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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
一章:採油遠征と酒保商人
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吹雪の中の冒険者達


 採油遠征二日目。


 お昼頃までは順調に移動していたフェルグスさん率いる遠征部隊ですが、雪がちらつき始め、後に隣を進む人の顔すら隠す白い闇に襲われる事になりました。


 吹雪です。


 雪のおかげで開けていた視界が、雪の所為で塞がれ始めました。


 雪がちらつき始めた時点で行軍を早めていたとはいえ、二日目の宿泊場所まではまだ遠い中で襲ってきた猛吹雪。魔術で身体能力を高め、暖気を纏うことですぐさま死ぬ事はありませんが、それでも良い状況ではありません。


 フェルグスさんは野営も検討しましたが、本隊の後方を担当していた斥候が本格的に吹雪始める前に追いついてきて「追跡されている」と報告してきた事で、このまま吹雪の中を進む事を決めました。


 追跡者の名は、ヒウンバーグ。


 真白の毛皮を持つ雪虎です。


 遠征部隊が初日の宿泊場所で遭遇した魔物で、対応を間違えると熟練の冒険者達でも無残に殺される事になります。対応を間違えずとも殺される時は殺されます。


 普段はふわふわとした柔らかな毛並みの虎ですが、戦闘による緊張状態に移行すると毛皮が針のように硬くなり、それが無数に生えているため不意打ちしない限り鎧並みの装甲を持つ相手となります。


 通常、2、3匹ほどで行動していますが時に数十匹の群れで行動する事もあり、斥候の情報によると30匹ほどが遠征隊を追ってきているようです。


 吹雪の中なら撒けそうなようにも思えますが、ヒウンバーグは追跡能力に長けた魔物でもあるので、猛吹雪の中でも2、3時間ほど前の痕跡ならガンガン追ってきます。襲われたら諦めて死ぬのが一番早いです。


 が、フェルグスさんは商売で来てるので安々は死ねません。


 吹雪という天候、周辺地理、二日目の宿泊場所までの距離、冒険者達の練度などを鑑みた結果、本隊の全員に判断を告げました。



「迎え撃つ。総員、戦闘準備」


 

 数で勝っているとはいえ、雪虎は侮れる相手ではありません。


 正面からやりあえば全滅までは行かずとも、犠牲は出るでしょう。人体は治癒の魔術である程度は何とかなりますが、物資はそうも言ってられません。


 また、フェルグスさん達は雪虎を狩るために来たわけではなく、被害を限りなくゼロに近づけない限り、採油遠征を断念せざるを得ない可能性もあります。


 宿泊場所まで逃げ切れないと判断したフェルグスさんは、半端に逃げずに迎え撃つ準備をし、後顧の憂いを無くすため、吹雪の中で撃滅する事に決めました。


 本隊は三部隊に再編成されました。


 遠征隊長であるフェルグスさんは三部隊の中で最も危険な部隊に就き、自分以外には魔術で身体性能を強化し、重装甲の鎧を纏っている者達を選抜し、自分達が来た道を少し戻りはじめました。


「フェルグスのオッサン、俺も連れてってくれよ」


「いや、お前は別働だ。合図を待て」


 セタンタ君はフェルグスさんが心配で、ノコノコついていく事にしました。


 フェルグスさんは比較的軽装なセタンタ君に難色を示しましたが、結局は折れ、連れていく事にしました。


 隊を分けて離れると、吹雪の中では直ぐに他隊の姿はまったく見えなくなりました。それでもフェルグスさん達が所定の配置で待機していると、吹雪の中に青い炎のような光が瞬きました。


 魔術の光です。


 光るだけではありますが、その光は赤外線のようなもので、見る側も特殊な魔術を起動しなければ見る事が出来ません。そしてこの光は猛吹雪の中でも3、4キロ程度なら確認出来るものです。光信号による情報伝達ですね。


 要となる隊が光信号で配置についた事を知らせてきて、フェルグス隊を含む残りの二部隊も応じるように光信号を返しました。


 その五分後。


 最初に気づいたのは、索敵用のルーン魔術を込めた小石を投げ、敷設していたセタンタ君でした。フェルグスさんと重装甲の冒険者達に囲まれた彼が接敵を知らせ、間もなく戦闘が開始されました。


 猛吹雪の中、フェルグス隊に雪に溶け込む毛皮の色をしたヒウンバーグ達の群れが襲ってきました! 人の痕跡を追い、最も近くにいた部隊を襲ってきたのです。


 セタンタ君が光信号で接敵を他部隊に知らせる中、フェルグスさんと重装甲の冒険者達は武器を振るい、時に魔術で踏ん張って魔物達のタックルと止めました。


 追ってきた雪虎は39匹。


 それと直接対決しているフェルグス隊は僅か7人。


 フェルグスさんが魔術で強化した大剣で魔物の頭をかち割り、重装甲の冒険者達は斬りつけ、牙や爪を防護面を強化した鎧で受け、6人で円陣を組み、中心にいる軽装のセタンタ君を庇っています。


 致命傷を与えられているのはフェルグスさんだけ。


 他の者達は耐えるのが精一杯。


 セタンタ君は別の作業の真っ最中。


 遠からず群れに圧殺されるのは目に見えていました。


 しかし、そうはなりませんでした。


 フェルグス隊と雪虎に向け、上方から白い壁が降ってきたのです。



「来たぞ! 耐え――」



 フェルグスさんが魔物を斬りつけ、チビ助なセタンタ君を庇うべく抱っこしながら叫びましたが、それは直ぐに掻き消されました。


 雪崩です。


 大きな雪崩はフェルグス隊と雪虎の群れをあっという間に飲み込み、戦闘の金属音が一気に止んでいきました。両者はいま、雪の中です。


 そこに向け、残りの二部隊が沈まないよう注意しつつ、急いでやってきました。


 彼らは雪の中に向け、武器を振るいました。


 そこは直ぐに赤く染まり、雪崩に呑まれて身動きが取れなくなっていた雪虎達はザクザクと振るわれる白刃に為す術もなく殺されていき、最後の一匹が何とか雪の中から這い出て来ようとしたところで無残に殺されました。


 フェルグスさんが立てた作戦は、雪崩を利用するものでした。


 追撃してくる魔物の群れを雪崩の下敷きにするため、来た道を少し戻ってフェルグス隊が囮になりつつ耐え、肝心要の雪崩を起こすべく別行動していた部隊が接敵に合わせて雪崩を起こし、フェルグス隊もろとも雪に飲み込ませたのです。


 その後、人夫達の護衛として残っていた部隊と雪崩発生を担っていた部隊が合流し、雪崩に飲まれたフェルグス隊を助けつつ、雪崩の下敷きとなっていた雪虎達を情け容赦無く殺していったのです。


 雪の中にいる雪虎達は索敵魔術で位置を探しました。


 また、囮を担ったフェルグス隊にいたセタンタ君が魔術による光信号にも使った魔術の光によるマーキングを雪虎に行っていたため、殆どの雪虎は魔術の痕跡を追えば簡単に見つけ出すことが出来ました。


 かくして遠征隊は雪虎の群れを撃滅しました。


 ですが、本番はこれからです。


 猛吹雪の中、魔術の光信号で再集結した本隊は行軍を再会しました。


 先程の雪虎の群れで終わりとも限らず、かといってどこから来るかハッキリわからないため、二日目の宿泊場所に向かうことに決めました。


 先頭の者が魔術の光で皆の進行方向を誘導しますが、ただそれだけでは宿泊場所となる次の洞窟がどこかはわかりません。しかし、時折立ち止まりつつも遠征隊は視界の利かない吹雪の中を進んでいっています。


 彼らは羅針計を使い、進んでいます。


 羅針計とはバッカス冒険者の遠征に欠かせない魔術の道具で、周波数を合わせると特定地点だけを指し示してくれる特殊なコンパスのようなものです。


 二日目の宿泊場所には冒険者ギルドが羅針計が指し示すよう、器具をしっかり埋設しているため、視界は利きませんが遠征の本隊は何とかそこにたどり着くことが出来ました。


 先行していた斥候部隊も羅針計を使い、たどり着いていたらしく本隊の到着を諸手をあげて歓迎してくれました。


 雪虎との戦闘時、囮となったフェルグス隊に腕がへし折れた者が出ましたが、治癒の魔術で直ぐ治療したので負傷者と脱落者はゼロ。物資も無事です。


 ひとまず、当面の危険は去りました。


「問題は、この吹雪がいつまで続くかだな」


 宿泊のための準備を進めさせ、宿泊する洞穴の防備も固めさせつつ、吹雪く雪山を眺めていたフェルグスさんは独りごちました。


 今日は何とか死傷者は出ませんでした。


 ですが、山の機嫌次第ではこのまま全滅も有り得ます。雪山は条件次第では狩りに最適ではありますが、条件次第では一気に死神の仕事場になり得るのです


「…………」


 吹雪を静かに見つめつつ、今後の予定を再検討していたフェルグスさんは――全員に直ぐに黙るように指示をして、聴覚を魔術で強化して耳を澄ましました。


『――――』


 微かに、長く、音が聞こえました。


 それは犬の遠吠えのような長さで、しかし近くで聞けば空気が振動しているのではと思わせるような音でした。雪崩も起きたでしょう。


 フェルグスさんと同じようにその音を聞いていた冒険者達は顔を見合わせ、フェルグスさんは思わず獰猛な笑みを浮かべていました。


 魔物の咆哮です。


 それも、かなり大きな魔物のもののようです。


 その咆哮は、複数聞こえ、さながら魔物の合唱のようでした。



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