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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
三章:血汐の円卓
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薄っぺらな全て



 意識高く、セタンタ君より背の高いガラハッド君は腕を上げていきました。


 性格は相変わらずではありましたが、それでも少し……ほんの少しだけはセタンタ君に打ち解けてきて、訓練もつべこべ言わずに励むようになりました。


 索敵魔術の伸びは芳しくは無いものの、それ以外の魔術――特に身体強化魔術と武器強化魔術の冴えはひよっことは思えないものがありました。


 セタンタ君は「コイツはホントに才能あるかも……」と舌を巻きつつ、ガラハッド君に請われて槍の手ほどきもしてあげました。


 武術の面ではまだまだ拙いです。


 ガラハッド君は剣も最近触り始めたばかりで、槍も大差の無い習熟度だけに素人らしいところはありましたが、それでも魔術で早さと技術を補い、槍も剣も振るわれれば十分過ぎる威力を発揮しました。


 訓練開始から二週間で50ミリほどの鉄板は貫き通し、斬り裂くほどが出来るほど。威力は十分なので、ひとまず当てるための武術に慣れていく事になりました。


 その伸びは、パリス少年を凌駕していました。


 彼を不機嫌にさせるには十分過ぎるものでした。



「オレ様の方が、先輩なのに……」


「ほんの一ヶ月程度の差だろ」


「でも、オレ様の方が先に冒険者なろうとしてた!」


 訓練が終わり、フェルグスさんの家で夕食を食べてくつろいでいたセタンタ君はふくれっ面のパリス少年に愚痴られました。


 比較して伸び悩んでいる。


 そういう意味ではセタンタ君にも少しだけパリス少年の悔しさがわかりました。


 今でこそ打ってよし投げてよし走ってよしみたいな将来有望なぐうたら冒険者のセタンタ君ですが、昔は結構苦労していたのです。


 それこそエレインさんも言っていた通り、魔術の適正が尖りすぎていたために周りより魔術習得が遅れ、「冒険者なれないんじゃないか」と大いに焦っていた時期もあったほどでした。


 その過去を丁寧に説いたところで、それはセタンタ君の話。


 パリス少年の悩みはパリス少年のものであり、既に克服して立派に冒険者しているセタンタ君の経験がしっかり届くかは未知数。


 そして何より恥ずかしさもあるのでセタンタ君は言葉に迷った末にパリス少年を別の言葉で説得する事にしました。



「なあ、パリス。お前はお前でちゃんと伸びてるよ」


「そんなこと、無い。アイツの方がぐんぐん伸びてる」


 パリス少年は膝の上でぎゅっと手を握り込みました。


 握り込んで、顔を下に向け、言葉を絞り出しました。


「アイツの方が、先に冒険者としてスゴいやつになっちゃうんだ……!」


「ガラハッドはガラハッド、お前はお前だ」


「それってつまり、オレ様がアイツに劣ってるって事だろ!?」


「ああ」


 セタンタ君は否定しませんでした。


「お前もその事を自覚しているからこそ、悔しいんだろ?」


「ぐ……悪いかよ」


「悪くねえ。そうやって愚痴るのも悪くねえ。鬱憤の一つや二つぐらい溜まるさ。俺で良かったらそれぐらいは聞いてやる。けどな、パリス……それじゃ根本的な解決にはならないのも、お前はわかってるから悔しいんだよな……?」


「…………」


「お前の言う通り、ガラハッドの方が早く冒険者として大成するかもしんねえ。けど、まだそうなると決まったわけじゃない」


「でも、お前もオレの方が弱いって思ってるんだろ……?」


「ああ」


「否定してくれよ……」


 パリス少年はションボリしました。


 ションボリして、唇を噛み、涙ぐみました。


 セタンタ君は否定せず、借りてきた訓練の記録帳を開きました。


「自分が弱いって自覚してるなら、強くなれるように対策打っていけ。ガマンせずに不平不満も言ってスッキリしてもいい。けど、それ以上に努力しろ」


「でも、アイツの方が強えじゃん……どうすればいいんだよ……」


「これを見ろ。エレインさんから借りてきたお前らの訓練の記録帳だ」


 そこには几帳面な字でパリス少年達の訓練記録が書かれていました。


 100メートル走のタイムを記録していってるようなものです。


 所感や今後の予定に関しての案を書いたものは「恥ずかしいので」と貸してくれませんでしたが、それでも重要な記録を記しているものは貸してくれました。


「エレインさんは観測魔術とか使いつつ、お前らが訓練で具体的にどれだけ頑張ったかの記録を、お前らの代わりにつけてくれてるんだよ」


「どういう事だ……?」


「例えば……そうだな、ここの項目はゴーレムコア使った土像に打ち込んだ際、お前らが斬れた長さとか土像の強度を書いている」


 それを見れば、パリス少年とガラハッド君の差は歴然としていました。


 パリス少年はまだ初期段階の土像の首を落とせたところで停滞していますが、ガラハッド君はもはやフェルグス家にある打ち込み用の土像では事足りないぐらいの記録を残しています。


 エレインさんは主観だけではなく実際の記録にも重きを置いておいているため、こうして何をどれだけ成したかの記録をちゃんと取っているのです。


 記録取るのは当たり前の事ですが、当たり前だけに数字という事実がパリス少年とガラハッド君の力の差を物語っていました。



「けどな、こっちの記録を見ろ」


「えっと……索敵魔術の訓練記録……か?」


「そうだ。ガラハッドの訓練開始初期と、お前の訓練開始初期の記録もキチンと取ってくれてるから、ちょっと見比べてみろ」


「…………」


「身体強化魔術とかとは真逆……って言うほどじゃねえけど、索敵魔術の分野ではお前の方が習得早いし、ちゃんと伸びてるだろ」


 パリス少年も、まったく成長していないわけではないのです。


 ガラハッド君は身体強化や武器強化魔術はぐんぐんと伸びていますが、それ以外の魔術はあまり振るわず、パリス少年は――飛び抜けた才ではなくとも――器用に多彩な魔術を習得していっていました。


「隣ばっか見ずに、自分の足元を見てみろよ。お前もちゃんと努力してて、それがまったく実を結んでないわけじゃないんだ」


「……でも」


「ガラハッドは視覚的にわかりやすいところが伸びている。総合的には少なくとも今はお前の方が伸びてるんだぜ?」


「……それでも、アイツの方が……カッコ良く伸びていってるじゃん」


「…………」


「アイツの方が、英雄っぽい。オレ……小細工ばっか、上手になってんじゃん」



 パリス少年は、俯いたまま鼻をすすりました。


 セタンタ君はそれを見ようとして、目をつぶって、身体を横に――パリス少年がいるのとは別方向に――向けました。



「確かに……お前の理想としてるカッコよさには、少し遠いのかもな」


「……おれ、あいつのこと……すっげー、うらやましい」


「カッコよさは重要じゃねえよ。あんまり重く考えるな」


「じゃあお前は! 人間相手に負けて悔しいって、思ったことねーのかよ!」


「それは……」


「うらやましがってるだけじゃ、ダメなのも……お前や、エレインさんが言ってる事も……わかってるんだ……直ぐに、どうこうなる事じゃ、無いのも」


「…………」


「けど……けどっ! オレは、くやしいッ……!」



 パリス少年は嫉妬に、悔しさに、押しつぶされそうになっていました。


 ガラハッド君の方が大成するかもしれません。


 パリス少年は大成するとは限りません。


 片方だけが栄光を掴み、片方はそこらの冒険者止まりになるかもしれません。


 パリス少年も、考えているのです。


 考えているからこそ悔しくて、自分の将来が怖いのです。


 夢見た場所に辿り着けるか、不安でたまらないのです。


 伸びしろが無くなって、停滞するのが怖いのです。



「皆いいよな! 誰かに誇れる才能があって!」


「…………」


「セタンタは空間転移魔術があって、マーリンには浮遊とかスゲー広い範囲の事がわかる索敵魔術がある。オレと、ほんの一個しか違わねーのに」


「…………」


「ガラハッドは、スゲーやつになると思う。バッカス王国の騎士になるぐらい、スゲーやつになるかもしれねえ! けど、オレは、なーーーんも無い!」


「…………」


「エレインさんも、ガラハッドとかお前らみてーな才能あるヤツを教えてる方が、きっと楽しいんだ! ぐんぐん伸びて、ぐんぐん強くなるもんな!」


「…………」


「これから先も、きっと、ずっと、そうなんだ。後から来たスゲー奴らにガンガン追い抜かれて……オレなんか、ずっと、無価値なままなんだ」


「…………」


「オレには、何もない。何の取り柄も無い。魔力量だって大した事ない」


「…………」


「魔術も、才能も、想いだって……スゲー、薄っぺらなんだ……」


「…………」


「オレは……お前らみてーになれねえよ」


「…………」


「なりてーけど……なれねえんだよ……!」



 持つ者と持たざる者の差がある。


 自分は持たざる者だと、パリス少年は言いたげでした。


 でも、もう言葉が続きませんでした。


 悔しくて悔しくて、悔しさに押しつぶされそうになっていました。


 ぐぅ、と絞り出すような唸り声が無意識にこぼれ出てきました。


 不安で胸がきゅっと締め付けられました。


 カッコ悪いと思いつつも、ポロポロと涙が止まりませんでした。


 泣いてたって、どうしようもならない事ぐらい、パリス少年にもわかってます。


 それでも、耐えきれず、出て来る涙を止める術を持たない彼は泣きました。


 セタンタ君は、ただ黙って待ち続けました。



「…………」


「…………」



 二人はしばし、言葉を交わさずにいました。


 パリス少年は動かず、セタンタ君は待ちました。


 それは皆が寝静まった後も続きました。


 でも、最後はパリス少年が自分で顔を拭い、セタンタ君に話しかけました。



「オレさぁ……お前にさぁ……ククルカン群峰で初めて会った時さ……」


「おう」


「同じ年頃なのに、強そうな奴らに混じって……ちゃんと冒険者してるの、すげー妬ましくってさ……隙みて、お前の槍を盗ってやろって思ってたんだ……」


「そうか」


「そういう、悪いヤツなんだ」


「…………」


「だから、もう……あんまり構わなくていい」


「そういう事は、盗めてから言えよ」


 セタンタ君は不敵な笑みを浮かべ、パリス少年に語りかけました。


「もし仮に、お前がマジで盗りに来てたとしても、槍だけは渡さねえよ」


「…………」


「俺の命より大事な槍だ。お前に遅れ取らないよう、俺だって頑張って守るさ」


「……一番大事なものなのか?」


「うーん……一番では、無いかもなぁ」


 パリス君は少し黙って、ポツリと言葉を続けました。


「一番じゃなくても、大事なもんなんだろ」


「そうだな」


「なら、それを盗ろうとしたオレは、悪いヤツだ」


「だから、盗ってから言え。今更そんな事をグチグチ言われたところで、俺はまったく、ちっとも、これっぽっちも気にしねーよ」


「…………」


「そんな事より、他の……もっと建設的な事を言ってこい!」


「…………」


「スゲー強えヤツにしてやるのは、さすがに無理だけどな」


「…………」


「けど、お前が人のもんを盗もうと思ったりしないで済むように……自分の足で世の中渡っていけるぐらいの強さが得られるぐらいには、してやれるかもしれねえ」


「…………」


「これでもお前よりかは先輩冒険者なんだ。遠慮せず相談したり、愚痴ってこい」


「…………」


「…………」


「…………オレも、自分なりに、考えたんだけどさ……」


「うん」



 セタンタ君はパリス少年の言葉に、間髪をいれず食いつきました。


 食いついて、パリス少年の考えを聞く事にしました。

 



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