影の黒狼
セタンタ君がパリス少年の射撃訓練手伝いを終え、今日の宿はどこにしようかと思いながらテクテクと歩いている時の事でした。
路地裏に入った瞬間、黒尽くめの人々に囲まれたのです。
相手の装いはローブを着込んだ暗殺者の如きもの。セタンタ君は無表情を装いつつ、逃げる機会を伺いましたがネズミ一匹通さない布陣を前に「何か御用?」と聞くに留めました。
暗殺者のような人々はセタンタ君に簡潔に事情を説明し、セタンタ君は表通りを歩かせてもらう事を条件に相手の申し出に従いました。
表通りに戻ると光を受けた影のようにスッと消えた人々に薄気味悪さを感じつつも、セタンタ君が指定の場所――相手の主人達が待つという場所に到達しました。
そこは体躯の大きな巨人種の方が利用する料理屋でした。
店内には「ふひゃあ~!」と幸せそうな声をあげ、キラキラと目を輝かせながら牛の丸焼きにかぶりつく幼女の姿がありました。
カンピドリオ士族のアンニアちゃんです。
とても幸せそうに食事をしています。
そして、それを見守る白狼と黒狼の獣人……アンニアちゃんのお兄ちゃんであるロムルスさんとレムスさんの姿もありました。
「おう、セタンタ!」
「呼び立ててしまってすまない」
「いや、いいんだけど……もっとフツーに呼びつけてほしかったけど」
「タンタちゃんだ!」
アンニアちゃんがセタンタ君に気づき、むふむふむふんと鼻息もらしつつ嬉しそうな顔で近づいてきました。尻尾もワンコのようにぶんぶん振っています。
「タンタちゃんも食べていーよ! これあーげりゅ」
「わぁ、ありがとう、立派な添え野菜だな?」
「にくじるがうつってて、おいしーよ」
アンニアちゃんはセタンタ君に野菜を全てあげて、自分は牛の丸焼き――もとい、牛の丸焼きの香草鶏肉詰めの攻略に戻っていきました。
セタンタ君は野菜をポリポリ食べつつ、レムスさんから店のメニューを受け取って「好きなもん頼め」と言われましたが、殆どセタンタ君の身体より大きい食べ物ばかりだったので飲み物だけ頼みました。
「そういやセタンタおめー、何か最近追われてるらしいじゃねーか」
「クラン・カラティンが人探しに動いていると聞いたが」
「身内絡み。俺が孤児院出てから一度も孤児院戻ってねーから、怒られてんの」
「なるほどな」
レムスさんは「戻ってちょっとした孝行してやれ」と言いましたが、セタンタ君は曖昧な返事だけ返しました。
その件はさておき、セタンタ君は呼び出された要件を聞く事にしました。
「マーリン探してるって聞いて来たんだけど?」
「おう、実は兄者が明日からサンテミリオン高原に行く事に昨日決まってな」
「昨日決まって明日」
「士族の若手戦士連れて調練行くんだよ。武器防具だけ持ってらんらん♪ と出発して、あとは全部現地調達で楽しく野営して過ごすんだ」
セタンタ君は自殺行為だな、と思いました。
ただそれはセタンタ君基準の話で、レムスさん達みたいな武闘派士族・カンピドリオなどではたまによくある訓練なのでそっとしておきました。
「まだ若い戦士ばかりだから、少し心配もあってな。索敵面を充実させるためにマーリン嬢と、彼女の護衛としてキミを雇いたいのだ」
レムスさんの言葉を継いだロムルスさんに対し、セタンタ君は野菜をポリポリかじりつつ、「添え野菜みたいな扱いだなぁ、俺」と呟きました。
「それだけ彼女が有能なのだ。その事はキミが私達より知っているだろう」
「そりゃもう。マーリンはマジでスゲー奴……なんだけど、ごめん、いま多分、仕事受けてるからそっちには行けないと思う」
「そうか。それは仕方ない」
「いなくても大丈夫なの?」
「あくまで保険として雇いたかっただけだからな。いたら助かったが、いないならいないで別の人を頼るさ。例えば、キミを護衛として雇うとかな」
「やだよ、そんな苦行じみた遠征参加すんの……」
セタンタ君はウヘェと嫌そうな顔して舌を出しつつ、「それにいまは先約があるからー」と自分の事情を説明しました。
パリス少年の訓練に付き合う約束をしているのです。
エレインさんから多少の報酬は貰っているとはいえ、冒険者として郊外に行くよりは少ないものですが、金銭面で特に切羽詰まっているわけでもないので長休み感覚で手伝う気になっているようです。
「ほー、例の坊主の手伝いか。お前、結構面倒見いいなぁ」
「ほっとけ」
「そっちも稽古つけてんなら、ウチの訓練に来いよ」
レムスさんはそう言い、士族の修練場にセタンタ君達を誘いました。
ちょうど明日からレムスさんも士族の若い子――まだ未成年の子達を戦士の先輩として訓練つけてあげる予定のようです。
「あれ? レムスの兄ちゃんは遠征行かないんだ?」
「ついていこうとしたんだけど、兄者が来るなって言うからー」
「鬱陶しいからな」
「んだよー! そういう悲しいこと言うなよー!」
レムスさんが口を尖らしてブーブーと文句を言う中、ロムルスさんはお酒の入ったグラスの手に取り、中の氷をカランと鳴らしながら物憂げにしていました。
「お互い、もういい大人だ。お前にはいい加減、自分の頭でよく考えて私の影……いや、金魚のフンのように付きまとわず、好き勝手にしていてほしいのだ」
「なんだよそれー、俺だって色々考えてるぞ」
「お前は優秀な戦士だ。だが、考えているのは戦いと仲間の事ばかり……」
ロムルスさんは深く嘆息しつつ、言葉を続けました。
「私に付き従うばかりではなく、もっと自分の将来の事を考えろ」
「考えてるぜ! 兄者は次期士族長でー、俺はそれを戦士として、剣として補佐するんだ。兄者の一番の家来なんだ。だから一緒にいてもいいじゃんよ?」
「おらんでよろしい。自立しろ」
「んだよー……」
レムスさんは不満げに「兄者が難しい事を言う」と膨れ、ムフムフと近づいてきた妹ちゃんに「たべるといーよぉ」と貰った牛の骨をボリボリ齧りました。
双子の弟から視線を逸したロムルスさんは「まあ、そういう事だから」と前置きをしたうえでセタンタ君に話しかけました。
「この愚弟がいるうちにでも友人達を連れて遊びに来てくれ。冒険者を志して訓練する身であれば、何かしら得るものがあるかもしれん」
「うーん……」
「ウチの修練場の方が広く無茶が出来るし、魔物の横槍無しで存分に身体も動かせる。特に……最強を目指す少年の鼻を折るという意味では、役立てるかもしれん」
「うーん……とりあえず、エレインさんに相談してみる。ありがとう」




