爪磨の儀
■前章内容なんてもう忘れたという方向けのあらすじ
なんやかんやあってパリス少年がガラハッド君という同い年の弟弟子と冒険者の訓練に励む中、それに触発されたアンニアちゃんは「ふんしゅふんしゅ!」と鼻息荒く、「あんにゃも今日から訓練すりゅ~!」と決意しました。
数日後、お兄さんに貰ったオモチャの剣をブンブン振り回しつつ、従姉妹のお姉ちゃんのところに「あんにゃは強くなりたいよ? ちゅよくして?」とお願いしました。
面倒くさかったものの仕方ないと思った従姉妹のお姉ちゃんはまず、蹴りの練習をさせました。全身凶器のカンピドリオ士族の戦士にとっては蹴り技も必修科目です。アンニアちゃんもご機嫌で蹴りの練習をする事にしましたが……蹴ろうとしても「あにゃん!?」と言いながらコテンと転がるばかりでした。
どうも片足立ちできるバランス感覚が無いようです。まだ子供なので仕方ないですね。
従姉妹のお姉ちゃんは「それに懲りたら向いてない事は止めるのです」とアンニアちゃんの頬をつんつく突きましたが、アンニアちゃんは「むぷぅ!」と頬を膨らまして指を跳ね返し、「そんなことないもんっ」「あんにゃ強い子、元気な子っ」とムキになって蹴りの素振りを繰り返し、そのたびにコテン、コテンと転んで最後には「ふぇぇ……にいた~ん……」と泣いて帰る事になりました。
従姉妹のお姉ちゃんに手を繋いでもらい、泣きながら歩いて家に帰ったアンニアちゃんは次兄のレムスさんが「実家に戻ってきちゃダメになった」という話を聞き、「にいたんが追放されちゃう!」とビックリし、不安をむくむく入道雲のよう膨らませていきました。
それを解消するためにセタンタ君達のところに「にいたんを助けたげて~」とお願いしにいったのですが……。
「れむにーたんが、士族ついほーされちゃったの! にーたんを、助けたげて~~~!」
ガラハッド君の慰労会にて、お肉を食べていたセタンタ君は白狼系獣人の女の子、アンニアちゃんにそう請われました。
アンニアちゃんの言い分だと、お兄さんのレムスさんが自分の士族から――アンニアちゃん達のパパさんが取り仕切る――カンピドリオ士族から追放された、との事です。
「そりゃ大変だ」
「大変だねぇ」
「でしょ? とりあえず、あんにゃも……お肉たべたいよ?」
『どうぞどうぞ』
ひとしきり食事を楽しんだ後、アンニアちゃんの案内で移動する事になりました。
パリス少年とガラハッド君が後片付けをしてくれる事になり、セタンタ君とマーリンちゃんが辿り着いた先には……ダンボール箱に入ったレムスさんがいました。
とても沈んだ顔をして黙り込んでいますね。
「……遠目に見れば捨てられた子犬だね」
「図体はその10倍は超えてるぞ」
セタンタ君達は面白がって来た事を後悔しました。
後悔したものの、帰るには時既に遅く、「にいた~ん」と叫んだアンニアちゃんがダンボールに駆けていき、ダンボールの隙間に無理やり収まりました。
「ムフムフ……あんにゃ、にいたんと一緒に捨てられチャッチャ?」
「アンニア……俺にはもう、お前だけだ……兄妹仲良く強く生きていこうな?」
「うーそだよ。あんにゃはこのあと、フツーにおウチにカエルーよ?」
「あ、あんにゃ……」
「ワオ、すごい勢いで暗い瞳になっていった」
「そういう寸劇は良いから……何があったんだよ、レムスの兄ちゃん」
セタンタ君は本人に直接問いかけました。
アンニアちゃんにも話は聞いたのですが、あんまり要領を得なかったので話半分に聞いていたのです。レムスさんの落ち込みようからすると、追放も真実かもしれませんが……。
「マジで士族追放されたの?」
「うん……」
「マジかよ」
「最大で3年限定でな……」
「は?」
「爪磨の儀って言う制度があってだな……優れた勇士たる資格を示せば直ぐにでも戻る事が出来るんだがなー……突然の事だから、困惑してる」
カンピドリオ士族だけではなく、他の士族にも伝わる儀式です。
儀式の皮を被った政治的な処置の名称です。
士族内で政治的な揉め事……例えば地位の相続問題などが起こった際に事実上の追放に使われる事が多いものです。功績立てても帰ってこれないパターンもあります。
功績は士族の長や審査会が判定するので、国中で噂になるほどの功績立てないと「ダメ」「出直してこい」と突っぱねられることもあるほど。公正な第三者機関に任せないのです。
ただ、建国500年近く経ったバッカス王国では行われる事も少なくなり、そのうえ、レムスさんに関しては「長くても3年限定」の縛り付きです。
「つまり、3年間食っちゃ寝してても3年後には帰れるって寸法だ……」
「なーんだ、追放って言うか遊学の類じゃん、それは」
「大したことなくて良かったねぇ」
「大した事だよぉ! 士族の都市に行くのは自由だが、居住は不可! 自分の実家の敷居はまたげねえって言う鬼みたいな制度だぞ!」
「「言うほどかな……?」」
かなり優しい方です。
厳しい爪磨の儀の場合、よっぽど重要な用事が無い限りは士族が自治している都市への侵入すら禁じられるほど。実家には入れずとも、外で妹さんに会うぐらいは出来ます。
それでもレムスさんは「えぇ~ん、あんまりだよ~! さびしいよぅ~!」と泣きわめきました。
大の大人がダンボールに入って泣く光景は筆舌に尽くしがたいものがあり、隙間に入ったアンニアちゃんの姿が無ければ監獄に連れていかれそうな不審者っぷりです。
「家ぐらい帰りてー! 士族の友達と泊まり込みで遊びてー!」
「頑張って功績立ててください」
「レムスの兄ちゃんなら余裕だろ。強えし」
「余裕じゃねえよ! 一時的なもんとはいえ、俺を追い出す算段つけたの兄者なんだぞ! そのうち帰れるつっても、兄者に嫌われたらお先真っ暗だよ~~~!」
一瞬、プリプリと怒り出したレムスさんでしたが、直ぐにションボリとした様子でシュンとし始めました。それを見たマーリンちゃんは小首を傾げて訪ねました。
「そもそも……何でレムスさんが追い出される事になったの?」
「兄弟仲も良かったように見えるし……次期士族長の地位はロムルスさんの方で確定してるんだろ? 戦力的な面だとレムスの兄ちゃんいた方が色々便利だと思うけどなー」
「追い出される要素、特に無いよね?」
「多分」
「だろ!? なのに追い出されたんだぜ? 兄者に嫌われちまったんだ……!」
泣くお兄さんにアンニアちゃんはもらい泣きしました。
「ふぇぇ……にいたん、にゃかないで~」
「泣いてねえよぅ、寂しいだけだよぅ」
「ふぇぇ、にいたん、ほおずりしにゃいでぇ、おひげ痛い」
「ロムルスさんに嫌われるような事でもした、とか?」
「何か心当たりないの?」
「まったくねえ! 兄者が家に連れ込んだ女の子に勝手に手を出したぐらいだな」
「「それだよ」」
「いやいや、それぐらいはちょっとした挨拶程度だろ? 兄者も『愚弟め』と言って俺をひっぱたいてきたけど、結局三人でしっぽり楽しんだしなぁ。今更その手の事で怒る事はない」
レムスさんは断言しました。
断言して、他に心当たりもないので、悲しくてしょぼくれました。
「兄者は何で俺の事が嫌いになったんだろう……兄者に嫌いになられて、遠ざけられたら兄者を守ったり代わりに死んだりが出来ねえじゃねえか……」
「嫌われたって決めるのは早計な気がするけど……」
「もう駄目だ、この世の終わりだ……どっかの山奥で寿命尽きるまで静かに暮らすよ」
しょぼくれたレムスさんがそう言うと、アンニアちゃんが「ぷぅ」と頬を膨らませて怒り、獣耳のついた頭をぐりぐりとお兄さんに押し付けました。
「あんにゃはやーだよ! おうちも帰ってきちゃだめなんでしょ? 今日はブクブクどらごんしゃんのお肉でステーキ作るんだって! きっとおいしいから、あんにゃは、れむにーたんといっしょにたべたかったよぅ……くすん」
「あ、アンニア……!」
「…………ん? れむにーたんいないと、れむにーたんのぶんも食べていーの……? じゃあ、れむにーたん、帰 ってこなくていいよ? バイバイね!」
「アッ、アンニアアアアアアア!?」
「うそだよ? れむにーたんがあんにゃのごはんとってきてくれたほうが、イッパイ食べれるもんね? はやく取ってきてねっ♡」
「アンニアアアアアアア♡」
「えへへっ!」
恍惚としたレムスさんにアンニアちゃんが抱きつき、ほんわかとした空気が出来上がりました。
セタンタ君達はそれを見ながら小声で「さらっとパシリ扱いされてね?」「帰ってきてとも言われてない……」と言葉を交わしましたが、本人達が楽しげなのでそっとしておきました。
アンニアちゃんに少しだけ元気を貰ったレムスさんでしたが、アンニアちゃんが「おなかへったよ? バイバイね!」とお兄さんを置いて帰ってしまうと、直ぐに現状を思い出して暗い表情に戻り、ウジウジとダンボールの中で身をよじりました。
「死のう……」
「死んでも保険かけてるなら大丈夫だね」
「大丈夫じゃねえよ……っと、雨がちらついてきたな」
「あらホント。とりあえず……レムスさんをここに放置するのも風体悪いから、今日はセタンタのとこで預かってよ。今夜の宿も無さそうだし、納戸にでも押し込めておけばいいからさ」
「そんな物みたいに。まあ、いいけどよ」
「うぅ……アンニア……兄者ぁ……」
セタンタ君達は悲しみにくれるレムスさんをダンボールごと「わっせわっせ」とセタンタ君の住む寮に運び込みました。




