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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
三章:血汐の円卓
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成長と訓練用ゴーレム


「さて、訓練を始める前に少しそれっぽい講義をしましょう」


 エレインさんが庭の一角にある訓練用のスペースに訓練用の道具を設置し、起動し、準備が整うのを待ちながらパリス少年に声をかけました。


 設置された道具は水晶玉のようなものでしたが、土の上に安置され、エレインさんが魔術を行使すると周囲の土が振るえ、見えない手にかき集められるように水晶玉を中心に土そのものが動き始めました。


 動き始めた土は水晶玉を包み込み、モリモリと大きくなっていっています。


 全自動で土人形でも作っていっているようですね。


「講義といってもパリス君にも口を酸っぱくして何度も言ってきた事ですけどね」


「がむしゃらに訓練するな、ってヤツ?」


「そうです。……今日は復習としてパリス君に説明してもらいましょう」


「えっ、オレが?」


「流暢に言えなくても構いません、自分の言葉で言う事も大事ですからね。私もほどほどに合いの手挟みますが、パリス君も復習かねて喋ってくださいね」


「マジか。……セタンタ、恥ずかしいからお前は耳塞いどけよ!」


 セタンタ君はよく聞こえるように両手を両耳の横に広げました。




「さて、強くなるための手段としては技術や知識を蓄え、磨いていくという方法もあります。その手のものだと、例えばどういうものがあるでしょうか?」


「一つの技術極めるとか、色んなものを習得して総合力を高める方法」


「それぞれの問題点は?」


「えーっと……一つ極めていくのは、専念は出来るけど一つにこだわり過ぎると行き詰まって成長せず、足踏みする事がある。色んなものを習得するのは、考えなしに覚えていくと単なる器用貧乏になる事もある」


 パリス少年の言葉にエレインさんが頷きました。


「では、どのような意識で習得と修練を行えばいいでしょうか?」


「自分が目指してる強さをよく意識する。目標を立てて訓練する」


「パリス君が目指す目標は何でしょうか?」


「オレだったら強い冒険者かなー。例えば……フェルグスの旦那みたいな強さが欲しい場合は……旦那が持っている技術や知識の習得を目指す、って感じだ!」


 人の時間は有限です。


 アレもコレも手を出していては果てが無く、目指すところに関係ない技術を覚えたところで時間を浪費するだけになりかねません。


 稼業に転用出来る他分野の知識や技術は確かに存在していますが、直接的に関係がある基礎技術を覚えておく方がいい――と、エレインさんは仰りました。


「目標とすべき人物や場所が定まっているのは幸いな事です。そこを目指すにはどういう事柄を会得すればいいかがわかりやすいですからね。もちろん、それはあくまで仮の目標なので途中で変更するのもアリです。こだわり過ぎないように」


「目標をエレインさんに変えるとか?」


「それも一つの手です。もっと大胆に弓使いに転向するというのも手ですね。あくまで冒険者を目指すのであれば、戦型スタイルが大きく変わっても転用できたり、二種の戦い方を知っているからこそ新たな地平が開ける事もあります」


「クロスボウって手もあるぞ。銃は魔弾作れないと実弾代がキツいけど」


 セタンタ君が口を挟むと、パリス少年は「むむぅ」と唸りました。


「遠くからチクチクってのは……オレ様の主義に反する。セコい!」


「遠くからズバンと一撃で仕留める強者もいますよ」


「んー、でもなー」


「パリス君、貴方はまだ若い。そういう嗜好も大事です、自身のやる気に繋がりますからね。でも多くを知らないうちに嗜好で生き方を狭めるのは避けた方がいいと……少なくとも私はそう思ってます。パリス君次第ですけどね」


 エレインさんは諭すように告げました。


 同時に頭の中で「彼が気に入ってくれるようなカッコイイ弓使い、あるいはクロスボウ使いを紹介し、視野を広げてあげるべきかもですね」と今後の教育方針に関する修正を加えました。



「パリス君は冒険者として必要な基礎魔術はあらかた習得しました。あくまで習得した程度なので、それを磨くのも忘れないでくださいね」


「うん。特に身体強化と索敵魔術を頑張った方がいいんだっけ?」


「そうです。ただ、確かにパリス君が訴え出てくれた通り、その手のものは覚え磨いていこうと思うと、地味で退屈なものです。息抜きも兼ね、今日から戦闘技術習得や実戦も混ぜていきましょうね」


「やったぜ」


「パリスの魔術適正とかどうなってるの?」


 セタンタ君が告げた魔術適正とは、そのまんまの意味です。


 魔術は個々人で「習得しやすい」あるいは「伸ばしやすい」適正が存在しており、それを踏まえて訓練していくといいと言われています。


 大抵のものが努力である程度は覆せる適正ですが、マーリンちゃんの浮遊魔術、セタンタ君の転移魔術のような特異な魔術に関しては適正が無いと会得すら難しいとも言われるものも存在しています。


 この手の適正は遺伝的なところがあり、両親が得意とする魔術は子供も得意となる事が多いです。


 それを活かしてサラブレッドを作ろうとする動きもあります。


「今のところ、基礎的なものはまんべんなく適正がある事がわかっています」


「要するにフツーって事だよなー……」


「普通に恵まれてはいるのですよ。それに全ての適正を確認出来たわけではありません。行使アプローチが特殊なものが眠ってるかもしれません」


 バッカスの魔術は便利ですが、やや面倒なところもあります。


 自由に色んな事が出来るものの、同系統の魔術でも人によってアプローチの仕方が異なるのです。例えば、同じ治癒魔術でも手をかざすだけで出来る人もいれば、足をかざしてやらないと出来ないという人も存在しています。


 結果は同じでも、辿るべき道筋がまったく異なる事もあるのです。


 適正無いと思いきや、へんてこな方法を交えさえすれば凄まじい適正が眠っているという事もあるのです。


「あと、やや特殊なものだと音の魔術に適正があるようです」


「音じゃ魔物をガツン! とブッ倒したりできねーじゃん! 地味!」


「音だろうと使いようですよ。干渉する事が出来れば余計な物音消したり、離れた相手にだけ聞こえるように会話したり出来ます。使い方、試行錯誤するのもパリス君の糧になりますよ」


「でも、地味な適正じゃん。多少、特殊なもんでも」


「まあ、派手だとは言いませんが……」


「オレ様はもっと尖った適正が良かった」


「尖ってるのも大変ですよ。セタンタ君なんて一般的な適正が殆ど無くて、大変でしたからね……。メーヴ様がルーン文字経由を提案するまで基礎的な魔術の行使すら困ってました」


「ウソだぁ、セタンタ色々できるじゃん」


「いや、マジで苦労したんだぞ……」


「マジで苦労しましたね」


 セタンタ君とエレインさんが神妙な顔で頷き、パリス少年は意外なものを見るような顔をし、「へぇー、そうだったのか」と声を漏らしました。



 講義はそこそこに、実際に訓練に入る事になりました。


 先程エレインさんが設置していた訓練用の道具を用いる事になります。


 設置当初は単なる水晶玉のようなものでしたが、現在は周囲の土を手足のように操り、土で作られた像のようなものを作り上げています。


 形は狼のような獣――もとい、魔物を模したものですね。


「今日はこれを使って打ち込みをします」


「素振りじゃないんだなー」


「素振りなんて実戦で使いませんからね」


 エレインさんは謂わば「バスケットボールやサッカーの練習で行儀よく対面パス練習しても実戦で使う事なんて殆ど無いし、やる必要ないですよね」といった教育論の持ち主です。


「剣や槍を使う場合、武器強化魔術は必修科目です。武器本来の切れ味を底上げしてくれる事で熟達していけば鉄でも安々と斬れるようになります」


 パリス君は基礎を学ぶうえで、ナイフによる武器強化魔術だけは習得済み。


 今回はより実践的に剣を振るい、魔物を模した土像を斬るようです。


「ゴーレムのコアを調整して作った魔物像です。これの……そうですね、首の部分を武器強化魔術を用い、叩き切ってみなさい」


「おりゃっ!」


 パリス少年がさっそく剣を振るいました。


 振るいましたが、土で出来たにしては硬い像らしく、薄皮を切った程度で刃が止まりました。斬り落とすには程遠い成果です。


 不満げなパリス少年が剣を抜き取ると、土像の首の部分の土がゾワゾワと蠢き、つい先程出来た小さな傷が独りでに埋まっていきました。


「土を掌握するゴーレムコアを調整して作ったものなので、コア本体を壊すか、土が無くならない限りは再生し続けます。硬度も土塊よりは強化されています」


 そう言いつつ、エレインさんは手本を見せてくれました。


 釣り竿でも使うように無造作に振るわれた剣は、硬くなっている土を水のように斬り、土像の首はいともたやすくボトリと落ちました。


「手の振りも大事ですが、魔術を使えば切れ味を強化するだけで押し切る事も可能です。軽く押し付けるだけでもズバズバ斬る事も出来るので、慣れれば体勢に左右されず当てるだけで斬れます」


 そんな説明がなされている間も土像は新しい土を取り込み、頭を再構成。


 エレインさんの説明を聞きつつ、メモもしていたパリス少年は息巻き、打ち込みを再開していきました。


 対魔物の実戦において、魔物が行儀よく立ち止まって首を差し出してくれる事は有りえませんが、今回はとりあえず武器強化魔術に慣れるのが目的のようです。


 動いてる目標に当てるのは次の段階。


 まずは当てて倒せる魔術の練習です。


 今回使っているゴーレムのコアは単に土像を作るだけですが、人が操る事で動くタイプも存在しています。動かす事でより実戦的な訓練とする事も可能です。


 エレインさんは打ち込み方のアドバイスをしつつ、いま使っている訓練用ゴーレムコアの使い方も教えました。これで一人でも練習が出来るようになりました。


 ただ、この日のパリス少年は土像の首を斬り落とす事は出来ませんでした。



「ぐぅ……ダメだー! 中心にいくほど、硬くなってね!?」


「そこに気づくのは中々いいですね。魔物の体を模して作っているので、擬似的に骨格も再現しています。周りより硬いそこを叩き切るまでは至っていないのです」


 パリス少年は悔しげに俯き、表情を歪めました。


 エレインさんはその頭をポンポン、と叩きました。


「落ち込まなくていいですよ、初日でこれなら上々といったところです」


「でも、斬り落とせなかった」


「打ち込み始めた頃は刃が立つのが精々だったのが、仮想骨に届くところまでいったのですから、本当に上々といったところですよ」


 褒められたパリス少年はまだ不服げです。


 訓練を見物しつつ、雑記も読みながら日向ぼっこしていたセタンタ君が「そんぐらい出来たら森狼ぐらいは倒せるぞ」と声をかけました。


「でも、首は落とせなかったんだぞ?」


「パリス、お前は骨に届くぐらいまで首切られたら生きてられるのか?」


「え、死ぬ」


「だろ? 魔物も同じだ、生物型のヤツなら首を落とさなくてもそんだけ切れれば十分殺せる。刃を当てるまでが難しいんだけど、とりあえず当てさえすれば倒せるぐらいの域には達してるんだぞ。もっと喜べ」


「なるほど……なるほどなー」


 今回斬っていたのは、あくまで訓練用の土塊ゴーレム


 いくら首を切っても再生しますが、そこらの弱い魔物なら深く斬られただけで遅かれ早かれ死にます。首を斬れば即死も狙えますが、必須とは限りません。


「俺は初日じゃ小さい傷つけるぐらいが限界だったなぁ……」


「ウソつけ」


「ホントだよ。さっきも言っただろ、苦労したって」


「ふーむ……」


「エレインさんも褒めてくれてるんだ。お前、筋は悪くないかもだぜ」



 オレ様も中々捨てたもんじゃない、かも?


 パリス少年は手中の剣を見つめつつ、少しだけ手応えを得た気分になりました。


 そうこうしているとフェルグス家の大人達が仕事から帰ってくる時間になりました。それを見たパリス少年は訓練を切り上げ、片付けをしました。


 片付けをして二人に礼を言い、少しだけ嬉しげな顔で厨房へと走っていきました。夕食作りの手伝いに向かっていったようですね。


 庭に残ったエレインさんはセタンタ君を軽く小突き、話しかけました。



「セタンタ君も口が達者になりましたね」


「言うほどじゃないと思うけど……人間、褒められたら嬉しいし、やる気になるもんじゃん? 男も女もそこは同じだと思う」


「そうですね。私も褒めて伸ばす派なので、セタンタ君が女の子を褒めて引っ掛けて遊ばず、真面目に所帯持ってくれれば説教せずに済むのですけどね」


「藪蛇だった……!」


 セタンタ君はワタワタしつつ、話を逸しにかかりました。


「エレインさんもパリスみたいに厨房行かなくていいの!?」


「いま出禁を食らっているのです」


「出禁を」


「……今年に入って、包丁で三枚のまな板をダメにしたので」


 うっかり習慣で武器強化魔術を使いつつ、勢い余って斬ってしまったようです。


 エレインさんは恥ずかしげにそっぽを向き、セタンタ君は笑いを堪えました。


「笑いたければ笑いなさい」


「え、いいの!?」


「構いませんよ。話は変わりますが、最近はセタンタ君と手合わせしていませんでしたね……どれ、夕食前の腹ごなしに一つ殺し合いましょうか」


「お、横暴過ぎる……!」



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