雪の遠征
魔物にやられた手が治った後、セタンタ君は仕事の誘いを受けました。
「油を取りに行かないか?」
誘ってきたのは冒険者にして実業家のフェルグスさんでした。
フェルグスさんは名の知れたヤリチン冒険者ですが、単に魔物をブッ殺すのが得意なだけではなく商売人でもあるのです。
フェルグスさんが興した商会、クアルンゲ商会は冒険者相手の商売を主にやっています。現在は息子さんに商会長の地位をうっかり乗っ取られ、商会の相談役に収まって商会の経営にもそこそこ口を出したり、手伝っています。
今回は商会長と在庫確認しつつ、「そろそろ自前で油を仕入れたい」という話になり、フェルグスさんが遠征隊長として皆をまとめ上げる事になったのです。
セタンタ君は護衛として雇われました。
魔物が世界中を闊歩する殺伐とした世界でもあるので、クアルンゲ商会も自前の武力を持ち合わせています。
ただそれだけでは足りず、必要に応じて冒険者らを護衛の傭兵として雇い、郊外へと繰り出していっているのです。クアルンゲ商会は酒保事業もしているため、郊外によく出かけていくタイプの商会です。
セタンタ君は日帰りならともかく、数日がかりの遠征は嫌いです。
遠征は色々面倒事があるのです。
でもフェルグスさんには色々とお世話になっていたので、「オッサンの頼みなら」と快諾し、頼まれた翌々日、出発する事にしました。
バッカス王国には空間転移の魔術があります。
難易度が非常に高い魔術であるため、ちゃんとした使い手はあまりいませんが、バッカスの王様は人並み外れた空間転移魔術の使い手だったりします。
そのため王様は空間転移のための設備を整備・運営し、一般人でも限定的に空間転移魔術を使えるようにしています。インフラ整備して対価として金銭をもらい、国庫に入れていっているのです。
1000キロ離れた都市であっても、転移用の設備さえあれば一般人でも一瞬で空間転移をする事が出来ます。
設備無しで郊外の特定地点に転移する事は出来ませんが、街道を整備して都市を結ぶ必要もなく、魔物に襲われない安全な移動手段なので大変便利です。
フェルグスさん達も都市間を結ぶ転移ゲートを使い、普段暮らしているバッカス王国の首都から遙か北の地へとやってきました。
街中には雪が降り積もっており、郊外にも雑草の群生を許さない雪の大地が広がっているとても寒い地域です。いまは降っていませんが、吹雪く事もあります。よく準備を整えないと死にます。整えてても死ぬ時は死にます。
よく準備を整えたフェルグスさん達は点呼を取った後、都市を進発しました。
今回の採油遠征部隊は総勢108名構成。
遠征隊長がフェルグスさん。セタンタ君を含む護衛冒険者が72名、荷物運びの人夫が15名、製油職人が5名随伴してきています。その他は拠点設営を担う魔術師や料理人がいるようです。
移動手段にはスキーを使います。
遠征部隊が降り立った都市は標高7000メートルほどの山の上に存在し、周辺も大きな山々に囲まれている雪の山脈地帯です。
山脈地帯の東側、その麓にもバッカス王国の都市があるので、山の上から山脈をスキーで滑って巡り、下まで降りていき、あとはその麓の都市から都市間転移ゲートで首都まで帰ります。
山脈地帯の途中で油を取って帰るので、油が取れなければ数日かけて皆仲良くスキーで滑って終わりという楽しい遠征になります。
雇用者側のクアルンゲ商会とフェルグスさんは赤字出すので嫌がりますし、何も取れないと護衛のセタンタ君達もボーナスはもらえない約束なので、雄大な景色とスキーばかり楽しんでもいられません。
遠征には108人参加してきましたが、今回は皆、スキー板使っていますね。荷物の運搬にソリ使っている人夫の方々もいますが、スノーボードを使っている人はいないようです。
これは趣味の問題でもあるのですが、雪山にも魔物が出てきて下りながらそれらと戦っていく必要もあるので、戦闘時は半身で下っていくスノーボードよりスキー板の方が便利という見方がバッカス冒険者の主流です。
足を固定せず、盾をボードにして滑っていく方法もありますけどね。
あと、深雪地帯を行く事もあるので使っているのは長く太い深雪用のスキー板が主で、ショートスキー板を使っている人は皆無です。こっちは浮力の問題ですね。
その辺り、雪に足跡つけず歩く雪上歩行の魔術もあるので魔術で解決可能ではありますが、魔力は個人個人で限りがあるので温存しているようです。
皆が程々に距離を取りながらスキーで滑走していると、前方に野生のステゴサウルスの親子が現れました! 遠征部隊にはまだ気づいていないらしく、親が子供の首筋をなめなめしていますね。
可愛らしい仕草で、遠征部隊の皆さんもホッコリ微笑みながらすれ違いざまに殺していきました。魔物相手にも先手を取るのは大事な事です。
雪山を滑り降りつつ、時折立ち止まりながら地図や周辺を確認しつつ、一団は進んでいきます。
途中、セタンタ君も三人組で斥候に出る事になりました。
フェルグスさんを含めると73名の戦闘員がいる遠征部隊ですが、荷物を一括管理してくれている人夫さん達はどうしても魔物と接敵すると対応が遅れがちです。最悪、荷物が邪魔になって逃げ遅れてミンチです。
斥候に出る者たちの役目は、非戦闘員を護衛している本隊と魔物が出来るだけ直接会敵しないように魔物の早期発見を目指す事です。
必要なら本隊を止めて応援の対応班と共に魔物相手に先手を打ち、時に下山ルートを選定し直して無駄な戦闘を避けます。
また、今回はあくまで採油遠征なので油を探さねばなりません。
斥候の役割は雪山での油探しも含まれ、本隊の進行予定ルート以外にも広域で索敵を行う必要もあります。ろくに食料持たず雪山ではぐれたら大変なので、その辺は狼煙なども使いつつよく注意して進みましょう。
遠征初日はこれといって波乱も無く終わりました。
遠征部隊はスキー板を操り、日が落ちきる前に予定していた宿泊場所へとやってきました。宿泊、といっても山小屋があるわけではありません。
あるのは山肌をくり抜いてつくられた洞窟です。
人工のもので、バッカス王国の冒険者ギルドが自国の冒険者向けに整備したものです。冒険者が来る可能性が高い場所にはこのような洞窟、あるいは無人の建物が整備されている事があります。
フェルグスさん達は、直ぐに洞窟内に入りませんでした。
「いるな」
「いるよなー……」
「セタンタ、お前ちょっと釣ってきなさい」
フェルグスさんに命じられたセタンタ君が「え~」と少し嫌そうな顔をして、洞窟の入り口へと近づいていきました。
近づいていって、洞窟内から飛び出てきた魔物に襲われました。
真白の体毛を持つサーベルタイガーのような魔物です。三匹いて、どれもセタンタ君を楽々丸呑みに出来そうな口に鋭い牙を持っています。
しかし、セタンタ君が囮になって洞窟内から連れ出し、事前に察知して備えていた遠征部隊の面々にボッコボコにやられ、直ぐに毛皮になってしまいました。
冒険者の宿泊場所になりえるギルド整備の郊外施設ですが、今回のように魔物の巣にされている事もありますので注意しましょう。
ある意味、魔物以上に面倒なのがコウモリですが今回はいないようです。
外に連れ出して殺したので洞窟内で死体処理をする必要はありませんでしたが、獣臭が凄いです! 直ぐにフェルグスさんが消臭するように手配し、最終的にはお香が焚かれて冒険者達が宿泊の準備を整え始めました。
人工的に作られた洞窟なので、床は平たく、石で出来たベッドもいくつかあります。そこに寝具を整備したり、洞窟の外と中で夕食の準備を開始する料理人さん達の姿もあります。
郊外なので、あまり贅沢は出来ませんが何とか完全な野営にはならずに済みそうです。野営になっても大丈夫なように準備もしてきてはいるんですけどね。
ただ、油を取る時は洞窟外で野営することになるでしょう。
夕食後、セタンタ君は見張りの役目につきました。
護衛の冒険者達が二人ずつ交代で洞窟入り口で待機します。全員が寝入ってしまったら夜襲をかけてきた魔物に良いようにされてしまう可能性があるので、見張りは大事です。
セタンタ君にとっては久しぶりの遠征。
久しぶりの郊外泊となります。
「そもそも、雪山も久しぶりだろう?」
今後の遠征の行程などの話し合いを終えたフェルグスさんが見張りの役にやってきてそう言い、セタンタ君も「そういえばそうだっけか」と返しました。
「感覚は鈍ってないか?」
「うん。孤児院の時に雪山、雪原での訓練もよくやったし、結構、身体が覚えてる。オッサンも何度かついてきてくれてただろ?」
「ああ。男子共は小便で雪を溶かしていたりしていたなぁ……マーリンも混ざっていた事もあったな」
「あったあった」
「温暖な森林地帯の遠征と、今回のような雪の遠征はどっちがいい?」
「んー……雪の方かな? こっちはこっちで楽なとこあるし」
人間の居住には適しませんが、雪山や雪原は狩人としての側面も持っている冒険者達には都合の良いところがあります。
例えば森林地帯は群生する草木に視界が遮られ、魔物の早期発見が遅れてふいの遭遇戦になりがちです。
対して雪山や雪原では植物の生育に不向きなだけあって、足元の視界を遮ってくる草も雪が押しつぶし、開けた視界を提供してくれます。
また、足跡に限れば素人でも獣や魔物が通った跡を見つけやすく、それを辿れば狩猟にこぎつける、あるいは戦闘を避けやすいのです。
視界が開けているだけによく注意しないと相手方――魔物の方からもこちらの姿が見えてしまい、雪を吹き飛ばしながら猛然と襲ってきたり、中には雪の中を水のように泳ぎ襲ってくる種も存在しています。
過信は禁物ですが、メリットもあるのです。
雪原地帯ならではの危険もありますが、今日のところはまだ遭遇してません。
「ただ、寒い! 風呂入りてぇ!」
「寒さぐらいは暖気の魔術でどうとでもなるだろう。風呂は準備してきたが……そうだな、油が取れ次第になるな。あまり物資の無駄遣いも出来ん」
「ちぇー」
この手のお風呂に好き勝手に入る自由がない辺り、セタンタ君は遠征を好んでいないようです。他にも理由はあるんですけどね。
「そう口を尖らせるな。頑張れば女性陣との混浴もありえるぞ」
「ほー! そりゃ頑張らないとな!」
セタンタ君の中にスケベ心がムクムク起き上がりました。




