国では火傷は治癒魔術で対処しやすい方なので、冒険者として活動する場合は魔物にビュッ! と炎を吹き付けられた時は全身大やけどは覚悟しつつ、呼吸器官は頑張って守りましょう。


 酸欠対策には水中潜行に使われる酸素生成の魔術も有効です。潜る予定は無くとも、覚えておくといいかもしれませんね。



「だ、誰か……生き残りは!?」


 アイアースちゃんが震えながら叫びました。


 しかし、それに答える声は魔物の咆哮ばかり。


 近場にはもう死体しかなく、生き残りはもう飛竜に追い回されて別の場所に行ってしまったようですね。人型の物体も転がっていますが、もう死んでいます。


 アイアースちゃんは絶望的な状況に気づき、失禁しそうになりました。


 幸いと言うべきなのか、水気を蒸発させる炎を火葬竜が吐こうとしています。


 茫然自失のアイアースちゃんは、ぺたん、とその場に座り込み――あとはもう魔物のされるがままの状態へ。


 火葬竜は無慈悲に火炎を吐きました。


 その放射の軌道は直撃――ではなく、僅かに逸れました。


 横合いから飛び込んできたセタンタ君が火葬竜の頭に蹴りを当て、アイアースちゃんを火焔の直撃コースから守ったのです。


「休むな! 立て!!」


「あぁ……うぅ……」


「チッ……!」


 手近な生存者が動けないと見ると、セタンタ君は火葬竜の噛みつきを回避。


 後ろに飛ぶと追撃の炎が直ぐ飛んできかねないので、横へ横へと避けていきます。避け、頭を足蹴にし、槍の石づきで一発、二発、三発と突きによる殴打。


 地面に下りたタイミングで横合いからやってきた火葬竜の尻尾ムチを屈んで躱しつつ、石づきで火葬竜の脚の関節を思い切り突きました。


 堅牢な鱗を持つ魔物ですが、関節は比較的脆弱。


 悲鳴じみた咆哮をあげた火葬竜が逆襲に燃え、標的を完全にセタンタ君に変えた事を確認した後――セタンタ君は、あえてバックステップで大きく後退。


 同時に、何かを取り出しました。


 火葬竜はそれを知ってか知らずか、少年に目掛けて口を全開に。


 火焔を放つべく、口を大きく開きました。



「――――」



 セタンタ君は魔物の口内を注視しました。


 そこで可燃性液体あぶらの噴射口を確認。


 即座に手首のスナップと魔術を用い、そこに向かって投擲を行いました。


 投げられたのは木彫りの投げナイフでした。


 切断能力はペーパーナイフ程度。


 されど、そこにはビッシリとルーン文字フサルクが刻まれていました。



Dagazダガズ



 ナイフに加え、詠唱で追撃。


 極めて小規模な着火の魔術でしたが、効果は絶大。


 液体の噴射口の時点で着火する事で火葬竜の身体の内側から大炎上。


 炎を吐くとはいえ、内臓が特別火に強いという事もない火葬竜は苦しみ悶え、目の前の少年を殺すどころではなくなり、その隙に目を槍で潰されました。


 痛みと炎に耐え、何とか獲物を探そうとした盲目の火葬竜でしたが、やがて横倒しとなり、そのまま息絶えました。


 死因は窒息死だったようです。



「おい、立てるか?」


「あ……あぅ……」


「とりあえず助けに来た。けど、もうちょっと隠れてろ」


「飛竜……まだ、飛竜が……」


「そうだな。俺も倒しに行くから、その辺に隠れて――」


「いや、いまレムスさんが全部落としたよ」


 脅威が取り除かれた事でやってきたマーリンちゃんが生存者を誘導しつつ、やってきて改めて治療をしながら状況を説明しました。


「飛竜10のうち7が死亡確認。レムスさんは念のため残り3にトドメ刺してから合流するって。おおむねおつかれ~」


「早えな。いや、俺が遅えのか」


「そりゃ相手はバッカス屈指の武闘派士族の有望株エースだからね。お兄さんの方も強いし、元を辿ればお母さんが化け物染みた強さだもん」


「ちぇっ、何か悔しいな」


「はいはい、その辺の感傷は後にして事後処理頑張ろうね」



 エレインさん達もやってきた事で、事後は犠牲者無く片付きました。


 アイアースちゃんも生き残りました。


 15もの命が失われましたが、何とか壊滅は避ける事が出来ました。


 それでも恐ろしい修羅場に直面したアイアースちゃん達は生存の喜びを謳歌する事も出来ず、言葉少なに仲間内で身を寄せ合いました。


 レムスさんは膝を曲げて彼女達に視線を合わせつつ、そっと声をかけました。



「アイちゃん、お仲間の皆の保険は?」


「…………」


「……大丈夫か?」


 アイアースちゃんはぎこちない仕草で頷きました。


 頷き、「全員、保険入ってます」と返答しました。


「そうか、なら良かった。じゃあ帰る準備してくれ、街まで護衛するよ」


「どなたか、蘇生魔術は……」


「悪いが蘇生まで行くと無理だ。保険に頼れ」


「…………」


「お仲間の遺品、色々持って帰らなくていいか? 多少はこっちも運搬手伝うが、全部は諦めて大事なもんだけ優先して持って帰りな」


 持ってかえりきれない物はどこかに隠し、後日取りにくればいいとレムスさんは言い、アイアースちゃんは俯きながらも頷きました。


 頷き、瞳には涙を浮かべ、敗北を噛み締めていました。




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