トレイルランニング
休憩を終えた後、四人は市壁の端っこ、狭間の上を走りました。
走りづらいところでも走る訓練ですね。
都市郊外を走る事になる冒険者達の足場は、とても脆いものです。
踏み外す、滑る、踏み抜いて崩れるなどして転ぶ可能性は盛りだくさん。単に転ぶだけならまだ悪態つきつつ、治癒魔術で取り返しがつくのですが崖から空中に放り出されると死亡、あるいは大きな時間のロスに繋がる事もあります。
マーリンちゃんのように浮遊魔術が使えればその辺りの危機も避けれるものの、浮遊は飛翔魔術と同じく神様が取得しづらいよう妨害している難易度高い魔術。バッカス冒険者の殆どが空を飛べず、地を駆ける事になります。
だからこそ、単に市壁上を走るだけでは意味が無いのです。
身体強化魔術による走行速度強化、スタミナの大幅な底上げに加え、不整地でも走れる技術や足場を固める魔術が必要になってきます。
「なので、お昼からは郊外を走るとしましょう」
エレインさんはそう言い、午前の訓練を切り上げました。
切り上げてパリス少年の希望通り、カレー屋に行きました。
惣菜屋も経営してるカレー屋さんなのでトッピングは人それぞれ。パリス少年はご満悦の顔で唐揚げ、トンカツ、エビフライ、イカフライ、皮までパリパリに焼かれたチキンを乗せてもらい、それを食しました。
セタンタ君は軟骨の唐揚げを選び、挑戦する事にしました。
「カレー上手いし、軟骨も上手いし、この組み合わせは強えに決まってるだろ!」
「なるほどな」
言うほど強くはありませんでした。
ガラハッド君は「一人で食べます」とムッツリ言いましたが、エレインさんがスッ……と片腕を上げて無言で脅迫すると大人しく席につきました。
食べ終わったら荷物を取りに戻ってから郊外へと向かいました。
「さて、ここから夕方までずっと郊外走です」
「夕方っていつまでですか?」
「鴉が鳴いたら夕方です」
「鳴かなかったら?」
エレインさんはニッコリと笑いました。
都市郊外を走るに辺り、不整地である以外にも条件の変更が加わりました。
武器防具、そして背負袋の装備です。
取ってきたのはパリス少年とガラハッド君が普段使いしているものに加え、およそ100キロ分の重りが入った袋を背負い、走る事になりました。
身体強化魔術を使えば子供でもそれぐらい持てるとはいえ――荷重をゼロにする魔術ではないので――重い分、より強い出力で魔術を行使せねばなりません。
出力あげるという事は消費魔力も増加します。あまり使いすぎると血を吐いてブッ倒れ、もう走るどころではなくなります。そのため出来るだけ魔力を過剰に使わないようにセーブしつつ、調整して走る事になりました。
他にも郊外に出た以上、魔物も襲ってくるのですが今回はエレインさんとセタンタ君が対応し、パリス少年達は武器持って走るだけになりました。
遠からず、自分で魔物を倒したり索敵しながら走る訓練へと移行する事になります。一口に都市郊外を走ると言っても、色々とやらなきゃいけません。
「ぬおおおお!?」
「大丈夫ですかー?」
「だ、大丈夫!」
パリス少年が滑り、ゴロゴロと斜面を転がり落ち、鼻血を垂らしていましたが自分で治癒し、「えーい、カッコ悪いぜ!」と言いながら走り登ってきました。
登ってきて、自分が踏んで滑った濡れた落ち葉が散乱している場所をしげしげと眺め、観察しています。
「索敵魔術で敵探すばっかりじゃなくて、必要に応じて観測魔術で地面の状況とか調べながら走った方がいいのかな……?」
「悪路はそうした方がいいですね。乾いた土の地面とか、木の根が張っていてしっかりと地面が見えるとことか、法則なり経験則でわかるところはありますが、それも絶対ではありません。例えば雪山にある雪庇とか危ないです」
「むむ……逆に、魔物が踏む足場を悪いものに出来たりしねーかなー……」
雪庇とは一見すると地面がちゃんとあるようで、実際は単なる雪の塊で、踏み抜くと地面がまったく無く、そのまま滑落しかねない場所です。
軽く、固まるだけに風に流された雪が山の尾根等から中空に突き出す形で固まっていき、自重あるいは何かが乗るまで橋がかかっていくように構成され続けていきます。天然の落とし穴ですね。
雪深いところは崖っぷちに限らず落とし穴が出来やすく、それだけに観測魔術で「踏み抜いても大丈夫なところか」を調べるのも一つの手です。
歩いて確かめながら行くのも手ですが、時間と魔物が悠長に歩く事を許してくれない事もあるので、バッカスでは魔術で調べるのが一般的です。
「ただ、魔術使うとなると魔力消費が重なる事になりますからね」
そういう場合はどうしましょう、とエレインさんが聞くとパリス少年が元気よく手をあげて答えました。
「先頭だけが魔術起動する! 先頭が足場の確認しつつ、先頭を順次交代して消費を抑えるという方法があるって、冒険者雑誌で読んだ」
「パリス君、正解です」
「仲間のありがたさがわかるな、ガラハッド」
「なんで私に言う……」
「セタンタ君も人のことは言えませんからね?」
「藪蛇だった……!」
「あ、静かに。魔物いますね」
エレインさんが離れたところにうろついている一匹の魔物を見つけ、三人に潜むよう指示し、「ちょっと殺ってきます」と言いました。
言いましたが、パリス君が止めました。
「オレ様が射ってみていい?」
「ええ、あれぐらいでしたら……横腹か頭辺りを狙ってください」
「じゃ、横腹で……」
パリス君がクロスボウを構え、放ちました。
放たれた矢が魔術により曲げられ、軌道修正しつつ飛んでいっています。
矢の軌道を操作する魔術です。
操作されたものの、魔物には当たらず、パリス少年達に気づいた魔物が猛然と突撃してきてエレインさんにずんばらりんと斬り倒されました。
「くそう、いまの良い感じだと思ったのに……!」
「矢はもう少し近くまで自然に飛ばして、近くで軌道変更で良かったと思いますよ。魔力の節約にもなります」
「むむ……まだまだ練習しなきゃだな」
パリス少年はクロスボウを撫で、堅い表情で頷きました。
ただその堅さは外しながらも得た手応えを大事に握りしめ、「次は決めてやる!」という決意が秘められたもののようでした。
セタンタ君はその様子を黙って、小さく頷きつつ見つめました。
ガラハッド君はその様子を見向きもせず、ただ遠くを見つめていました。
その後も一行の特訓は続きました。
続けば続くほど郊外慣れしていないパリス少年とガラハッド君は疲労の色濃い表情になっていき、郊外慣れしているセタンタ君とエレインさんはケロリとした顔のまま走り続けました。
身体強化魔術で身体の性能を上げているとはいえ、まったく疲労しなくなるわけではありません。治癒の魔術で疲労回復出来るものの、ひよっこの二人はそれを失念しているようでした。
エレインさんも本人達が気づくのを待ちました。
ただ、同じ距離を走っているエレインさんとセタンタ君は治癒を自分に殆ど施さない状態で走り続けていました。
身体強化魔術を無駄なく使えているという事もありますが、郊外を走り慣れている事で魔術ではなく、足運びも無駄の無いものになっているのです。
魔術は色んな事を解消してくれますが、魔術ならぬ技術――例えば今回であれば足運びなどの体捌きも冒険者稼業をするうえでの糧になります。
何もかも魔術依存では魔力が枯渇しやすくなるので、他のことで工夫して魔力節約するというのも大事な事なのです。
そして、バッカスにはそういった冒険者に必要な魔術や技能をフル活用する戦い――陸上競技が存在しています。
名を郊外長距離走。
トレイルランニングの魔物が襲ってくる版、のようなものです。
都市郊外の不整地を走り、行く先々で襲ってくる魔物を倒し、あるいは戦闘を回避しつつゴールまで駆け抜ける競技がバッカス王国では行われています。
普段は魔物送り込んで「人類苦しめ~!」と悪辣な遊戯を楽しんでいる神様も協賛している競技で、魔術による競技風景の中継や生命は保証をしたうえで、冒険者達が優勝を競い合う大会が開かれる事があるのです。
単に強いだけでは完走も出来ない事もあり、冒険者としての技能と知識、そして駆け引きも全て振り絞る事になる総合競技です。
運の要素も大きく絡みます。
パリス少年とガラハッド君も郊外での活動に精通していけば、いずれはその手の競技に参加する事になるのかもしれません。
いまはまだ、夕方まで走ってヘロヘロになって、夕食食べたらそのまま寝落ちしてしまう程ですが、いずれは参加出来るほどに成長するかもしれません。
郊外長距離走を専門とする冒険者もいます。
冒険者のライフスタイルも色々です。




