魔物の肉質とヨロイ
ある日、セタンタ君はマーリンちゃんに誘われ受けた依頼をこなし、依頼ついでに取れた魔物の良質な毛皮を二人でクアルンゲ商会に売却しにきました。
そこでクアルンゲの用品店で働いていたパリス少年に出くわし、毛皮を見つめられて「むむむ」と唸られました。
「どうしたんだよ、パリス」
「オレ様も、早くお前らみたいに冒険者として活動したい!」
どうやら二人が羨ましいようです。
実力のうえではフェルグスさんの家で訓練積んできた事もあり、駆け出し冒険者としてなら外に出しても何とかやれない事もない程度の実力はついています。
ただ、あくまで最低限の基準を満たしているに過ぎないので、エレインさん達が「もうちょっと強くならないとダメ」と止めているようですね。
パリス少年も、自分の実力が足りない事は自覚しています。
それでも「立派な冒険者になって自分でガッツリ稼ぎたい」という欲求が抑えきれず、商会の仕事を手伝いつつ、悶々としているようです。
悶々としつつも、黙々と仕事をしているようです。
セタンタ君とマーリンちゃんはパリス少年が用品店の倉庫に去っていった後、顔を見合わせ、言葉を交わしました。
「またこっちで護衛して、訓練ついでに郊外に連れてってあげるか」
「明後日以降なら開いてるからボクも手伝えるよー」
そんな算段をし、指導役のエレインさんに相談しにいきました。
エレインさんは二人に礼を言いつつ、「ちょうど良かった、ちょっとお願いしたい事があるのですが――」と事情を話し、夕食後にパリス少年を呼びつけました。
「パリス君、明日の訓練は郊外に行きましょう」
「えっ、マジ? ついに魔物相手に実戦!?」
「いえいえ、このような依頼があるのですよ」
エレインさんはパリス少年に一枚の書面を見せました。
「ええっと……急募、解体手伝い? サヴニエール郊外で豊かな自然と魔物の死体に囲まれ、魔物解体作業を体験・練習してみませんか? 参加費無料、初心者歓迎、死屍累々、自己責任。たまに天に登る人も出るほど楽しい職場です?」
「働きに応じて報酬も出る、死体処理の手伝いです」
何でも、昨日からサヴニエールというバッカス王国の都市が魔物の大群に襲われ、先ほど大勢が決して防衛に成功したそうです。
ただ、魔物の数があまりにも多かったために郊外に魔物の死体がゴロゴロ転がっており、その腐臭が都市内に届いてきているのです。
あまりにも臭いので「やべーわ!」と思った都市の自治管理者がギルド通して臭いのもとである死体を処理する手伝いを募集しているみたいですね。
「明日、行ってみませんか? 死体処理なので実戦が楽しめるわけではありませんが、魔物の解体技能を身につける事ができ、キミの今後に大変役立つ――」
「行く! 行きたい! あ、でも明日は仕入れの手伝いが……」
「そちらは既に話を通しています」
あとはパリス少年のやる気次第で、それはたったいまクリアされました。
「装備は先日、セタンタ君達と粗挽き炭火焼きハンバーグを食べた日に使ったものを持っていきなさい。不足はこちらで貸し出しましょう」
「ありがとう、エレインさん!」
「私がついていってあげたいのですが、明日は仕事が入っていまして……」
「だからセタンタがついていってくれて、指導もしてくれるらしいよ」
「まあ明日ならいいぞ。俺でいいか、パリス」
「全然いいぞ。よろしく頼んだぜ、セタンタ」
「ういうい、任された」
任されたセタンタ君は寮に戻り、必要な道具一式を揃えて寝ました。
パリス少年は「ムフー!」と鼻息荒く、目をキラキラと輝かせながら明日に備えて解体道具の整備を何度も何度も行い、最後はエレインさんに「いい加減寝なさい」と頭をペチンと叩かれて眠りにつきました。
翌朝、冒険者ギルドで待ち合わせをしていた少年二人は依頼を受け、魔物解体の手伝いを募集している都市・サヴニエールへと向かいました。
「思ってたより臭くないな」
「消臭の香を焚いてるみたいだな。ただ、都市の外は相当臭いはずだ」
都市間転移ゲートでサヴニエールへと降り立った二人は念のため、鼻に臭気を柑橘系の匂いに変える塗り薬を使いつつ、都市の外へと向かいました。
街門にて係の人に「ギルドで依頼受けてきました」と告げ、改めて解体と報酬に関する説明を受けたうえで郊外へと出ていきました。
「うへー、メッチャ死体が転がってる」
パリス君が無数のハエが飛び交い、魔物の死体で死屍累々の惨状と化している郊外の大地を見つめました。
普段は森林地帯が広がる場所も、激しい戦闘の余波で一部が焼け野原になってしまっています。解体手伝いの方々を守るための防衛部隊も出ているらしく、遠くでは戦闘の音もかすかに聞こえてきています。
「魔物の生き残りはいないはず……だけど、体内に潜む寄生型の魔物もいる。大きい死体には特に気をつけろよ」
「わかった。よし! 高額報酬の部位を見つけて、いっちょ稼いでやるか」
「ちょろまかされたらいけないから、その手のは大体がもう取られた後だけどな」
残っているのはもう大して価値のない雑魚ばかりです。
ただ、それでも駆け出し冒険者のパリス少年には解体技術を身につけ、覚える良い機会と教材がゴロゴロと転がっています。
そういう意味では宝の山です。
セタンタ君は「出来るだけ原型が残ってるのがいい。勉強になる」と言いつつ、口頭で解体方法を説明したり、一連の流れを実践して見せつつも、基本はパリス少年に任せました。
パリス少年も事前に解体する事になるであろう主な魔物の知識を急いで予習してきた事もあり、解体の勉強はそこそこ順調に進みました。
「でも、やっぱ実際にやった方が覚えられる気がする」
「結局のところ、実際にやる時に困らないための予習だからなー」
「なるほどな」
「実戦が一番良い訓練にもなるけど、かといって下積みの訓練とか対策なり予習を怠った状態でいきなり実戦挑むとサクーッ! と死ぬ事あるから注意してくれよ」
「わかってる、そんぐらいはわかってる。抜かりはない! と思う事にする」
「危なっかしいなぁ……あ、その解体終わって運搬したら、あそこに転がってる死体を見ようぜ。ちょうど手頃なヤツがいやがる」
セタンタ君の指差す先には全長2メートルほどの魔物の死体がありました。
見た目は豚に似ている、炭色の肌を持つ魔物です。
頭を砕かれ死んだらしく、薄毛の生えたブニブニとした身体をドテッと横たえ、比較的無事な片目を恨めしげに空へ向けつつ、事切れています。
「ちょっとコイツの腹辺りを刺してみ」
「おう、こんな感じか?」
「そこ、柔らかいか? 硬いか?」
「柔らかい。ぶにってしてる」
パリス少年はナイフをブスリと突き刺していますが、彼の言葉通りにナイフはズブズブと死体の腹に突き刺さり、刃を容易く包み込んでいました。
「じゃあ、次は肩甲骨辺りに刺してみろ。ゆっくり、あんまり強く押し込むなよ」
「おう。……うわ!? なんだ、メチャクチャ硬え部位だな?」
「ヨロイって言われるとこだ。正体は皮下脂肪だな」
「脂肪? 脂肪って柔らかいもんなんじゃないのか?」
「コイツはこの時期、人間が着る鎧みたいに硬くなっちまうんだよ。一部だけな」
普通の獣の中でも、例えばイノシシが同種の部位を持っています。
イノシシは冬、交尾期に入るとメスを追って「やましい気持ちはまったくないのですがセックスしませんか?」と種の保存のためにハッスルします。
ヨロイはその交尾期になると硬質化する部位です。同じオスとメスを取り合う過程で戦う事もあるので、勝つための「鎧」として硬くしていると言われています。
いまセタンタ君達が解体しようとしている魔物も同じような理由でヨロイを硬く変質させていたのです。
頭砕かれてぽっくり死んで、あまり活用されませんでしたが。
「季節によって変化するとか、魔物も大変だなぁ。衣替えみたいなもんか」
「魔物によっては季節や天候などの条件で肉質や特性が変わるヤツがいる。季節が変わるとサクサク斬り倒せていた魔物がやけに硬くなっていて、刃が通らず受けられて死ぬって事もあるから、そういう変化も気をつけて、覚えといた方がいい」
「覚えること多いな、冒険者」
「嫌なら諦めていいんだぜ?」
「へっ! それこそ嫌だね! 見事に完璧に覚えて、強くなってやる!」
息巻いたパリス少年が、ピタリと動きを止めました。
片手を耳の側に添え、耳を澄まし始めました。
「どうした?」
「何か変な音が聞こえる……グチャグチャ、モゾモゾって……」
パリス少年が、郊外の一角を指差しました。
二人からは少し離れたところで、豚の魔物がゴロンと転がって死んでいます。
ただ、パリス少年はその死体の中から音が聞こえると言って首を捻り――ハッとしたセタンタ君は、槍を手に死体に向けて全力疾走しました。
その死体に背を向ける形で、別の魔物を解体している人の姿があったのです。
「危ねえ! 逃げろ!」
セタンタ君は解体作業中の人物に向け、叫びました。
叫ばれた人物――少年は額の汗を拭いつつ、セタンタ君の事を訝しげな様子で見つめ、数秒と経たないうちに自分の背後を襲った衝撃に悲鳴をあげました。
豚の魔物の腹から、別の魔物が出てきて彼を襲ったのです。
出てきたのは寄生型の触手の魔物。
生まれたての頃は釣り針が引っ掛けれる程度のミミズサイズですが、その頃から他の魔物の体内に潜み、宿主が死した後は死肉を食らいつつ爆発的に体躯を成長させていく魔物です。
人の腕より太く、人の身体よりも大きな身体をくねらせ、直ぐ近くにいる少年に食らいつき、持ち上げています。
パリス少年が気付いた事もあり、触手が出てきた時にはもう直ぐ近くまで来ていたセタンタ君は槍を二度、三度と煌めかせ、暴れる魔物の身体を切断しました。
身体そのものは丈夫ではなく、油断した冒険者に不意打ちするぐらいしか能の無い魔物は断末魔の叫びをあげているようにくねり、やがて動かなくなりました。
「おい、大丈夫か?」
「…………」
セタンタ君が助けた少年は無事でした。
後ろから噛みつかれたものの、幸い、噛まれたのは背負袋をだけだったようで、落ちた際に軽く身体を打った程度。致命傷には程遠いものです。
尻もちをついたまま怯えた様子でいましたが、声をかけられた事で我に返り、色白の顔を羞恥で少しだけ赤くし、憮然とした態度で立ち上がりました。
背丈は170センチほど。
ショタンタ君よりはしっかりした顔つき、体つきで、金髪の下にある碧眼でしばしセタンタ君を眺め、礼を言いかけ――結局は魔物に良いようにされ、自分より年下に見える少年に助けられた羞恥で口をつぐみました。
そしてそのまま手早く解体道具を抱え、ムッツリとした顔で足早にその場を去っていきました。
「んだよ、無愛想なヤツめ」
「うわあ、チンポが死んでる」
「馬鹿やめろ、こっちの股間がキュッとなる」
やってきたパリス少年がゲラゲラと笑いながら触手を蹴り、まだ完全には死んでなかった触手がビッタンビッタン! と動いた事で「ひぇぇ!?」と怯えて逃げ、動かなくなると、「お、驚かせやがって!」と怒りました。
「お手柄だったな、セタンタ!」
「お前がな。それに引き換え、なんだだろうな、アイツ」
「ガラハッドだ、多分」
知り合いか、とセタンタ君が尋ねるとパリス君は頷きました。
「学院で同じ学年だったんだ。話したこと殆ど無いけどな」
「へー、そうなのか」
「お前は知らないのか? バッカスの学院は授業料とか無いし、通ってただろ?」
「ゲートで色んなとこから通ってくる所為で、生徒数多いからなー。別学年の事は殆ど知らん。同い年でも知らんヤツは大勢いる。お前も会った覚えが無いからな」
「なるほどな。まあ、オレ様もそんな感じだ」
「さっきのガラハッド? ってヤツは、有名人なのか?」
「いや、そんな事は無かったと思う。オレ様もたまたま知ってたぐらいで……けど、確か学院出た後は一般職になったって聞いたんだけどなぁ……?」
パリス少年は「冒険者じゃ無かったと思う」と呟き、首をひねりました。
捻りましたが二人共直ぐに解体作業に戻っていき、直ぐにガラハッド君の事を忘れ、作業に熱中して夕暮れ時に切り上げて帰っていきました。
この時はまだ、その程度の接点だったのです。




